17 夜明けの奇襲
王侯貴族の暦では、一年の内で最も気候の良い時期をシーズンと呼び、貴族達はシーズンに合わせて王都に集い、社交の場を持つ。しかし、それ以外に多数の有力者が集う場合もある。例えば、そう、新年だ。
シーズンのように大勢の貴族が集まることはないが、新年には国内の力ある有力者達がなんらかの形で王都に参上する。王都近隣に領地や職を持つ者ならシーズン同様に。遠方にいる者でも、一族の中から誰かを王都に送る。中には家族を残し、当主本人だけで王都へ向う者もいる。
そうして集まった者達はパーティーを始とした社交場を開き、もしくは参加し、情報の交換から取引まであらゆる遣り取りを行う。
新年はシーズンほど長くはない、だが、やることは多い。皆、必死になって社交界を駆け抜ける。
そしてフット家も他の貴族同様、新年は忙しい。とくに今年は例年よりも遥かに忙しないらしい。らしい、とは、これまでシャーリーは新年を実家で過ごしたことがない、もしくは記憶がないからだ。子供の内は状況が分かっていなかったし、療養所は静かだった。学院では孤立していたこともあって、情報は遮断されていた。
だが、実家に帰ったのだからもう甘いことは言っていられない。きついコルセットと重たいドレスを装備し、社交界の重装歩兵として戦わなくてはいけない。
今日までの間、様々な方面に手を回し、味方にできる者を選び、引き込んできた。フレイ家との交渉は難航するかと思ったがこちらもどうにかなった。
フレイ家の嫡男、ニコールはまだ十二歳だとして当初、フット家の提案に反論する意見もあったが、すぐ先の脅威を説き、両家の信頼のもと、フレイ家は立ち上がってくれた。
フット家はフレイ家に嫡男ニコールが王位継承権を有していることを再び貴族社会に認めさせることを提案した。
これには前国王の意思を再び国内で思い出してもらうことと、フレイ家が王位に一歩駒を進める、二つの狙いがあることも明かした。
そして、最後にフット家が計画を持ち込んだ理由、まだ国王にも報告していない、マティルダの娘発見の事実を包み隠さず伝えた。
実を言うと最初はフレイ家からは断られると思っていた。
まだ成人すらしていない嫡男を担ぎ上げ、国王が存命の中、次の国王は誰かを話すなどリスクが高すぎる。それも国王の妹が自分の娘を王位に就けようと力を蓄えているなかでだ。
しくじれば反逆罪は間違えない危険な賭けにフレイ家は乗った。フレイ家もフット家同様、国王兄妹に買い殺された家だからだ。王位からは離れ、臣下となったフレイ公爵家は、見た目こそ立派だがその台所事情はよくない。公爵領と呼ぶには不十分な上、実りも少ない所領を与えられ。中央からなにかと用事を言いつけられるため出費も多い。“はりぼての公爵”と影で噂されるほど、フレイ家の内情は苦しい。
そんなフレイ家に前国王が生前唯一与えることのできた希望が王位継承権だ。当時、すでに退位し、孫に王位を任せていた前国王は曾孫、ニコールが病弱だと知り、自身の離宮で療養生活をおくることを許した。そしてニコールを次の王の候補とするよう遺言に残した。
以来、フレイ家はその遺言だけを心の支えに王家に仕えてきた。笑われようが、軽んじられようが、フレイ家は耐え、機会を覗っていた。
マティルダのみならず、必要とあらば国王すら狙う牙、それがあって初めてこちらは王位を狙える。
それにしても、無実且、良心的な貴族の家が没落を回避するためだけに国王すら狙うか・・・完全にむちゃくちゃね。
これから戦場となる新年のパーティー、場所は王宮の庭園。招待客はおよそ四百人、警備や使用人も合わせれば更に増える。
身分や立場などで順序通りに会場へと案内される賓客の中には、開始序盤の時点ですでに敵方と思われる人間が多数見られた。彼等は全員小物だが、数が多い。大方、大物と連動して情報操作、もしくは政治工作でも仕掛けるつもりだろう。
こちらも準備は出来ている。
「ニコール、準備はできた?」
「うん、ボクしっかりお姉ちゃんのことをエスコートするね」
「頼もしい限りだわ、でも忘れないで」
「ボクにはやることがある」
「そう、しっかりとやるのよ」
さて、悪役令嬢のタッグを相手に敵はどれだけ粘れるかしら。