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10 王都

 王都サヴィアラは海と山に囲まれているものの学問の街と言われている。国家最大の街であるにも関らず商業や工業はたまた宗教すらも力を持つことがない。街の中央には国立図書館が聳え、その周囲に研究所や私塾、一部の商家などがある。

 中心地から離れた場所にようやく王宮を始めとした国家の主要機関が立ち並び、軍指令本部で街が途切れる。

 そして地図の上で左右の残った部分に商店や民家などが立ち並ぶ。

 また、街のいたるところには木々や芝生が目立ち、法によってそれらを切ることが制限されている。


 これらの条件により王都に仕事を求めて流れてくる人間はあまりいない。来るのは明確な目的を持ちとそれを実行できる人間だけだ。単純に言ってしまうと流民のいない綺麗な街だ。外から来るのは留学か法的処理を求めた地方の人間程度。観光客も僅かしかいない。


 学院から実家に帰る馬車の中、外の景色を見ながらふと思う。


「にしても、おかしな街ね。普通、海に面していれば貿易で発達しようとするものでしょ?

街の中も綺麗過ぎて逆に不気味だわ。カーター、貴方の意見はどう?」


 カーターはフット家に仕える馬車番だ。家ではお父様の仕事の都合で常に馬車が必要になるため専属の人間を馬屋番とは別に雇っている。この道四十年以上の超ベテランだ。

「そうですな~、お嬢様の言うとおり、確かにこの街は不思議です。それもお嬢様の言うとおり、綺麗過ぎますな」

「でしょうね、濁りが薄い。いいえ、清すぎる」

「ですが王都が清潔なのは国が豊かな証拠、このカーター、四十年この街におりますがスラム街一つ見たことがありませんよ」


「白河の清きに魚も住みかねて元の濁りの田沼恋しき」


「はて、それは?始めて聞く言葉ですな。ぜひ、この無学な馬車番にもその意味をご教授ください」

「ざっくり言うと、為政者が潔癖すぎると今度は民が苦しむってことね」

「・・・この王都にも苦しんでいる者がいるということですか?」

「いるわ」

 きっぱりと即答する、人が苦しまない世などないのだから。

「ですがお嬢様、この街の生活水準は高く、とくに福祉については国を挙げて力を注いでおります。お嬢様とわたくし共使用人のように身分や富の差はあっても食い扶持に困る者はおりません」

 カーターの言うことは正しい。この世界はファンタジー世界、魔法を使って食料を安定生産することや病気を治療することができるため、為政者さえしっかりしていれば飢餓や疫病とは無縁なのだ。だから権力と魔法の両方を持つ貴族や王族が力を握っている。


「カーター、まるで本物の貧困を知っているかのような口ぶりね。王都を弁護しすぎよ」

「そういうお嬢様はどうなのです?」

「綱渡りみたいな暮しをしていれば嫌でも見えてくるわ、この世はいつだって寒く乾いた場所だった」

「お嬢様・・・貴女はいったい」

「没落寸前の伯爵令嬢よ」


 その一言にカーターが背筋を伸ばして反応する。

「信じられません、フット家が没落するなど」

「形ある物いつかは朽ちるものよ。でも、私もそれだけは回避したいわ。

カーター、もしお父様がさっきのように一時の気分で冷静さを失ったら、貴方止めてちょうだい。それでフット家の寿命は延びるわ」

「畏まりました、お嬢様」

 長く仕える馬車番は深く答える。


 お父様は一先ず大丈夫ね、後はお母様か・・・

 あの人の怨みは凄まじいから、正直自分じゃどうにもならなさそうで恐ろしい。

 それでもどうにかしないと、場合によっては討ち取ってでも邪魔はさせられない。


 ただ、幸か不幸かこの見立ては外れることになった、若干ではあるが。

「シャーリー!?それに貴方まで、どうなさったのですか。シャーリー、貴女学院は?まだお休みには早いでしょう」

「お母様、実は」

 訳を説明しようとするがお父様に遮られる。

「いや、私が説明しよう。イザベラ、学院はもうダメだ。学び舎としての機能を失っている」


(お父様―!!え、なに?そんなに大事なの!?いや、大きな要素はあったことにはあったが、なにもそこまで言わなくても)


「なにを馬鹿なことを言っているのです、学院は私も出ましたが早々簡単に揺らぐような場所ではありません。グレンデール女史もいたでしょう、ねえ、シャーリー」

 至って冷静な判断でお母様はお父様を否定する。


「はい・・・グレンデール先生はいるにはいるのですが、その、最近学院とも上手くいってないようで。毎晩、等身大藁人形にラリアットを決めていました」

「グレンデール女史が等身大藁人形を?他になにか学院内で変わったことは?いいえ、藁人形の消費量はどうなってるの?」

「学院内の藁人形は現在品薄状態です、グレンデール先生はその対処を学院に求めていますが対策がとられたとは聞いておりません」

「なんですって、藁人形の需要と供給は“呪い”に対する社会の関心そのものよ、それが滞るなんて・・・シャーリー、貴女はそんな場所で今日まで生活していたの?

貴方!なんでもっと早くに気づいてあげられなかったの!今の学院は“呪い”を使うシャーリーにとって只の地獄よ!この子は“祝福”が使えないんだから差別に対象になるのは分かりきってるじゃない!

知らなかったこととは言え私を許して、シャーリー」


 流石は“呪い”の達人だ、藁人形の重要性と“呪い”オンリーの微妙な立場をよく理解していらっしゃる。


「イザベラ、シャーリー、藁人形はそんなに大事なのか?」

「「大事です!」」

「そうか・・・“呪い”の術具として使うのか?」

「「いいえ」」“呪い”とは実際なにも関係ありません。

「そうか」

 お父様はそれ以上質問することがなかった、少なくても藁人形については。


 この世界において、藁人形は重要な物だ。必要なのかと問われれば、『いります!大切です!』と答える以外にないほど必要不可欠だ。


白河の清きに魚も住みかねて元の濁りの田沼恋しき

江戸時代に詠まれた詩です、本当の意味は白河藩主、松平定信が老中になったとたん江戸庶民の暮らしから一切の贅沢が規制され、前の老中、田沼の時代はよかったと忍ぶないようです。

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