王子様。
「声が聞こえてきた場所から、そんなに離れていない気がするんだけど」
夜が深くなるに連れ、洞窟の中も暗さを増していくので歩きづらさと視界の悪さは解消されなさそうだ。
「おーい、返事をしてくれー」
精神的に疲れ、今すぐにでも眠りたいのを我慢して捜してやってるのに返事の一つもしないとはなんて奴だ。
ん?返事?
よくよく考えてみればあいつは声を出せない状況じゃなかったのか...?
普通に助けてと叫んでいたが...どういう事だ...?
まあ取り敢えず会ってから色々聞けばいいや、ナイフでも隠し持ってたんじゃないかと自己解釈し、もう一度叫んだ。
「おーい」
しばらくすると、しばらくといっても三十秒位の時間だったが返事があった。
「はーい」
いや、コントじゃないんだからもっと危機感持っててくれよ、なんだその間抜けな返事は。
「誰かいるのか?いるなら洞窟の外に向かって歩いてきてくれ。俺は疲れた」
元気がありそうだったのでこっちから行くより、来てもらった方が時間短縮になるし、あとついでに、ほんとについでだけど俺が楽できるしな。
一分程で誰かしら歩いてくるのが洞窟に響く足音で分かった、その間俺は少しばかり眠ってしまったようだ、俺も危機感を持たなきゃな。
「もう!ここは助けに来たよって決めるところでしょ!?」
「えっ....え?」
あの濃い面子と同じか、それ以上に面倒臭そうな奴が来たのである。
暗くて容姿などはよく見えないけども声を聞く限り女だと思うが、なんで俺には男縁が無いんだろう別にそっちの気があるわけじゃないけどさ、周りが女ばっかりだとなんていうか気まずいよ?
こいつは王子様に憧れているような話し方をしていたので、初対面の奴には優しくしてやるって決めているし、聊か怖い目に遭っていたかもしれないので演じてやるとしよう。
見た目は良いとよく言われるお陰で、劇などの主役になりがちな王子様役は結構やらせて貰った経験は無きにしも非ずと言ったところか。
王子様が出てくる物語で見かけることの多い片膝立ちをし、目を凝らせば何とか見える手を優しく包んだ。
「助けに来たよ、姫。」
「きゃあっ触られちゃった...これはもうお嫁さんに行くしかないわ」
優しく握ったはずの俺の手をがっちり掴んできた。
どんだけ初なんだよ、触られただけでお嫁に行くならお前は一体何回お嫁になってんだよ、あと恥ずかしいから今の事は五秒後くらいには忘れていて欲しいものだ。
「いや来なくて良いから。俺より前にその攫った奴等に触られてるだろ?俺が言うのもなんだけどさ、そっちの嫁に行ったほうがいいんじゃないか?冥婚になっちまうけど。」
「嫌よ!絶対嫌!どこの誰とも知らない奴のお嫁になんで行かなきゃならないの?」
「いや、俺お前の事知らないし。お前も俺の事知らねーだろ。」
まさかこいつは夢に出てきた王子様とか言い出すんじゃないんだろうな、俺からしてみればこいつの王子様になった気も、他人の夢に出演した記憶も俺は持ち合わせていない。
「知っているわ!あなたのこと!占いで運命の人が助けに来てくれるって言ってたもの!」
「それは知らないっていうんだよ!第一お前が知ってても俺が知らないんじゃ結婚なんてできねーから」
「酷い!私を捨てるのね!?いいわ、行きなさい。他の女のところへ、行けばいいじゃない!!!」
何でこいつは急にキレてんだ?所詮占いだろ、それに口調がなんか恋人で俺が浮気したみたいじゃねーか、女の扱いとは難しいなんて物じゃない。
お願い誰か!受講料払うから、是非俺に女心を伝授して頂きたい。
「落ち着け、まだ可能性はあるだろ?俺がお前のことを知らないのが原因なんだからそれをなんとかすればいいんじゃないか?」
まるで他人事のような言い方であるが、そうでも言わないとこいつは落ち着かないだろう、占いが当たったと喜んでいるだけでそのうち興奮も冷めるだろう。
「私とした事が取り乱してしまったわ、王子様に相応しくなければならないわね、これから私を知ってもらうとしましょう」
「ああ、頑張ってくれ応援してる。運命の王子様に出会える事を俺も願っているよ。じゃあな」
予定通り、助けて敵ももう居ないだろう
俺の必要は無さそうだったので健やかな安眠の為に帰るべく来た道を戻ろうとした。
「ちょっと!何帰ろうとしてるのよ!私も連れて行きなさい!」
「なんでだよ、お前王子様待ってるだろ?ここにいれば来るって占いで出たんだろ?待ってたほうが良いんじゃないか?」
決して俺は自分を王子様だとも思わないし、もう俺はどんだけ頑張ったところで成る事もできない。
自分の為に人を殺すなんて王子様どころか普通の善人にも、もう戻れそうにない。
先ほどは偽りの王子様を演じてしまった負い目を感じているが夢を見せてあげる事はもう叶わないだろう、もう初対面じゃないんだから。
「待ってたらまた誰かに捕まるわ!そしたらまた助けに来てくれる?」
救いを求めるような。か細い声でそう姫様は仰られた。
「なんでそんな事言うんだよ、そんなに運命が大事なのか?いいじゃないか、王子様じゃなかったとしても王子様が何だって言うんだよ。」
「だって私にとっては貴方が唯一救いの手を差し伸べてくれた人だもの。私が住んでいた村の人達は山賊が襲ってきたら迷わず私を差し出した。もう貴方しか信じられないの...」
顔どころか全身ほぼ見えない状態だが、涙ぐんだ声をしている女の子を放って置く奴は俺以上に女心が分からない奴ぐらいだな、そんな奴がいるなら是非とも指導してやりたい。
「一緒に来るか?」
「うん...いく。」
今はまだ無理だとしても...いつか...長い時間をかけてでも、こいつに普通の人を、王子様じゃない人でも好きになって貰いたいと...俺は思ったのである。




