27 白馬に乗った貴公子は実在した!
シャーリーが丑の刻参りのために森に入り、七日七晩。
フット家からは森から帰還するシャーリーのために向えを用意していた。
今回のようなことは過去にも度々あり、フット家に二人いる呪使い、シャーリー・フットとその母、イザベラ・フットは深い森や険しい山、絶海の孤島などに修行や儀式のために出かけることがあった。
その際には使用人や供も途中までしか連れて行かず、肝心な所は本人一人で向っていた。そのため、フット家では貴族令嬢の一人旅程度は日常茶飯事のこと。誰も驚くことはしなかった。
予定通り、フット家からは向かえの馬車が出され。事前に決められていた合流地点でシャーリーの帰還を待った。
シャーリーが森に入って八日目、朝の日の入りと供に白装束の少女は尺杖を鳴らしながら森から出てきた。
「出迎えご苦労、カーター」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「私の留守中、なにかあったかしら?」
「は・・・シュェリー・ワン様より連絡がございました・・・一人引きこめた・・と」
「それは上々・・・」
新年のパーティーで出会った悪役令嬢達とは現在協力関係にある。
国を越えて来た彼女達はその道中、自分達に似た境遇の人間を多数見ていた。おそらく、大陸各国では大勢の悪役令嬢達がまだ戦っているのだろう。
悪役令嬢の多くはゲームやエンドによってその最後が違うが、過半数は高確率で死ぬ。そうなる前に、私は彼女達の保護と引き込みを実行した。
シュェリー、セリーヌ、そしてデュポールの三人は協力的だ。尤も、セリーヌとデュポールに関してはかなりヤバイ状況なのだが。
先ず、セリーヌは実の父親に修道院に拘束されただけではなく、毒殺までされかけたらしい。
これはゲームの方の知識だが、ゲーム:“最後のデザート”では、セリーヌの父、ロイド・L・ブルーワは攻略対象だったりする・・・
いわゆる、パパ属性キャラだ。外見三十代のナイス・ミドルでハイスペックな実年齢四十三歳、子持ちのバツイチ。
セリーヌは殺されてたまるものかと、修道院から脱走し、伝手を伝って他国に逃れてきたのだとか。
次にデュポールだが、コイツはもうアウトだ。クーデターで国を乗っ取ったが、革命にあって命からがら逃げたしてきた。現在は亡命を受け入れてくれる国を探しているらしい。ただ、前居た国から手配書が出ているので、中々上手くいかないのだとか。
そして、ここに目的を失った元宮女、シュェリーが加わり、私を含む四人で現在祝福平和論と戦うための戦力を集めている。
彼等が協力してくれているのは、悪役令嬢として意気投合したからだけではない。この戦いは彼等の戦いでもある。
祝福平和論との戦いはなにもフット家だけの戦いではない。三人の祖国はおろか、大陸全国家にまで広がっている。
現在分かっている情報だけでも、祝福平和論は関係のない国や人々を自分達の側に抱きこみ、国外からの支援を受けようとしている。そうなれば、祝福平和論はいずれ大陸全土に広がってしまうことだろう。
それだけは阻止しなければならない。それが私達の共通の意見だ。
なによりも、私達は全員一度負けた者。そして敗北したからと言って泣き寝入りする気もさらさら無い人間だ。
この大陸全土を巻き込む祝福平和論との戦いを舞台に私達は再び戦い、今度こそ勝ちを捥ぎ取る。そのために悪役令嬢同士、手を取り合ったのだ。そう・・・全ては鶴の羽を少しばかり捥ぎ盗ってから逃げる・・・そのための手段だ。
シュェリーが成果を挙げたなら、私もそろそろ腰を上げる頃合だ。一人でも多くの悪役令嬢を無事に迎え入れなくてはいけない。
「お嬢様、それともう一つございます」
「他にも誰かから連絡が?」
「いいえ、敵方に新たな動きがございました。詳しくは分かりませんが外務省の官僚が一部不審な動きをしており、その背後に・・・あの方がいるようでして」
「あれはもはや王家の人間ではない、正直に“マティルダ”と呼び捨てにしておやり」
腐っても王女、マティルダのことを堂々と呼び捨てにできる人間はフット家にもあまりいない。
「はあ、ですが私めのような年寄りは・・あの方のことを昔から知っておりますし」
「そう・・・でも、今日でその考えも改まるでしょう。馬車の後ろに隠れなさい、いざとなったら森へお逃げ。囲まれているわ!」
緑豊かな森と清々しい朝日とはミスマッチ極まりない、黒装束にオペラ風の金や銀の仮面で身に着けた怪し過ぎる一団が私達を囲むように展開していた。その数は見ただけでも二十人以上は軽くいる。
黒装束の集団の中央に立つ、金の仮面を着けた人間が前に出た。
「我々は祝福平和騎士団第三隊〈未来を守る者〉。平和に仇名す悪魔が一柱よ、人々を苦しめんとする貴様の目論見は愛有る祝福の力によってここで潰える」
声からして、男だろうか。祝福平和騎士団と名乗った男は両手で二本の剣を抜き、それに続いて他の団員も剣を抜いた。
「この者は人々を苦しめる悪魔、退治せよ!」
「「ははっ!!」」
大勢で二人を取り囲み、悪魔呼ばわりして一声に斬りかかるか・・・ ・・・ ・・・
大丈夫なのかしら、コイツ等・・・
「降りかかる火の粉は、振り払わねばならないわね」
シャーリー・フットはその生涯において、大怪我が元で六年を病室の中で己と向き合うことに費やした。そして六年を拳をもって藁人形を打つことに費やした。
「てやぁぁぁー!!」
黒装束の一人が剣を振りかぶり、私目掛けて斬りかかってきた。
もしも狙われたのがただの貴族令嬢であれば、一溜りもないだろう。そう、ただの貴族令嬢であれば・・・
黒装束が剣を振り下ろすよりも早く、六年間毎日欠かすことなく藁人形を突いてきたシャーリー・フットの拳が黒装束の顔面にめり込んだ。
黒装束はその後、力無く地面の上に寝転がり、起き上がることはなかった。
「遅いな、小娘相手だからと言って手加減はいらないよ・・・さあ、魔法でもなんでも使ってかかってきな!」
仲間が一撃でやられたのを見て祝福平和騎士団に戦慄が走った。
彼等は決して手を抜いたわけではない。すでに祝福によって肉体は強化されている。それに今、斬りかかったのは斬込隊長としても祝福平和騎士団内では一目置かれていた人物だ。いわば、隊のエースだ。
だが、そんなエースはあっという間に倒された。なにより恐ろしいことに、その場にいた面々はシャーリー・フットの拳が振るわれる瞬間を目で追えていなかった。
「ええい、なにをしている!かかれ!全員で斬りかかれ!」
指揮官に命令され、指揮官の周りにいた数名以外の全員が私を取り囲むように近づいてきた。
「私はさっきまであの森の中で七日七晩修行していてね、森の中を動き回るため、足腰には自身があるんだよ」
地面を蹴り、手近な敵との距離を一気に積め、下段からの突き上げを顎から食らわせた。
「がはっ!」
一人やった所で安心はしない。動きは止めずにすぐにその場から離れ、次の敵を潰しにいく。
どんな達人でも一人で相手にできるのは三人が限度。それもできることは全てやった上でのことだ。そして生憎私は孤軍、敵は多数。
今だってジリ貧だし、もしも敵に伏兵がいたり、飛び道具を使う兵種がいれば即アウトだ。
唯一救いがあるとすれば、それはシャーリーのスペックだ。ストーリー上、シャーリーにはアリスを狙う刺客団と正面から戦って相討ちになるだけの実力があった。今の自分には、戦える力がある・・・それを信じてこの場を乗り切るしかない。
二人潰した所で戦術を改め、左手に持った尺杖で敵の攻撃を防ぎ、右手の拳で攻める。敵が打ち込んで来たら杖で受け、拳で確実に沈める。しかし守りを意識したところで所詮は焼け石に水。決定打にはならない。
一人また一人と敵の数を減らしたところで、敵が多すぎる。ジリジリとだが、こちらが数で押されて出した。
そんな一方的になりつつある戦況で、私のために一石投じた者が現れた、カーターだ。
「お嬢様!お乗り下さい!」
私が敵を引き付けている間、カーターは逃げ出さすに馬車を出していた。
馬に鞭打ち、敵陣を一気に突っ切る気のようだ。
馬車に掴まり、飛び乗ると、馬車は更に加速し、敵を轢く勢いで走る。
シャーリーの身体は一度だけ子馬に蹴られたことがあるが、あれは正直ヤバイ。馬車を引くほどの馬ともなれば更にだ。馬車どころか、馬に蹴られるだけで終わりだ。
「悪魔が逃げたぞ!追え!あの馬車を追い、なんとしてでも殺せ!」
標的に逃げられようとしている祝福平和騎士団だが、そこに更に異変が加わった。
何所からともなく清々しい馬のひずめの音が聞こえ、気高さに溢れた名馬の鳴き声が空に響いた。
なにかと祝福平和騎士団の面々が周囲を見回すと、何所からともなく白い扇が飛来し、指揮官の金の仮面に当たる。
「何者だ!姿を見せろ!」
狼狽する祝福平和騎士団の前に現われたのは、白馬を巧みに乗りこなす、天下の聞こえた名裁判官、ヘンリー・フット伯爵そのひとだった。
「なに、名乗るほどの者ではないさ。俺は天下の風来坊、そしてただの一人娘の父親だ」




