それから2年
結局二人が帰ってきたのはその日の深夜に近い時間帯だった。
デバイスの通信も切っていため、何かあったのではないかと二人を心配する双葉を適当にあしらうと、流石に睡眠不足で倒れるように眠ってしまった。
だが、そのスイレンの寝顔を見て双葉は安心する。
本当は色々話さないといけない事があるが、それはまた明日にしようそう思いそっと寝室の扉を閉めた。
翌朝、スイレンを部屋に残し、アレックスは双葉と一緒に工場に向かう。
二葉から心配していた事をクドクド言われながらも、アレックスはその説教を右から左に聞き流しながら車を運転する。
今日から工場には先生も来ている今日から本格稼働だ。アレックスの頭の中はその事でいっぱいだ
だが、そうはいかなかった。工場についた時、待っていたのは、イライラを募らせた先生だ。
「おはよう先生、早いな」
「アレックス、僕が頼んでいた案件どうなっている?」
「案件?あ、ごめん先生、昨日おととい、先生のメール見てなかった。」
そう言ってアレックスは電源の切れたデバイスを見せる。
この2日、グロリアに対峙し言葉を重ね、睡眠時間を削り、宇宙船修復のための素材加工をするためのロボットのプログラムの作成をしていた先生からしてみれば、
アレックスに頼んだ案件は遥かに手間のかからない物資の確認と移動。
そしてスイッチを押すだけ誰にでもできる規定プログラムによる精錬だった。
それすらもしておらず、自分のメールに気付いていない。
しかもその事を反省してもいない。
「アレックス、この2日何をしていた?」
「スイレンが落ち込んでいたから、一緒に観光を、そうだ今度先生も一緒に、、、」
そういってアレックスは二人で取ってもらった画像を見せる。
楽しそうに笑う二人を見て先生の中で、何かが限界を超えた。
先生はグロリアに続いて2回目、言葉ではなく腕力で感情をあらわにする。
先生の拳を躱すことなど感知型のアレックスにとっては造作もない。
そして、先生の拳など蚊がさし程度だ。でも、今までのどの言葉よりも。その拳が先生の感情を理解できた。
「アレックス!僕と双葉が一生懸命宇宙船を治すために尽力している時に、
君は何をしているんだ。」
「ごめん、でもスイレンの心が傷は先生も知っているだろう。
僕はそんなスイレンを置いて作業なんてできない。」
「自分の怠慢を、言い訳しているつもりか!」
「それとも先生はそんなスイレンを置いて作業をしろっていうのか
スイレンは大切な仲間だ。僕は宇宙船を作るよりも、スイレンの笑顔を取り戻す事が先だそう判断しただけだ。
僕は間違えた事はしていない。」
「今はスイレンの事はいい、僕が聞いているのは、君の話だ。
宇宙船の修復をやると言い出したのは君だ。
それを君は、、、この2日ヘラヘラして何にも反省していない。」
「何をそんなにイライラしてるんだ。」
「それは君だ。その目、少しも反省してない」
「確かにメールを見なかったのは僕が悪かったけどそんなに怒る事じゃないだろ、
先生疲れてるんじゃないか、いったん休んでそれから、、」
先生は見下すようにアレックスを見上げる。
「君の中ではその程度の事だったんだな。
君には失望したよ。双葉、悪いけど、僕はグロリアの所に戻らせてもらう。
グロリアの言う通りだ、アレックス君は僕たちとは違うただの人間だ。
向上心も何もない空っぽな人間だ。」
「先生、、」
「謝る気になったら、僕の所まで来るんだな、それまで君は何もするな。邪魔なだけだ。」
そう言って先生は双葉の制止も聞かずに、グロリアの所に戻ってしまった。
工場を出た、先生はグロリアの元に向かう飛行機の中でもずっとイライラしぱなしだった。
物にあたるなど初めての経験だ。非効率な行為、自分が手が、つま先が、痛くなるだけなのにそうせずにはいられないし、かといってそうしたところで、イライラが解消されるわけでもない。
そして首都を出て1時間ほどたった頃、スイレンから通信が入る。
「何、、、」
「何じゃないわよ!アレックスと双葉さんから聞いたわよ。」
「あいつら密告したのか」
「密告なんてしてはないわよ、空気が悪かったから問い詰めたのよ。
先生!私は先生みたいに強くはない、だから私にはアレックスが必要だった。」
先生はモニターに見えないところで、やり場のないイライラを握りこぶしに力を入れる事でごまかそうとする。
「アレックスのおかげで、私はいつもの私に戻れたし、今回の件で攻められるのは私の方よ。いい、アレックスには謝らせないから」
「スイレンさん落着いてください。」
「双葉は黙ってて、先生。帰ってきなさい。」
「なんで僕が、、、」
「話したいことがあるからよ。」
「今話せばいいだろ」
「直接話があるの!」
「、、、、嫌だ」
先生はスイレンの通信を切る。
通信を終えると、先生は今まで以上に壊す勢いで物にあたる
「なんだ、なんで僕はこんなにイライラしてるんだ。アレックスが、そういう人間、志の低い人間だったそれだけの事じゃないか」
頭の中にスイレンの顔が浮かぶ。
「アレックスが何をしようがスイレンが何をしようが、僕には関係ない。
僕には関係ないんだ。それに僕じゃ、、、、スイレンの支えにはなれはしないんだ。」
「それは恋だよ、先生君」
2時間に渡り黙って本を見ながら先生の話を聞いていたグロリアが突然そうつぶやいた。
グロリアは本を閉じ、先生にお茶を出しながら話を続けた。
「さっきから君はアレックス君に対する非難をしているつもりなのだろうけども、
僕からしてみれば、君はスイレン君の話ばかりだ。そんなにスイレン君の心がアレックス君に向いている事が気に入らないかい?」
「何を言っている?僕はそんな事はどうでもいい。僕にはそんな感情はない。」
「感情を持ち合わせないと、感情を知らない事は別の話さ。
君が感じているのはアレックス君の怠惰に対する怒りじゃなく、スイレン君の力になれなかった自分に対する悔しささ、
早速、食事の効果が出てきたね。」
「何かもったのか」
「その逆さ、何も入っていない。本来の食物のあるべき形さ、感情を抑制する成分が入っていない。元々、君たち不適合者にいきわたる食品には、不満を抱かせないように、通常よりも強い感情抑制成分が入っている。
でも、君たちは、それでも例外となる程他よりも強い感情を持ち合わせていた。
この3日でもそれを断ち、人が本来持つ感情がどういうものか、君は僕や資料から学んだ。
君の持つ驚異的な学習能力が、君の中の本来あるべき感情を呼び起こした。
その中で、君の中で強い思いがスイレン君への好意でそれが一番強く、最初に現れた。
それをどう処理すべきか君自身が分かっていないだけだよ。」
「何を、僕はそんな俗物なんかじゃない!僕にとって興味があるのは真理の探究だけだ。」
「君は僕とは違う。僕は全部持たされて、全部与えられ、
その上で僕はそれを躊躇いなく捨てる事の出来る狂人だ。
でも、君は出生こそ人の本来の形でないのかもしれないが、君の心は誰よりも人間だよ。」
「、、、、」
「スイレン君の傍にいたい、スイレン君を独占したい。スイレン君の笑顔を見れるのは、僕だけだ。彼女の肌に触れたいと思ったりしたかい?
誰にもさわせたくないと思ったかい?それが人の本来持つ愛、、、だそうだよ」
「グロリア、僕を馬鹿にするな、僕はそんな人間じゃない!」
「馬鹿になんかしていないよ。君の持つ向上心、嫉妬、友情、愛情、全て僕が持っていないものさ。いいか、いつだって人が前に進む原動力になるのはいつだって強い感情さ。
自分を変えるのもの、世界を変えるのも、あらゆる行動は善悪、善し悪しは別に、強い感情から生まれる。
流れに身を任せるのは誰にだってできる。
でも現状を壊し、変えるには大きな覚悟と強い意志が必要だ。
強い感情のない僕はどこまで行っても人形さ。ただの過程の一つだ。
でも君は、違う。もし君が真理を求め、世界を変えたいと思うのなら、
君はそういう感情を否定すべきじゃない。
自分にある感情を理解し、それを超越してこそ初めて得られるものさ。
苦悩こそが、憎悪が、渇望が君をさらに進歩させる。」
グロリアは笑う。
「、、、いいだろう。君の掌で踊ってやるよ。でも僕を甘く見るなよ、相手を手玉に取るなら、相手の上を行かないといけない。君如きで僕を操れると思うなよ。」
「それでこそ、だ。先生君。
ちなみにだけれど、君が今アレックス君に対抗心を燃やしているかもしれないけど、僕はアレックス君に勝ち目はないと思っているよ。
いくらスイレン君が彼に惹かれようとも、彼がスイレン君に惹かれる事はない。
彼は僕と同じ人間だ。
人の痛みを理解できても、その心でそれを感じる事はない。
彼にはどんな状況でも諦めないし、自分のために必死になれる人間でもない。
だからだよ。彼はいつだって誰かと同じ立場には立てない。
彼の心が、誰かを必要とすることもない。
頭で理解するのは知識、心で感じるものが感情
彼の行動原理はいつだって思考だ、感情じゃない。
そんな人間、最初から勝ち目はないのさ。」
「勝つだとか負けるだとか、そんなのは別に、、、、」
その時だ。家の窓を振動させ、飛行機が着陸してくるのが見える。
「おや、これは、お姫様自らお出迎えだよ。」
10分後、丘陵を超えて現れたのは明らかに怒っているスイレンだ。
「先生、迎えに来たわよ、さ、帰るわよ。」
「スイレン、何をしに、、、」
「先生を迎えに来たって言ったでしょ。」
「いやだ、僕は帰らない。」
「何馬鹿なこと言っているの。」
スイレンが掴んだ手を先生は振り払い拒絶する。
するとスイレンはグロリアを睨みつける。
「やぁ、思ってたより元気そうで何より、この間はすまなかったね。
気分を害させて、
どうだい、もう一度、食事でも。」
「動物の肉でなければ、またの機会にでも、残念ですけど今回は遠慮させていただきます。」
「先日に比べて、見違えるように強い女性だね。」
「強くならない手生きていけない正解で生きるしかありませんでしたから、、、
アレックスはあなたを悪い人ではないといいますが、私はあなたの事が嫌いです。
あなたが先生に何を吹き込んだのか知りませんけど、うちの先生に悪いこと教えないでください。それじゃ失礼します。」
「お、おい、スイレン、離せ、離せ!」
スイレンは先生の白衣の襟首を掴み、問答無用に引っ張る。スイレンの力でも、先生程度であれば、何とでもなる。
「それじゃ、先生また来週、楽しみにしているよ」
スイレンが足を止め、グロリアを睨みつける
「そういう約束だったよね、君たちに特権を与える限りに、それが君たちの」
「えぇ、覚えていますよ。でも、来週からは私がきます。あなたは先生にいい影響があるとは思えません。誰でもいいという約束でしたよね」
「ふ、まるで母親のようだな、君は、」
「駄目だ、駄目だ、駄目だ!僕が行く!スイレンがここに来ることはない!」
急に慌てだす先生に、グロリアは笑い、スイレンは驚く
「来週からも、ここには僕が来る。ここでしか調べられない事がある!それに、その、、、」
ここでしか調べられないことなどない。認められた項目はどこからでも調べることが出来る。
「それが君の答えだよ、先生君。君の心の声だよ」
「、、、帰ろうスイレン。でも来週も僕が来るから」
「あら、なんだか、急におとなしくなったわね。」
「別に、、帰るんだろ、だったらさっさと帰るよ。というか、さっきから歩き方が変だけど、どうかしたのか」
「実はおとといひねって、ここに来る時、急いでたらまたひねっちゃって、
実は結構痛いかも、」
「まったく、無茶しないでくれ、いいか、帰ったらまずは、病院に行くぞ」
「大げさだな、冷やしてればなおるわよ」
「もし骨にヒビでも入ってたらどうする。見てもらって大したことなければ、それでいい。」
「はいはい、分かったわよ。
、、、なによそれ」
先生は双葉に手を差し出す。」
「君の方が背が高いし、ぼくじゃ君を背負って歩くことも、できはしない。
でも肩を貸すくらいはできる。」
「いいわよそんな、」
「よくない、この丘の坂は見た目以上に急だ。それをけが人に歩かせるのは君がどうこうじゃなくて、僕の信念に反する。」
「何よその言い方、もう少し素直に言ったらどうなのよ。」
「いいから、ん」
先生は半ば強引に双葉に肩を貸す、先生の方が背が低く、正直手助けにはなっていないが。
それでも先生は一生懸命、彼女を支えようとする。
グロリアはそんな二人の様子を見ながら、再び本を開く。
そして二人が飛行機で飛び立つ様子を見送ると彼は笑い独り言をつぶやく。
「来週、誰が来るにしても、楽しみだね。彼らは面白い。
さて、宇宙船の完成まで何年かかるか、それまでに、誰がどう変わり、どう動くか、
心を知った君たちが、
死を感じた君たちが、
何人、この空に耐えられるかな。」
グロリアは先生の為に用意したお茶のカップに手を伸ばし、先生のお茶に口をつける。
「うん、僕には甘すぎる。」
それから、約2年後、彼らの宇宙船は完成する。