貴腐
※
ルシルベルカが人狼病に倒れたのは、グレコがネロに話を持ちかける半月ほども前のことだ。
飼い犬から感染した。突然、狂的になりルシルを噛んだのだ。
犬は即座に殺された。
その犬は婚約相手から贈られたもので、結果として両家の関係は険悪になり、婚約は破談になった。
ルシルの病状は世間体もあり隠蔽された。
婚約者側も、自らが贈った犬にそんな病が潜んでいたなどと吹聴されてはたまらぬと、口をつぐんだ。
こうして、情報的密室ができあがった。
アレクタール家は手を尽くしたが、ルシルの病状は悪化した。
まず、医師が匙を投げた。感染すればほぼ死に至る人狼病に治療法などない。また、末期となり暴れる患者が医師を噛む場合もあり、そこから伝染する病を畏れたのだ。
頼みの綱は《スピンドル》能力者だけだった。
だがアレクタール家は貴族階級では下級であり、ことは簡単に運ばなかった。
倒れたのが法王であれば話は別だったかもしれないが、基本的に国家に登録されている《スピンドル》能力者は国家財産でもある。能力者自身の命の危険性すらある治療の招請に、簡単に許可が降りることはない。
いや、接触の方法を誤れば、防疫の名目でルシルを処理することさえありえた。
例外はスパイラルベインだが、こちらには社会的信用がなかったうえに、人狼の病魔と闘えるほどの能力者はいなかった。
手の打ちようのないまま、病の猛威にさらされるルシルの命は、風前の灯火と思われた。
グレコは知らないことだったが、ルシルの最後の手紙がグレコに渡ったのは、娘を不憫に思った家族が、せめて最期の願いを叶えてやろうとしたからだ。
グレコは、だからそれをルシルからではなく、アレクタール当主から受け取った。
娘の望まぬ結婚を強要したことに、アレクタール当主は、このときになってようやく後悔を感じたらしかった。
いや、娘の最期に尽くした、という赦しを、自分に証立てたかっただけかもしれないが。
それで、ルシルに最期の夢を見せようと、グレコを呼び出し、話を持ちかけた。
病に倒れる前、グレコが訪れた直後、聖堂騎士団宛てに書かれた書簡を持ち出して。
シュマイゼルが架空の騎士であろうとなかろうと、かまわない。それで娘の魂に安息が訪れるなら、と。
もちろん、人狼病のことは伏せたまま。
だから、あえて期日も切らなかった。
そこから、アレクタール当主の無意識の《ねがい》を嗅ぎ取ることができる。
救われたいのは、だれか、という。
アレクタールの言う「最期」という言葉の意味を、グレコは「独身として最後」程度に受け取っていた。
ネロが巻き込まれたのは、そういう案件だ。
グレコがネロに接触を持っていた頃、日に日に衰弱し、それとは対照的に精神は狂的になってゆく娘に弱り果てたアレクタール当主を訪う者があった。
美貌の女医師――白衣医師団、と所属を告げた。
その名をさすがにアレクタールの当主は知っていた。
現法王とは対立気味で、やや異端視されがちな派ではあったが、その施療院では献身的な看護が受けられる、それも、良心的な価格で、と噂の団体だった。
フレアミューゼルと名乗る美貌の医師は、どこからかアレクタール家の窮状を聞きつけ、まかりこしたのだとのたまった。
もはや打つ手のないアレクタール当主は、藁にもすがる気持ちでフレアの治療を受け入れることにした。
施療は三日におよんだ。
フレアはルシルの病室に泊まり込み、厳重に鍵をかけて他者を入れなかった。
光に怯えるルシルのために昼までも厚いカーテンを降ろしたままの室内で、フレアはルシルと対峙した。
耳を塞ぎたくなるような悲鳴と唸り声、家財が破壊される音が一日中、鳴り響いた。
そして、一転、痛いほどの静寂が訪れた。
固く閉ざされた扉がふたたび開いたとき、そこから現われたのはズタズタに裂けた施療衣をまとったフレアだった。
ルシルはベッドでこんこんと眠っていた。
「娘は――娘は助かったのですか?」
「多少の後遺症は残るかもしれませんが、命に別状はありません」
にこり、と微笑み語りかけるフレアの四肢が義手・義足であることを当主が知るのは、このときだ。
かちゃり、と作り物の指先が音を立てた。
「病とそれに冒された患者のために捧げたのです」
だから、噛みつかれても平気なのです。とくに誇る様子でもなく言うフレアの姿に後光を見、畏敬に打たれて当主はかしこまったという。
噂どおり過分な請求もせず立ち去ろうとするフレアに、当主は切り裂かれた衣類と寄付というカタチで相応の謝礼をした。もちろん口封じの意味もあったろう。
「では施療院建設の足しとさせていただきます」
フレアは深々と頭を下げ、素直にそれを受け取った。
それがネロもグレコも知らぬ、ことの顛末だ。
だが、この話にはまだ続きがある。
病から回復したルシルは周囲が驚くほど元気に明るくなった。
結婚が決まってからはふさぎ込みがちだったルシルの変化に、当主はこれでよかったと喜んだものだ。
まるで解き放たれたみたい、とルシルは言った。毎晩とても気持ちの良い夢を見るのだと。
ただ、奇行があった。
朝、目覚めるとルシルの手足が泥に汚れているのだ。
本人に問い正しても、首を捻るばかり。
庭師が庭園の芝生に、巨大な狼の足跡を見出したのもこのころだ。
人狼の病魔、と屋敷に住み込みの雇われ人たちが囁きあった。
当主はいまいちどフレアに相談した。
「もしかしたら、一度は払った病魔が性懲りもなく娘さんをつけ狙っているのかもしれません」
フレアは昼の診療を終えるとやってきてはルシルの様子を見、夜間の戸締まりを厳とすること、このことはすべて自分にまかせることを当主に約束させた。
娘の命の恩人であるフレアを当主は一も二もなく信用し、泊まり込み用のベッドまで用意させた。
つまり、ネロを襲ったあの大狼は人狼の病魔であり、フレアはそれを追っていたことになる。
伏せられたカードが、この場に一枚としてないのならば、だが。
※
秋が終わろうとしていた。
アレクタール家は迎えに馬車を寄越してくれた。
「ありがたい」とネロはその好意に素直に甘えた。
アレクタールの屋敷は法都:エクストラムの郊外にある。郊外といってもすぐ近くで、徒歩でも行けなくはないが、ここ数日の雨でぬかるんだ道を歩いて行けば、溝に落ちたドブネズミみたいになるのは確実だ。
そんなドブネズミが騎士:シュマイゼルの正体だと告白する。
ルシルの心にそんな傷を残したくない。
ネロは馬車のキャビンに乗り込んだ。板バネと革を組み合わせたサスペンションを備える貴族仕様の馬車の乗り心地は、農家のロバが引く荷車とは雲泥の差だ。
ネロの手には醸したばかりの貴腐葡萄入りのワインがカゴ付きの瓶に入ってある。
まだ、未成熟だが、素晴らしい仕上がりだった。
死ぬかもしれない、という覚悟で出向くネロは、自作のワインとともにあることを選んだ。
せめても、ルシルに自分のまごころを味わって欲しかった。それでダメなら、しかたがない、と思うほどネロはワインを愛していた。
そこから伝達される夢の強さを信じていた、と言ってもよい。
窓から小雨のぱらつく田園風景を眺めていたネロのかたわらに、するり、と影が潜り込んだ。メルロである。ネロの影に潜んでいたのだ。
「そういうところを見ると、夜魔なんだな、と思うよな」
ネロはメルロの頭を撫でた。くん、とうれしそうに鼻を鳴らし、メルロはネロに甘えてくる。この先、しばらくは甘えられないから、そのぶんを先に、ということだろう。
「おぬし――髭をそり、髪をなでつけ、そうやって礼服に包まれていると――なかなかの紳士ぶりじゃな」
「礼服を質に流さずに持っておいてよかったよ。従士隊で夜会のときに使ってたやつだ」
「こうしてみると、なんのかんのと筋肉質なのじゃな。胸板もけっこう厚い。だてに騎士を目指しておったわけではないな」
「騎士崩れ、だよ。ほんとに。今回はそれで痛い目に遭った、いや、いまから遭う」
「傷ついた乙女の心のために我が身を危険にさらしても戦う。立派な騎士だと思うがの」
「そんなこと言ってくれるのはメルロだけさ」
んふ、と満足げにメルロが笑い、ネロは苦笑した。
「安心せい。いざとなれば、この可憐な乙女がおぬしを護ってやるからの!」
言い置き、メルロはまたネロの影に潜った。
「旦那、もう着きますぜ」
御者台の小窓が開き、こちらを覗き込んだ御者がそう言ったのは直後のことだ。
「あ、ああ」
ネロの曖昧な返事に、御者は小窓を閉め、首を捻った。
「なんだか、ひとりごとの多い客だことだ」
ネロを屋敷の前で降ろし、馬車は去って行った。
門扉を開け、ネロは敷地へ入る。石で舗装された道が玄関へと通じている。
庭園は華美ではないがよく手入れされ、持ち主の人格が現われていた。
「実直で、厳格。約束事をきちんと守る」
庭の様子からアレクタール家の人々の気質をネロは読み取っていた。そういえば、ルシルは他の貴族子弟に比べても、おしとやかで礼節をわきまえた娘だった。
霧雨の降るなかを、ネロは歩いて行った。この程度、短時間ならばコートと帽子で防げる。樫材の扉の前に立ち、ネロは帽子を脱いでから全身の雨水を払い、ノッカーに手をかけた。
ごんごん、と重い金属製のそれを打ちつける。
しばらくして応答があった。
どきんっ、と心臓が口から飛び出るかと思った。
ドアを開けたのは使用人ではなかった。
可憐な娘だった。首筋まで深い青紫のドレスで覆っていた。ネロは彼女を知っていた。
アレクタールの娘、ルシルベルカ。
四年前に初めて会ったときよりも、もっとずっと美しくなっていた。
まだ子供のようだった頬はすっきりとして女性らしく、手足はすらりと伸び、胸乳はそれに反比例して豊かな曲線を描いていた。この年月が、彼女の美を磨いたのだ。それなのに目尻にはあのころの純真で優しげな光がたたえられたまま。これは、ガーミッシュが恋に落ちるのは当然だと思われた。
いや、どうしようもない馬鹿者だったが、女を見る目だけは確かだった。……ほんとうに、ガーミッシュ、バカヤロウ。
なぜか、ネロは泣きそうになってしまう。
だが、今日泣くのはネロの仕事ではない。ネロはそれを受け止めにきたのだ。
「はじめまして……ではありませんね。レディ・ルシルベルカ」
「わたくしも、覚えております。ネロ・ダーヴォラ」
どこか切なげに、それでも微笑んで言うルシルを抱きしめたい衝動に襲われて、ネロは戸惑った。
ちがうぞ、と自分に言い聞かせる。オレはガーミッシュでも、騎士:シュマイゼルでもないんだ。
「お美しくなられた」
コートを脱がせてもらいながらネロは言った。紳士のコートを脱がせるのは、その屋敷のご婦人方の仕事だ。つまり帽子は取るべきだが、コートは着たまま室内に入るのが礼儀作法ということになる。
「ネロさまも、なんだか、逞しくなられた感じがします」
それに……とルシルは言った。
「なんでしょう? すごく、いい香り?」
どきり、とした。丁寧に身体を洗ったはずだが、メルロの残り香があるのか?
女性を訪うのに、別の女の匂いをさせて行くなど恥知らずにもほどがある。
くんくん、とルシルがネロの背中に鼻を押し当て嗅いだ。
「!」ネロの背筋を熱いものが駆け抜けた。
「いけないっ、わたしったら」
慌てて身を離し、口元を押さえて真っ赤になったルシルが恐縮した。
「…………」
ふたりは言葉を失って、しばらく沈黙した。
「離れに、お茶を用意してありますから」
すこし早口にルシルが言い、ネロを案内した。
ネロは先導するルシルに従ってその後を追った。
屋根付きの渡り廊下を経て、果たしてネロが案内されたのは庭園内に設けられた別室だった。
テーブルには軽食とお茶が準備され、湯気を立てていた。
小さな暖炉も備えてあり、暖かい。
先に来て、一緒に話をするはずのグレコはいない。アレクタール家のほうの同席者も。
年頃の娘を家族の目の届かぬ密室で見ず知らずの男とふたりきりにさせるなど、この時代、あってはならぬはずだ。
ネロは緊張した。
「まいったな……グレコ、打ち合わせと、ぜんぜん段取りがちがうぞ」
「なにか、おっしゃいまして?」
ネロのつぶやきにルシルが反応した。
「いや、あの、連れがまだかな、と」
「ああ、グレケットさまなら、もうお帰りになられましたよ?」
「ええっ?!」
ネロは目を剥いて驚いた。それって、いったい……。
「わたくし、ネロさまからお話はおうかがいするように、と」
あのやろう、とネロは思った。土壇場で臆病風に吹かれたのかよ、と。
けれども、ネロは逃げるわけにはいかなかった。
「なるほど、わかりました。そうしましょう。あと、大変恐縮ですが、レディ・ルシルベルカ、わたしのことはネロ、と呼んでください」
「はい、ネロ。では、わたくしもルシル、と」
ネロは緊張で、ルシルは親愛の情を示して、互いに微笑み、カップを傾けた。
雨の音だけが響く室内で、ふたりは無言で一杯目のお茶を干した。
そっ、とルシルが二杯目を注いでくれた。
いざとなったら、どう切り出したものかわからなくなり、ネロは手に汗をかいた。
じりじりと焦燥感だけが募っていく。
「いや、美味しいお茶ですね。この焼き菓子も」
緊張でうまく飲み込めず、咳き込みながらネロは言った。涙目だ。
「ネロ」と優しくルシルが言った。「勇気を出して」
はっ、とネロは息を呑んだ。ルシルの言葉に。
まさか、とつぶやいた。まさか、彼女はすべて知っているのではないか。いまから、ネロが明かそうといている男たちの、卑劣な過去の所業を。
知っていて、オレが言い出すのを待ってくれているのではないか。
いや、知っているもなにも、この状況で無関係の男が詫びにくるはずもない。
すとん、と瞬間、ネロの性根が据わった。すっと、背筋が伸びた。怯えからくる緊張はもうどこにもなかった。
「自己弁護はありません。まず、これを読んで頂きたく」
手紙をさし出した。ネロが我が身を削って書き上げたものだ。
ルシルはそれを静かに読んだ。
まばらな雨音だけがふたりの間にはあった。
どれくらいそうしていただろう。手紙から視線をあげ、ルシルが静かに言った。
「では……騎士:シュマイゼルは、この世の方ではない、とおっしゃられるのですね?」
「いかにも」
「それどころか、ガーミッシュさま、グレケットさま、そして、ネロ、あなた方、三人の男性による創作だと?」
「はい。間違いありません」
「いいえ、間違っていますわ、ネロ」
まっすぐにネロの瞳を捕らえてルシルは言った。
「わたくしの恋慕もまた、それに加担したのです」
間違いない、とネロは確信した。ルシルは知っていた。この手紙がネロの手なる物であることを。
「グレコ、いや、グレケットが話したのですか?」
「いいえ。グレケットさまはネロさまのことなど、一言もおっしゃりませんでしたよ? ただ、悪いのは自分とガーミッシュさまだから、その手紙の主には累を及ぼさないでくれと懇願されました」
「では……なぜ?」
「女の勘って、恐いものですわね。じつは初めてお会いしてお話したときから、すこしそんな予感がありましたの。ネロ、この方なんじゃないかって」
このお手紙、あなたじゃないか、って。
ルシルが頬を染めて言うものだから、ネロは動揺せざるをえない。
「確信したのは、あの遺言状を見たときですの。戦死なされたガーミッシュさまにはお気の毒ですけれど……はっきりと別人だとわかりました」
ルシルの光をたたえた瞳は、ネロから片時も外されない。
「文字の姿形は偽れても、心までは偽れない――ずっとそう信じてきました」
はらはらとその瞳から涙がこぼれた。
よかった、とルシルが言った。あなたでよかった、と。
「わたくし、間違っていなかった」
「ルシル」ネロは名を呼ぶのが精一杯だ。
「わたくしが、恋をしたのは、ネロ、あなたの作り出した幻想の騎士:シュマイゼル――いいえ、あなたの心に、だったのですわ」
きゅう、と胸の奥の狭い場所が締め上げられるのをネロは感じた。
思わず駆け寄り、抱きしめたくなる衝動を、ネロは必死にこらえて言った。
「けれども、オレは……騎士ではない。シュマイゼルではないんです」
知っています、とルシルはつぶやいた。でも、と続けた。
「でも、だったら……なればいいんです。わたしだけの騎士さまに、なってくだされば」
小さくルシルが笑った。
え、と虚を突かれたネロに微笑み、ルシルは席を立った。
厨房へ、ポットの湯を足しに行ったのだ。
「……なにか、変だったな」
どっと背中に吹き出た冷や汗に、席にもたれて気づきネロは言った。
会談自体はネロの考えていたよりもずっと穏やかに進んだはずだ。いきなり剣を突き立てられる予想までしてネロはこの場に臨んだのだ。グレコの不在はあまりにもイレギュラーだったが。
ただ、どうもいままでの話の流れだと、恋慕の対象がシュマイゼルではなく、自分に移ってしまっているように感じられるのは、ネロの自意識過剰か?
「いや、それはない。あってはならない……」
「乙女心は四月の天気――そんな詩をしらんか? どうなるかわからんという意味じゃ」
するり、と影から抜け出しメルロが言った。
「うわっ、いきなり出てくるな!」
「鼻の下が伸びておるぞ、おまえさま。変な顔」
ネロは鼻の下をごしごしと擦った。
「変と言えば、この屋敷、使用人はおらんのか? 当主の娘がお茶汲みなどと……健気であればよいというものでもあるまいよ」
メルロはそんなネロを無視して言った。
「ヒマを出している、とか?」
「冬支度をせねばならんこの時期にか? バカも休み休み言うがよい」
そういえば、とネロも思った。小雨が降ろうとも、働くのが使用人だ。給仕どころか園丁のひとりも見かけないとはどういうことだ? だいたい暖炉がこの部屋にもあるのに、なぜ、そこで湯を沸かさない?
「それにあれか、この屋敷はこの程度の雨でも、一日中ずっと雨戸を降ろしておくのが決まりか? 暗くてかなわんな。蝋燭代もかさむだろうに」
まるで我が伯爵家のようではないか、とメルロは指摘した。
どきり、とネロの心臓がまた早鐘のように打ちはじめたのは、その時だった。
メルロの指摘は正鵠を射ていた。
なにかが、ではない。おかしいのだ。すべてが。
そう確信したネロの視線の先で、一ヶ所だけ雨戸が開いた。そこから手がのぞき――その手は血にまみれていた。そして引きずり込まれるように、内側に消えた。雨戸が閉められる。
立ち上がったネロの鼻先で、またラベンダーの香りがした。