02 世界で最もタフな生物
登場人物目、主要科、悪役属、令嬢種こそ、世界で最もタフな生物だと思う。
たとえそれが、馬鹿だろうが、金と権力に物を言わせようが、ナルシストだろうが変わらない。最後の瞬間、誰からも見向きもされなくなってもリングの上で立ち続ける姿は気高く、生命力に溢れ、尊いと思う。
そして今、その誰よりもタフでなければいけない存在を無念に散った女から引き継いだ。
「喝!」
気合いと共に雪で埋れかけた身体を引き抜き、身体の体温を確保するべく全身を動かす。
途切れる意識の中でシャーリーからこの身体を引き継いだのだ、このまま雪の中で凍死なんて笑えない。
もしも本当にゲーム通りならば、この世界には魔法のような物が存在した。いや、あくまで魔法のような物で、呪文一つで火を出したり、傷を治したりとかは無理。
あるのはゲームのタイトルにもあった、祝福と呼ばれるバフと呪いと呼ばれるデバフだ。
誰かを大切に思う気持ちは祝福の源となり、誰かを怨む気持ちは呪いの源となる。
勿論魔法を使える者は限られている。主に貴族の中から生まれるが何人かに一人の割合で平民の中からも生まれる。
学院ではそうした才能のある者を国中から集め、魔法の使い方を教える。優秀な生徒には専門的教育の機会を身分に問わず与えたりもする。そうやって国の未来を育んでいくのだ。
ゲームで登場するシャーリーは祝福に対して全く才能がなく、代わりに呪いに関しては学院始まって以来の逸材と呼ばれていた。
通常“祝福”が使えれば“呪い”も使えるはずなのだが、シャーリーにはまったく“祝福”が使えない。それがもとで周囲から怖れられ、あるいは祝福の才能がないことから陰で心無い人で無しと罵られる。シャーリーはそれに必死で耐え、精神を摩耗し、最後は心を歪めていった。
その設定はこの世界でも同じのようで、シャーリーの記憶でも祝福が使えないことが分かった。
代わりにシャーリーが独自に編み出した呪いによる自己補助についての知識も見つかった。
「呪いによる、自己補助?そんなのゲームにはなかったけど・・・え、嘘!?
シャーリー、貴女、そんなことを!?」
シャーリーの編み出した新しい呪いの使い方、それは自分で自分を呪い、呪いによる恩権を受ける物だ。
例えば今、雪の中で凍えている。そういうときは全身を火で焼かれるように熱する“焔身”と呼ばれる呪いを自分で自分にかける。すると熱により身体が温まる・・・って、温まってんのは貴女の頭!正気じゃない、もっと自分を大事にしてシャーリー!
心歪み過ぎでしょう!?
完全に自殺志願者の精神状態だ。
暖を取るために全身を高温に熱する、リストカッティングが可愛く見えてくるほど狂ってる。
「仕方が無い、乾布摩擦とランニングで体温を確保、尚且つ寮まで帰りましょう」
幸いシャーリーはショールを羽織っていた、これの両端を持ち、服の上から擦りつけよう。そうすれば摩擦で熱が生じるはずだ。
幸いシャーリーが倒れたのは学院の敷地内、徒歩で寮まで帰れる距離だ。
「それくらいなら、今の体力でも根性で帰れる!」
地面に積もった雪に足を取られ、氷の上で何度滑りそうになっても足は止めない。両手はひたすら乾布摩擦を繰り返す。
「うりゃあああ、もう一歩、もうまた一歩!止まるな、この身体!」
思い出せ、シャーリーの記憶を!シャーリーの受けた仕打ちを!
御仏よ!どうか私に加護を!そしてシャーリーに救いを!
意地と根性で突っ走ること十五分、満身創痍でようやく寮まで辿り着いた。
当然ながら雪の中を走ってきたので全身はビショビショ、それが溶けた雪なのか、それとも汗なのか分からないほど靴の中から頭のてっぺんまで濡れている。
「はああ、やっと、やっとついた」
ようやく、と安心したのも束の間。寮に入ってすぐに違和感に気づいた。
走っている間は通行人もなく、気になることもなかったが、この感じは知っている。自分がではなく、シャーリーがだ。
敵意のような鋭い視線。
「アイツだ」と囁かれる陰口。
突然変わる空気。
襲い来る孤独と疎外感。
自分はこの中に居てはいけない存在なのかと錯覚しそうになり、寮内を一歩でも歩こうとするたびに自分と言う存在が揺らぐ不安感。
シャーリー・フットがこれまでずっと暮らしていた環境に、自分はほんの一瞬で音を上げそうになった。
それでも背筋を伸ばし、前を向き、自分の部屋に向って真直ぐ歩く。
逃げることなど許されない。この身体の元の主はこれに耐えた。むしろ彼女の苦しみはこんなものではなったはずだ。
是諸法空相――この世にある物は全て実態がない、だから時と共に移っていく。人の感じる喜びも悲しみも永遠のものではない。
(この苦しみは一時のこと)
そう言い聞かせて、マイペースに急ぐことなく、堂々と足を踏みしめる。
おそらく一分にも満たない僅かな時間だったが、ようやく部屋に辿り付くと、目から涙が零れていた。
「よく頑張った、よく頑張ったから」
泣いちゃだめなんだよ、辛くても逃げちゃいけないんだよ。
シャーリー・フットは自分にとって物語の登場人物だった、感動物と言っていられたのはそれがあくまで娯楽だったからだ。
現実になれば、こうも辛く、苦しい。ゲームを遊んでいたころの自分が不謹慎に思えてくる。