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11 仁義なき戦場

 実家に帰宅してすぐ、フット家では家族と主だった使用人を集めて急遽、話し合いの場を設けることになった。

 フット家は比較的最近、野に下ったばかりの王族を基礎として出来た家なので三人しかいない。しかし臣下や使用人は別だ。領地を持たないが官職に就いているため、それに必要な人材や対面を保つための人手を私財で雇っている。


 今日集まったのはフット家の家族三名、法学士長、執事三名、家令、そして女中頭だ。法学士長とは裁判官をするお父様の相談役兼補佐を似合う一団の責任者のことで、学士長の下には更に多数の人がいる。執事達もそれぞれ違う場所に配属され、日々法務外のことで裁判官を補佐している。最後に家令と女中頭が屋敷の管理などを担当している。

 以上がフット家の今の体制だ。


(そう言えば、シャーリーがこの中で面識のある者は一人もいない)

 幼いころからずっと療養生活で実家にいた記憶はない。その後は学院に入り、結果家には思いでがない。


 九人で屋敷内の談話室に集まり、ドアの外には下僕とメイドを立たせて見張りをさせた。他人に聞かれてほしくない会話をするとき、フット家では音を洩らさない作りの談話室の中で見張りをつけてする慣わしがある。


「皆、よく集まってくれた。突然の呼びだして済まない、だが、そろそろ話し合わないといけないことがあってな」

「前置きはいりません、この顔ぶれでおおよそ検討はついております」

 この中でおそらく最高齢であろう法学士長が口を開く。

 学士長は、元は中央図書館を拠点に様々な法を収集、管理する商売をしていた。自国の法だけではなく、他国で使われている法を集め、問題が生じた場合には法の観点から解決策を講じ、それを依頼人に売る、言わば弁護士のような法の傭兵だった。

 彼は歳を理由に第一線から引いたが、今も裁判官の右腕として法の世界で活躍している。


「学士長、今日はその話ではない。だが、それと同じかそれ以上の内容だと思ってほしい」

 お父様の言葉に部屋の中に緊張が走る。




 誰もが固唾を呑んで見守る中、お父様は切り出す。

「実は、私は国王陛下の命を受け、国王陛下の妹、マティルダ殿を捜索していた。この任には役場付きの執事、グレゴールを付けていた」

「はい、ただ、わたくしめの力不足で未だ発見には至っておりません」

「いや、いいんだ。グレゴールは良くやってくれている。それにマティルダ殿はまだ見つかっていない。

シャーリー、続きを」

「はい、皆様、お初にお目にかかります。ヘンリー・フットの娘、シャーリー・フットです。無用な前置きは無しにして、本題を申し上げます。

マティルダ様の娘と思われる者を発見いたしました」


 マティルダの娘、その情報だけでは誰も眉一つ動かさないのは、流石だ。

 集まった者達はポーカーフェイスを保っている。


「お嬢様、そう言うからには確信はお有りなのでしょうな?“らしき”では困りますぞ」

 学士長は後半、前半よりも厳しい口調で言うが、大した威圧力はない。

 まあ、それはあくまでシャーリーにとってはだが。


「ご安心を、マティルダ様の目撃情報の他に二つほど証拠を集めておきました」

「それはどのような証拠で」

「はい、一つ目はマティルダ様の痕跡、いいえ、においとでもいいましょうか、マティルダ様の使われた手口と同じ方法による人心掌握が見られました。かつて、フット家から領地を取り上げたときと同じと言えば分かる方もいるでしょう」


 フット家の屋敷を預かる家令と女中頭が手を挙げてくれた。

「我々なら、あのときのことを覚えています」


「では、手口については後で調べなおすとして、もう一つの証拠とは」

「二つ目は、その娘が隣国の第二王子、アルフレッド・アーサー・リオンハルト様と接触したことです。お二人はかなり仲がよろしいようですよ」


 第二王子の名前が出てきて、初めて法学士長の表情にほんの僅かだが変化が見られた。急に顔の筋肉を動かさなくなったのだ。

「あの女・・・」


 法学士長がマティルダを嫌っていることは事前にお母様から聞いていた。なんでも昔、判断の難しい局面で使い捨てにされ、それがもとで前の商売を廃業せざるを得なくなったのだとか。ここまで来ると、後はこちらも気が楽でいい。


「ありがとう、シャーリー。疲れただろう、初めての顔合わせで苛められては」

「ご安心なく、マティルダのいびりに比べたら血が通っています」

「ほほほ、これは申し訳ございません、お嬢様。年寄りの悪戯だと流してくれれば幸いです」

「さて、では私から皆に相談だ。フット家は法を扱う官職にある、そのため他の貴族はもちろん、国内の有力者から敬遠されがちだ。窮地に立てば誰もが敵に回るだろう。

そして、今回のマティルダ殿の件は、フット家には荷が重過ぎる。

何より、マティルダ殿に怨みを持つ者がこの家には多すぎる。私としては面倒を避けるために、この件を握りつぶしたい」


 お父様にしてはずいぶんと私的な判断だ。これまで自分よりも本家を優先してきたが、どういう風の吹き回しだろうか?


「なりません、アナタ!」

「そうです、奥様のおっしゃるとおりです。今見逃せば、ヤツ等は確実に力をつけます」


 法学士長のその後の話により、私は初めて今の王都を取り巻く不安定な勢力図を知った。

 まず、マティルダが恋した男は優秀な祝福使いだったらしい。この男は独自に“祝福平和論”を編み出した人物で、マティルダはそれに賛同した。そこから“祝福平和論者”と呼ばれる思想集団が誕生し、有能な魔術師から貴族など、国家の中枢にも浸透していった。

 そして、マティルダを通して今の国王にまで“祝福平和論”が紹介された。


 それに反発したのが国家の鷹派と呼ばれる実力者達だ、彼等は魔術師が国政に関るのを非難した。“祝福”も“呪い”も所詮はただの道具でしかなく、政治に関っては民と為政者の関係が崩れると主張した。

 当時、まだ存命だった前国王は鷹派の主張に賛成し、マティルダとその男を引き離すことで“祝福平和論者”の力を削いだ。


 だが、マティルダは最終的にその男と逃げ、今ふたたび他国を後ろ盾に表に帰り咲こうとしている。これは、前国王を支持し、鷹派に属したフット家にとっても、呪使いにとっても厄介な話だ。そして、フット家は貴族社会で孤立している。

 なにより厄介なのが、国王が未だに妹のことを案じていることだ。世継のいない国王が妹の娘に肩入れすることがあっては不味い。


 自力でこの問題を解決しなくては、どっちに転んでもフット家に未来がない。九人全員が同じ意見に至るのは、難しいことではなかった。


「では、ここで少し考えられる道をはっきりさせましょう」

 破滅を前にした者達の重苦しい空気の中で、家令が声を出す。

「我々に待つ未来は二つ、マティルダ様の娘のことを国王平陛下に報告するか、この件を流すかです」

「そうだな」

 家令の常識的な考察にお父様は気のない返事をする。


「だが、どちらに転んでもフット家は危うい。陛下に知らせ、手柄を立てたとしても、もし陛下が妹に力を貸せば、イザベラやシャーリーに後々災いするだろう。その可能性を今日、“祝福平和論者”と話してよく分かった。

逆に野放しにしたら彼等を放置するのと同じだ。シャーリー、お前はどう思う?我が一族はどうなると思う?」

 なにを思ってか、お父様は私に話しを振った。


「・・・正直に申し上げてもよろしいですか?」

「ああ、いいとも」

「では、申し上げます。私の予想では、フット家は半年以内に確実に追い詰められます。そして、その際、手を誤れば滅亡するでしょう」

「根拠は?」

「半年後、学院では卒業式が模様されます」

「それになんの関りがあるのか、教えてほしい」

「はい、卒業するのはマティルダの娘とリオンハルト王子だからです。二人は現在、“祝福”と“呪い”の首席です、多分このまま卒業までそうでしょう。

そして、ご存知の方も多いと思いますが、首席生徒は卒業の際、祝辞を述べる伝統が学院にはあります」


 アレキシスは私に話しかけたとき、二位の生徒も誘わなかった。それは“呪い”二位の生徒が同時に“祝福”二位でもあるリオンハルト王子だったからだ。彼は王子を祝福派と考え、引き入れなかった。


「その祝辞で自らの関係を明かす・・・当然卒業式には国内外から様々な招待客が集まっている・・・」

 法学士長が私の考えを読んだ。


「そういうことになります、加えて現在、学院は“祝福平和論者”の巣と化しています。そして、彼等の計画が私の妄想ではない根拠こそが、マティルダの得意とする情報工作が私に対して行われたことです」


 もしも、“祝福平和論者”の目的が卒業式の席を利用したアリスと王子のお披露目であるなら、“呪い”不動の一位、シャーリー・フットの存在は邪魔だろう。なんとしてでも、蹴落としたかったはずだ。

 なにより、ゲームと辻褄があうのだ。卒業式はエンディングではなく、主要イベントの一つでしかない。本当のエンディングはアリスが“呪い”に取り付かれたフット家を倒し、国王に自分と恋人の存在を認めてもらうことだ。


 それにしても、迂闊だった。自分では分かっていたつもりだが、ゲームの知識をあてにし過ぎた。これでは、自分の策に意味がない。敵に塩を送り、自分で自分の首を絞めるようなものだ。

 シャーリーの仕込んだ時限爆弾も、こう考えれば正しい戦術だったかもしれない。


 時限爆弾のことを話そうかと迷ったその時、初老の執事が一度も開いていない口を開く。

「よろしいでしょうか?」

「どうかしたのか、クラウス」


 クラウスと呼ばれた執事は数歩前に出て、私に対して礼をする。

「私は長らく王家に仕え、今もヘンリー様のおかげで宮廷駐在のフット家執事として働かせていただいております、クラウスと申します。

お嬢様、長らくの学園でのお勤め、ご苦労様でございます。今日この場が設けられたのも、お嬢様のおかげでしょう。私もまた、もう少し、長くお仕えすることができそうです」


「ありがとう、クラウス。学院を脱落した私には優しい言葉です」


「お嬢様、そのようなことは決してございません、お嬢様のお話でこの老体にも一つ思い当ることがありました」

 最後に目線をお父様に向け、クラウスは言う。


「思い当たることとは?」


「はい、ニコール・フレイ様です」


(ニコール・フレイ・・・どこかで聞いたような・・・って、思い出しちゃった・・・)


 ニコール・フレイ、もはや悪名高き第三作〈ギフテッド・チルドレン~祝福された贈り物~〉に登場する、シリーズ最悪と呼ばれる悪役令嬢(♂)だ。



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