21 戦線拡大
“呪い”とは便利なものだ。普段の生活にはまず役に立たない、戦場でもそれほど効果があるとは思えない。が、少なくとも政戦では本当に使える。
“祝福”がバフなら、“呪い”はデバフ。両者の存在は対等ではなく、“祝福”のほうが使い勝手が良い。前国王の政策により“祝福”は一般社会でも日常的に用いられるようになり、人々はその恩恵を受けている。戦場で使うにしても、安全地帯で兵士にバフをかけているだけで“祝福”は効果を発揮する。
一方で“呪い”は少し状況が違う。日常的な生活では当然のことながら使えず、戦場に出ても扱いが難しい。まさか魔術師が最前線に出て敵兵の前で一々呪文を唱えているわけにもいかない。
それなら貴重な魔術師を後方支援専門にして、後ろで“祝福”だけ使わせていれば良い。幸い普通の魔術師は“祝福”と“呪い”の両方を操れる。
しかし、“呪い”は長い歴史を通して忘れられることなく、この世に生き残った。
それは単純に需要があったからだ。
一瞬の動きが問われる戦場では“祝福”はあまり意味がない。しかし、もう少しゆっくりとした戦場では別だ。後手に回る“祝福”などよりも先手を打てる“呪い”が使われてもおかしくない。
シャーリー・フットの怨みを糧に、私はさっき広間の入り口を守る騎士を呪った。意識に対して軽い麻痺が生じる程度の弱い“呪い”だが、隠密性が高く、見つかりにくい。あれに掛かっていれば、次にまたニコールを見ても反応することはない。
(さて、後はニコールに任せたとして・・・私は情報収集でもしましょうか)
新年のパーティーは広間で開かれたものの他にもう一つ、昨夜のものと同じものが開かれている。参加者こそ昨夜ほどではないが、情報は集まっている。なにより招待客の顔ぶれについて少し知っておきたいことがある。
敵は強大だ、その力は改めて知った。まさかここまでマティルダが堂々と表舞台に出てくるとは思いもしなかった。おそらく彼女は娘が順調に王位を継げるよう根回しをしているのだろう。後、半年でアリスの存在を世に認めさせなければいけないことを考えれば不自然ではない。
これまで兄を介してしか使えなかった権力を今度は娘を使って手に入れる。最後はアリスではなく、自分が実権を握るためなら精力的に自分の存在を示すのも当然だ。
逆に考えてみれば、マティルダには兄と娘以外の手駒はない。そしてマティルダ本人もそれを自覚しているはずだ。さっきのシーヴァやアルフレッドのように娘を山車にして力ある男を取り込もうとしている点を見れば弱点を自覚しているのは明白。
駆け落ちした男も所詮はただの平民、一度下手をして失脚しているだけに表には出てこられない。本当はその男の息の根を止めて、できるだけ無残な形で晒し者にするのが一番効果的なのだけど。
アリスを使って若い男を集めるか・・・
やっぱり、一度攻略キャラを全員確認したほうが良さそうね。
パーティー会場の庭園に向う前にクラウスが詰めている部屋に向う。
王宮駐在執事、クラウスの仕事は政治や立法の行われる王宮と裁判所の橋渡しだ。例えば王宮内で裁判所絡みの用件ができれば、まずクラウスの所に持ち込まれる。他にも体裁を気にする人間が裁判所に用がある際の裏の窓口的役割も果している。そのため、必然的にクラウスのもとには社交界に関する情報が集まる。
「クラウス、いるかしら」
パーティー中とはいえ、連絡役としてクラウスはここに詰めているはずだ。
「お嬢様、いかがなされたのですか。今頃は広間の方にいらっしゃるはずでは?」
「状況が変わったわ、マティルダがパーティーに参加していて広間には入れなかったの。とりあえずニコールを向わせたから安心して。
それよりもちょっと聞きたいことがあるのだけど、いいかしら」
「はい、私の知ることであれば」
部屋の中に入ると、まず目についたのが壁に掛けられた大きな地図だった。
「クラウス、ちょっとパーティーの招待客の中で私がこれから言う人間がいるかどうか確認してほしいの」
「畏まりました」
思い出せる範囲で攻略キャラや友好キャラ名と特徴をクラウスに伝えるが、その側らで壁の地図を見る。
この大陸の地図だ、我国オベリア、となりにはアメノマ、そしてその他、様々な国と地形に関する特徴が記されていた。驚くことにシャーリーの記憶とは別に私はそれらの国々を知っていた。
大陸にある国は全て〈ギフテッド・チルドレン〉を製作したゲーム会社が出していた他のゲームの舞台だったからだ。
「クラウス、今のとは別に私がこれから言う人物が他国に実在するかどうか、できる範囲で調べてほしいの」
「他国の人物を?分かりました、ただそうしますと私よりもグレゴールの方が適任やもしれません」
グレゴールは役場付きの執事だ、主に国民の戸籍などを管理する役場と裁判所の橋渡しをやっているが、それ以外にも世論調査なども行っている。
「グレゴールには後日また確認するわ、でも、今分かる限りのことを教えて」
「わかりました、しかしなぜ今他国の人物について調べるのですか?」
「敵の手の内が他力本願だと分かったからよ」
乙女ゲームの舞台となる国がこの世界にはいくつもある、もしそうなら他にもヒロインや攻略キャラもいるはずだ。
クラウスにはとりあえず、すぐに思い出せる範囲でヒロイン名と攻略キャラ名だけを伝える。
「お嬢様、分かりました!前者のリストの中からパーティーに参加しているのは三名だけですが、後者からは八名もおります!」
〈ギフテッド・チルドレン〉の登場人物は私達とマティルダを除いて三名、他のゲームの登場人物は八名・・・これは思っていたことが的中したわね。
でも、なぜ?会社は同じでも他のゲームまでこの世界に?
「前者のリストからは広間のパーティーに招待されている方はお一人、シーヴァ・シャルマ=ダル様だけのようです。しかし、後者のリストからは八名中五名が招待を受けております」
「後者のリストの残った三名は庭園にいるかしら?」
「はい、皆様来ていらっしゃいます」
「分かったわ、引き続き情報の確認を続けて。それとこのことをお父様に知らせてちょうだい。私は庭園に向うわ」
「畏まりました、このパーティーには敵方も多ございます。どうか、お気をつけて」
「ええ、ありがとう、クラウス」
有能な執事に本心からの笑顔で答える、しかしその笑顔も長くは持たない。自分が行く先は戦場だ。