住人。
「そういえばお前としか言ってなかったな、名前は何て言うんだ?」
森を抜け、宿屋への帰り道でふと尋ねた。
容姿などは相変わらず暗く、この辺りに照明などの類は無いので宿へ行くまでは分からないのだが、姿形よりも先に名前を聞くのは中々あることじゃないと思う。
第一印象は容姿だというのだが、こいつの場合は容姿よりも性格を知ってしまった分人間性をそのまま確認できて俺からしたらいいのだが、相手ももちろん俺の容姿を知らないので俺に対する期待は自然と上がっていくのであるが、こいつの期待するようなイケメンでは無いので、がっかりさせてしまうと自分で考えて少し悲しくなった。
そんな俺を知る由も無く、相変わらずな夢見がちなのお姫様が口を開いた。
「リスポカ=レイアシス、レイって呼んで下さいね!それともハニーでも構わないですよっ」
名前からしてこいつは元よりこの世界の住人で間違いないだろう、これで髪の毛が黒色だったりしたら色々困惑してしまうのだがそんな可能性は低いだろう。
ここでの黒髪はとても珍しい、俺と真由花以外に見たことがない。
この村だけではあるが、黒が混ざってる奴くらいだけの奴であるなら多少は存在しているが、俺と真由花のような真っ黒は見たことが無い。
「今日知り合った奴をハニーって呼ばねえだろ普通。実際ほぼ他人だし」
「つめたぁーい、しょうがないから今のところはレイで許してあーげるっ」
小さい文字をつけてそうな耳に障る喋り方ではあるのだが、まあそのくらいなら許してやろうかと思うが、ただこいつの境遇に同情しているのかもしれないし俺が人間として成長したのだろうか、それはないな。
こいつがどんな理由があり賊に差し出されたのかは知らないし、知る気も今のところ無いが何故だかこれから知ることになりそうな、そんな気がしたんだ。
「ああ、それで勘弁してくれレイ。俺の名前は知らなかったよな?タチバナカズサだ、好きに呼んでくれ」
「タチバナカズサ?珍しい名前。本当に好きに呼んでもいいのっ!?じゃあダーリンっ!」
お姫様は嬉しそうな声を上げ、俺の腕に抱きついてご機嫌のようだ。
「お前よく俺の腕が分かったな?褒美に宿屋までくっ付いているのを許してやる。」
「え?なんだかよく分かんないけどいいならいいやっ」
現在夜中の三時三十九分、この辺りだと一メートル先は視界が真っ暗で人を認識できる状況とは言い難く、ほとんど見えないと言っても過言ではない状況の中こいつは俺の三メートル後ろを歩いていたのだが、名前を呼ぶと同時に一目散に迷わず俺の腕に抱きついてきたのだ。
ただの勘という可能性もあるが、口ぶり的にも恰も俺や俺の腕がはっきり見えると分かっていて抱きついてきたようにも感じられた、まだまだ知らないことは多そうだ。
「ほらあそこが宿だ、一応聞くが金は持ってんのか?」
この世界でのお金やアイテムは本人以外は分からない、盗賊などに襲われたとしてもそいつが出さない限り奪うことはできないはいい利点ではあるのだが、誰かが盗んだとしてもそいつが言い出さない限り証拠などが出ないので治安に関わりそうである。
「少しはあるけど、わたしはダーリンと同じ部屋だから関係ないじゃない?」
「いや、それは色々困るんだよ。主に俺の人間性が疑われることになる」
そう来るとは思っていたが、何も迷わずド直球で言えるのはある意味凄いと少しばかり感心してしまった、ルカが知れば真由花へのいい話のネタに、更にはますます男の俺の居場所が狭くなってしまう気がしたのだ。
「私は構わないわよ。むしろその方が浮気しないでしょ?」
「おい、はじめに確認しておくが俺はお前の恋人になってないからな?あと人前でダーリンは勘弁してくれ。」
ゆくゆくは普通の人間を好きになってもらう予定なのだが、吊り橋効果というのはいつ頃効果を失うものなのだろうか?
それまではこの好き好きアタックは続きそうである、話していて楽しいので俺は友達くらいにはなれたらいいな。
「まあいいや、この宿くらいなら払ってやるけど今日のところは俺の部屋で寝てくれこんな時間だし、みんな寝てるだろうからな」
「わぁーい、さっすがカズサ!」
もう返答するほどの元気が無い俺は適当に頷きつつ、宿の扉を静かに引っ張った。
宿の中は暗かったが、外よりは明るく今ならレイの姿を確認出来る状態だったが、そんなのはこれからいくらでも出来るだろうと部屋までひたすら快眠を求めた。
なにやら興奮する声が聞こえ、布団の中にごさごさ動く物を感じれたが、今は布団に身を預け何も考えたくなかったので目を閉じた。
今日は色々あった、できる限りの事はしたよな...?
普段お爺ちゃんのように早い時間に眠る俺だったので床に就いたらすぐさま深い眠り入った。




