14 夜会
エドワードが家に来た日の晩、フット家ではまた緊急会議が開かれた。
標的の一人とも言えるマティルダの娘、アリス・グレイスが我が家に来たいと言い出したからだ。
これを機にアリスのことを吟味し、マティルダの娘かどうかをもう一度確かめ直そうと様々な意見が出された。
そのために今も王宮に駐在し、長きに渡って王族を見てきたクラウスにアリスを見てもらうことになり、具体的な方法についても策が講じられた。様々な案件を出した末、アリスをフット家主催の夜会に招待する運びとなった。
「おい、シャーリー、これはどういうことだ」
礼服を着たエドワードがシャーリーに問う。
「ちょうど夜会の予定があったもので、よければと・・・まあ、本音を言うとアリス様と恋仲の王子を我が家に呼ぶわけには行かなかっただけなのですがね」
現在二人が参加している夜会はフット家が裁判官として開いている、法の世界の社交場だ。場所はもちろん裁判所裏の庭園だ。
「だからって、こんな所にする必要はないだろう」
「なにを言っていますか、アリス様が来ればもれなく一緒に隣国の王子も来るのですよ?我国の王族であればまだしろ、他国の王族ともなれば別です。今、フット家が他国の要人を招待するに当って最も適切な場はこの夜会だったんです。
・・・政治的なことです、殿方がどうこう言う物ではないでしょう」
「くぅ・・・まあ、いたしかたない」
なんとかエドワードには納得してもらえた。
「ところでエドワード殿、今宵は一応貴方が私をエスコートするのですから、その点はお忘れなきように」
「ああ、分かっている」
「そうそう、それと、貴方のお母様が後でこのパーティーに出席されますので」
「何!?母上が・・・おい、それはどういうつもりだ!」
「なにを馬鹿なことを言うんですか、貴方のお母様ほどの身分なら大抵の夜会には顔を出せます」
エドワードの母は昔軍部にいた、それも指揮官として。今はもう一線から退いているものの、未だに顔は広く、社交の場にはよく顔を出す。噂では、暇なのだとか。
「それと、ジュリアン・ロバーツ殿のお母上とアレキシスのお父上も来るそうです。もしかしたら本人達も来るかもしれませんね」
「・・・お前、なにが目的だ」
「得にたいしたことは。私はあくまでアリス様と仲直りがしたいだけです」
エドワードは「そうか」と言って視線を移す。
「ところで、さっきから気になっていたが、あの飾りつけはなんだ?」
エドワードの視線の先には、このパーティー会場である庭園内のいたる所で目にすることのできる藁人形があった。
「藁人形ですがなにか?」
「“なにか?”ではない“なにか?”では。あんな物がそこいら中にある場所にアリスを連れてこれるか!俺はアリスが来てもすぐに連れて帰る!」
なんと無粋な。
「エドワード殿、藁人形のなにが問題なんです?」
「なに!?」
「ワラニンギョウノナニガモンダイナノカナ?」
エドワードと藁人形の社会における意義をかけて言い争っている間に、アリスとその彼氏、アルフレッド・アーサー・リオンハルト王子が来場した。
それを見た、エドワードは私を振り切り、アリスのもとに駆け寄る。
「アリス、来たのか。紹介しよう、コレが前に話したシャーリー・フットだ。お父上は裁判官をしていらっしゃる。シャーリー、彼女がアリスだ。
さあ、アリス、学院に帰ろう。もう用は済んだはずだ」
「まあまあ慌てることではないだろう、エドワード」
「そうだよ、まだ来たばかりなのに」
すぐに帰ろうとするエドワードに対してアルフレッドとアリスは対極的な姿勢をとる。
「貴女がシャーリー・フット殿でしょうか?本日はお招きいただきありがとうございます」
アルフレッド王子は礼儀正しく、それでいて落ちつきのある挨拶をした。
「突然のことで驚かれましたでしょう、態々のお越しありがとうございます」
「それにしても良い飾りつけですね、これはこの国では一般的なのですか?すばらしい発想だ」
藁人形を見る王子の目は好奇心に溢れた少年のようだった。
「「えっ!?」」
信じられないものを見るような目でエドワードとアリスはアルフレッドを見た。
「そうですね、この国では一部の職業や貴族の間でごく普通に使われる飾りつけです」
「そんな先進的な人々がいたなんて、知りもしませんでした。今日まで自分はなにを学んできたのか疑わしく思えるほどです」
そういいながらアルフレッド王子は藁人形を一つ取り出した。
自分もまた同じように手作りの藁人形を一つ取り出す。
「ミス・フット、よろしければ藁人形の交換に応じてはいただけないか?」
「こちらこそ、よろこんで」
藁人形の交換、それは日本文化に当てはめれば、サラリーマンの名刺交換と同等の意味を持つ、神聖なる儀式だ。
「藁人形はいい、いつでも持つ者に様々なことを教えてくれる」
「まったくもって同意見です」
「あの、二人はなにを話しているんですか?」
さっきまでのやり取りが理解できないのか、アリスは呆然としている。
「アリス、藁人形とは国そのものなんだ」
「国、そのもの?」
「そう、藁人形の藁は一本一本が大地の恵みを受けて育った一つの生命だ。それが何本も集まり、一つの人型を作り、藁人形となる。
それは正しく、人と人が結ばれて家族となり、家族と家族が集まり村をなし、村と村が協力して街を作り、街と街が手を結んで国を建てる、この人界における人の営みそのものだ。
私はいつも藁人形を持ち歩き、国を治める者もまた、一本の藁でしかないことを忘れないようにしているんだ」
この王子、始は祝福平和論者かと思ったが、意外と物事を分かっている。と言うか、まさしくその通りでございます、王子殿下。
「そうですね、リオンハルト様。ですが、これだけはお忘れなきように。藁人形がこうして人型を保っているのも、藁束を纏める藁があるからですよ」
「そしてその藁こそ国を治める者・・・か・・・ミス・フット、これからは私のことを気軽にアルフレッドと呼んでは下さらないか、貴女を友として迎えたい」
「こちらこそ、願ってもないお話です。どうか、これからはシャーリーとお呼びください」
不思議な物だ、最初はアリスの彼氏だと思って軽視していた人物がこんな大物で、藁人形と通して友となるなんて、思ってもみなかった。
おそらくこれこそが長きに渡り、藁人形が人々の暮らしの中で尊重されてきた由縁なのだろう。
「「藁人形とは、なんと尊いものなのでしょう」」
「もう、アルフレッドったら!私のことを一人にしないでよ」
そう憤慨するアリスだが、一応隣にエドワードがいる。
『エドワード、ドンマイ』私はそう呟いた、心の中で。
その後、夜会にはアレキシスやジュリアンなどの面子も加わり、賑やかな物として幕を閉じた。