帰還?。
「ほら......もう離れろ。肩が凝りそうだ。」
低いくたびれたような声で呟く。
宿が見えてくるくらいの距離まで迫ってきたので、腕から離れるように促す。
「ええー......じゃあ揉んであげるからまた掴まらせてね?」
レイは、はにかんだ笑顔で照れ交じりに声を出した。
ずっと右肩だけに引っ付かれていたので、右肩だけ凝りそうなのだが肩叩きをイメージすると幼い少年、少女が左右の肩を軽く叩いているイメージが思い浮かぶので片方だけはイメージにそぐわないので是非とも両肩ともマッサージしていただきたいものである。決して俺の願望ではなく、大多数のイメージを崩さないためなのである。
それに揉みたがっていることだし、本人も量が多くて喜びの涙を流してくれる事だろう。
「またな、今日はなんだか疲れた。」
今日は特に何もしてないのだが、俺元来のんびりした時間が好きなのでほんの一日ばかりの休憩。ここ最近は戦闘ばっかりだったのでたまにはのほほんとした息抜きもいいだろう。戦闘ばっかりでは気が滅入るし息もつまりそうだ。
「そういえば......私は今日どこで寝ればいい......?」
家出した少女のような目線を配ってくる。
「金持ってるんだろ?どうせ部屋なら空いているだろう、泊めさせてもらっている俺からしても客なんてほとんど来ない。どうやって生計を立てているやら......」
俺やルカのように狩りをしているとは到底思えない。
何故ならあの村の人達はモンスターに恐れはしない物の戦うことに対し怖れているのだ。例え相手がスライムのような奴だとしても死ぬ可能性はあるのだ、その危険性を背負う位ならば危険性の少ない仕事をして稼げばいい。そういう考え方なので、真由花のような鍛冶屋は中々儲からない。彼らや彼女らが武器を持つ理由は、真由鼻が出会った時言っていたようにあくまで護身用なのだ。
盗賊や山賊のような奴らでも金が無いなら、欲しいならモンスターを倒せばいくらでも手に入る。だが奴らはそうすることなく人身売買などに手を出している。
死ぬ可能性がある戦いと、相手が抵抗して来ない争いならば後者の方が楽で安全に決まっている。
もちろんただ単にちまちま稼ぐのが面倒臭いだけなのかもしれないし、他に何らかの理由があったのかもしれないが、それでも俺達のように好戦的といったら聞こえはよくないが、戦いに関しては干渉しないのだ。
俺のような男からしてみれば、働かなくても戦えば稼げるというのは誰もが夢見、惹かれるものだと思う。だがこの世界の住人からしてみればそれは当たり前であり、誰もが狩りをしたら他の産業などが廃れてしまうというものなのでうまくバランスは調整されているのかもしれない。
「へぇ~......なら一緒の宿に住めそうだね!なんか新婚さんみたいでいいな......」
レイが妄想に浸っているところで宿屋に到着する。
「ほら着いたぞ、俺はもう疲れたから先に寝る。おやすみ。」
そう言い残すとそそくさとドアを開け、宿屋へ帰還した。
先程は素っ気無かったが、少しくらいは話を進めてやろうと泊まる旨趣を伝えようとした――。
「うん?ルカはどうしたんだい?一緒じゃないのか?」
俺達よりも先に工房を出たはずのルカがまだ帰ってきていないらしい、ということは俺の予想通り狩りにでも行ったんじゃないかと推測するが、昼間の事を思い出し焦燥感に駆られるがレイへの配慮も一応しておく。
「ちょっと捜してくる。レイを頼む。」
俺に遅れて入ってきたレイだが今の話を聞いていたようで心配そうな顔をしている。
「私は大丈夫......行っても何も出来ないし......」
さすがにレイを連れて行く余裕は無いので軽く頭をぽんぽんと撫でた。
「大人しく待ってくれよ。じゃっ......」
そう告げ、いてもたってもいられなくなった俺は先程の疲労感など忘れて外に飛び出した。
「はぁ......はぁっ......」
少し薄暗くなった道なき道を走っている。
どこへ行くとは言っていなかったが、おおよその目星は付いている。
昼間話をした洞窟だ、もう危機は去り気になったのか、ただ興味があったのかは定かではないがあそこにいる可能性は高い。スライムやゴブリンのように死体は消えるのか分からないが、俺にとっては赴くと生々しい情景が湧き上がってくる場所でもある。
俺の走るペースでも洞窟までは十五分はかかる。何事もなく帰路に着いていてくれればいいのだが......
木々の隙間に踏みつけられたような新しい足跡が目に入る。
まだそんなに時間は経過していないようで無事な可能性が高いが、洞窟はオークのいる広々した場所の奥にあるので出会わなければ先へは進めない。
野性の本能に対し、そこまでレベルの高くない俺の足音を消すテクニックは意味が無いと分かっていても、身体がやらざるを得ないのだ。
じりじりと近づいていくと、軽い金属同士がぶつかり合う物音が耳に届き更に慎重に歩み進める。
目に被さった自分の髪の毛の隙間から三人の姿が捉えられた。
一人は覚えのあるシルエットであり、他二人は見覚えの無い男らしい体つきだ。
一対一での戦いでは好戦しているルカのようだが、その戦いを見かねてかもう一人の男が戦いに加わる気だ。
どう戦うのは考えていないが、そんな事を考えていたらルカが殺されてしまう。そうなってからでは遅い。
考える終わるよりも先に体が動作し、
ストレージから愛剣を取り出し、柄を握り締め刀身を背中の鞘から引き抜いた。




