命の形
翌朝早く、双葉は日が昇る前に一人、借り受ける事になった工場の視察と、作業用ロボットの引き取りに向かう。
一方スイレンはそれに気付く事なく、彼女が目を覚ましたのは10時を過ぎていた。
「、、、、、、、アレックス?」
「、、、、おはよう、気分はどう?このベッド、船のと違って寝心地はよさそうだけど。」
アレックスはスイレンの横で手を握ったままいつの間にか寝てしまった。
「朝ご飯食べられそう?」
「ちょっと無理かも、、、ごめんね、迷惑かけて。」
「らしくないよ、いつものスイレンらしくない。
普段から迷惑かけているのは僕たちの方なんだ。
いいさ、サプリメントと水は大丈夫?」
「うん、それなら大丈夫だと思う。」
「、、、そんな顔しないの、僕も好きでやってるんだからさ、あ、そうだここ凄いよ、ミストシャワーじゃなくて、お風呂っていうの?スイレンは昔使ってたかもしれないけどお湯をためてそれにつかれるんだ。どう?入って来たらすっきりするよ。」
「お風呂か、、懐かしいな、そういえばここ、昔いた場所に似てるかな。」
「あのさ、今日一緒にこの街を見て回らない?グロリアさんから1級市民権貰っているから、どこにだって行けるよ。」
「うん、でも、、」
「でも、、、やる事があるんでしょ、いいよ、私に気を遣わなくて。」
「今僕がやるべきことはスイレンを元気にすることだよ。姫、何なりとご命令を」
アレックスは右腕を前にし、片膝をつき頭を下げる
「ふ、何それ、アレックスも双葉の漫画読んでるのマネのつもり?
アレックスには似合わないわよ。」
「そうかな、似せたつもりなんだけど。似てなかったかな。」
「似てる似てないじゃなくて、似合わないの。そうね、でもせっかくだから、、命令聴いてもらおうかしら、」
「了解!何をすればいい。どこに行く」
「ううん、今日は何もしないし、どこにもいかない。
仕事も、嫌な事も全部忘れて、何もしないでここでボーっとしよ。」
「、、それは、具体的に何をすれば、」
「だから、何もしないの」
スイレンは目の前に立つアレックスの腕を引きそのままベッドに倒れ込む。
「何もしないで、こうしてゴロゴロしてるだけ、、何にも考えなくてただこうしているだけ。」
「それに何の意味が、、」
「意味なんてないよ、もう、アレックスはあれやこれや考え過ぎ、本当に何もしないの」
「そんな時間の無駄で、気分転換になるの?」
「なるわよ、時間の無駄じゃないわよ、アレックスはホント何かしてないとだめなの?
いい、今日はこうしてるだけ、そうね、それでも何かしたいっていうなら、私と話をしよう、いい今日だけは、先生とか双葉さんの話とか駄目だから、昨日の事も、仕事の話とかそういう話はなし、いい。」
「えっと、、それじゃ何の話をすれば。」
「もう、ほんと駄目ね。そうね、それじゃ、、、楽しい話をしましょう。例えば、そうだ、ねぇ、今日私を連れてどこに行くつもりだったの?」
「、、、、」
「まさか何も考えてなかったの?」
「ごめん、行きたい場所あるかなって、首都だと珍しい場所いっぱいあるし、あ、そうだ。確か向こうにガイドブックのデータが入れた僕のデバイスがあるんだ」
「そう、それじゃ、それを見てどこに連れて行くつもりだったか考えてみてよ。」
「そんなことするなら実際にいった方がいいんじゃないかな、」
アレックスはデバイスを持って戻ってくとベッドの天蓋にガイドブックを映し出す
「いいのよ、そんなのつかれるし、そうやって想像するのが楽しいの、何事も準備の方が楽しかったりするものよ、パーティーでもなんでも実際はじまっちゃえば、終わる事を考えて寂しくなっちゃう。」
「あぁ、確かにそれなら分かるや。なるほど、それは楽しそうだね。」
「あれ?なんだ、アレックス、ガイドブック見てるんじゃない、いくつかブックマークがついている。で、今日はどこに連れていくつもりだったの?」
「いや、だから、スイレンが行きたい場所を、だから行きたいだろうなってところ迷わないように見てただけだから、、」
「それでも、一応考えてたわけでしょ、それでいいから言ってみて」
「そうだな、スイレンと行くんなら、、、、、、まずはここかな、水のイリュージョン、こういう派手なの好きだよね。」
そういってアレックスは広場の噴水の動画を再生する。
「ぶー、外れ、ここどう見ても、夜の方がライトアップで綺麗に見えるでしょ」
「そこまで考えるの?それじゃ、正解は?」
「正解とかないの、アレックスならどうするか聞いているの、はい、やり直し。」
「厳しいな、やり直しって、、、それじゃ、、、」
夕方、今日の役割を終え、双葉が部屋に戻ってくるとそこにはアレックスからの「明日の昼」には戻りますと残されたメッセージだった。
アレックスは昼過ぎに、スイレンを連れて、街に出ていた。
話すだけでいいといったスイレンを半ば強引に連れだし、この町を楽しんでいた。
見た事のないもの、知らないものばかり、機能性ではなくデザイン性を重視した服や、ペンダントなどの装飾品。スイレンには馴染みがあってもアレックスは知らないものばかりだ。普段とは違い、興奮する子供のようなアレックスに仕方なしについていくスイレンだったが、次第に二人の観光はアレックス主導から、知識があり、アレックスにつられだんだん気持ちが楽しくなって、いつもの調子を取り戻してきたスイレン主導に変わっていく。
そして街を一通り観光し終え、日が暮れる時間になって、アレックスは帰ろうとするスイレンを強引につれ、突然機能使った飛行機に乗り、自然保護地区に向かった。
そしてアレックスの言う目的地に着いた頃には、日はすっかり沈み、星も月もないこの星での夜、首都や人の営みがある場所では、夜でも光が存在するが、自然保護地区では全く何も見えない、闇だけの世界だ。
自分の手さえ見えない程の暗闇、風の音、虫の声に恐怖は駆り立てられる。
なぜこんな場所に、不安に思うスイレンの手を引き、ハンディライトを片手にアレックスは不安がるスイレンを連れて、どんどん飛行機から離れていく。
「ちょ、ちょっとアレックス、どこに行くの」
「それはついてからのお楽しみ、、大丈夫、ちゃんと調べてきてるから」
「調べてきたっていつよ。」
「スイレンが起きてくる前、実はここにだけは連れてこようって思っていたんだ。」
アレックスに連れられ30分、途中何度か足を止め、アレックスは感知型能力を生かし、音を聞き、調べてきた割にはその場所を探していた。
スイレンは初めこそ足に触れる草の感覚、踏むたびに沈む土の感覚が気持ち悪くて仕方なかったが、普段低重力で生活していることが多く、長時間歩くという事が少ないため、30分も舗装されていない、草むらを歩けば、柔らかいとはいえ、起伏の激しい場所には慣れていない為、次第に足の感覚がなくなっていった。
「さ、こっち、あと少しだよ、たぶん、、、」
そんなスイレンの不安と不満もつゆ知らず、アレックスは若干早足になり、スイレンの手を引っ張っていく。
すると次第に耳慣れない音がし始め、空気が冷たくなり、スイレンの不安はさらに大きくなる
「なに、何の音?」
「川を水が流れる音だよ。この自然環境の中じゃ、降った雨がだんだん集まって川っていう水の通り道を作るんだ。そしてそれがずっと絶え間なく流れている。」
川の源泉が地下水にある事まで知識が至っていないアレックスはそれっぽい説明をする。
「確かに、そういわれれば、昔聞いた音に似てるかも、でも、ずっと水が流れてるなんて贅沢な、、最後はどうなるの。」
「確か、、、池っていう大きな場所に流れ着いて、ごめん、それ以上は分からないや。」
アレックスがライトを川にあてると、確かにそこには水が流れている。
不思議な光景だった。宇宙では水も酸素も貴重な資源だ。デブリ回収の仕事をしているスイレンたちだったが、遠方の衛星に氷を取りに行く人たちも何度も目にしていた。
氷はデブリよりもはるかに高額で取引される貴重なもの、自分たちも普段の生活でそうやすやすと使える物ではない、それがこうしてさも当たり前のように流れている。
考えてみれば、あたり一面に広がっているであろう、草や花、木も水を必要とする。
この自然保護地域はそれがあるのが当たり前なのだ。
川の流れに沿って歩いていくと、次第に足元は岩場の固い感触に変わる。歩き疲れたスイレンにとってこの状況はきつい。
それに水の音ではない何か大きな音が遠くから聞こえてくる。
「ねぇ、アレックス、帰ろう。私疲れた。もう歩けない。」
「あと少しだよ。頑張って、あ、そうだ。」
アレックスは閃き、スイレンの前にかがむ
「何?」
「乗って、」
「はぁ?」
「いいから、そうすれば疲れないでしょ。さ、早く」
スイレンはためらうが、アレックスの押しの強さに負けて、素直に従う
スイレンが乗ったのを確認するとアレックスは急激に立ち上がる
「きゃっ」
「ご、ごめん。力入れた方がいいって思ったんだけど、スイレン軽くて。乗り心地は?」
「お、落とさないでしょ。」
アレックスの歩くスピードは速く、普段の視線より高く、足が浮いて不安定な姿勢の為、必死にアレックスにしがみつく
「大丈夫だよ、そんなに怖がらなくても、でもスイレンって、こんなに軽くて柔らかかったんだ。それにいい匂いもする。」
「安心するでしょ?私は人のストレスを軽減するためにつくられてる。
私は、そういうふうにつくられているもの。」
「、、、、」
その言葉にアレックスは歩く速度を落とし、返す言葉を探す。
「ねぇ、私たちって何のために生きているのかな。
グロリアさんが私たちのデバイスに情報を開放してくれているでしょ、」
「あれを、見たの、、、」
「うん、昨日の夜、双葉さんが出て行った後に、やっぱり眠れなくてそれで、
私たちはグロリアさんよりも長生きだけど、子孫を残すようにはできていない。
マザーポッドがなければ命を繋ぐ事も出来ない。
そのマザーポッドもあと百年位で限界を迎えて、私たちみたいな人間は作れなくなってしまう。
今まで考える事なんてなかったけど、知ってしまうとね。
私たちは役割を与えられ、それを全うして幸せだって感じる。
死んだあとだとか、なんでだとか考える事がなかったけど、それは考えてみれば、作業用のロボットと同じ、誰かの為の何かの為に作られて役割を終えればそれで終わる。
家族や、子供も、コミュニティーもない私たちは何も残せない。
どうしてあたしたち生きているのかな」
アレックスも同様の内容の文章には簡単に目を通した。
グロリアはわざわざ、膨大な資料の中から
Dear Friend /Dear Princessと二人あてに特定の記載にチェックをつけていた。
そこに記述されていたのは
通常の人間とアレックス達との違い。
本来の人間がどういうものなのか
そして同時にアレックス達を生み出すシステムも、この世界を維持し、管理するシステムも、間もなく限界を迎える事が記載されていた。
それは遥か昔から分かっていた事だ。そしてそれを解決する術はない。
だから、グロリアたちは極力文明を排した環境で所で暮らし、今ある物がなくなっても生きていけるレベルまで文明を衰退させて暮らしている。
この惑星の裏側には本当の人間たちがかつての生活水準で平和に安全に暮らしている。
アレックスも、スイレンも、先生もみんな結局彼らの、世界を維持するためだけの存在。
普段食べている食事には感情を抑制する様につくられている事も、
人のつながりよりも社会を重視するのも、
不適合者を出すことで、そうならない事だけに目を向けさせることも、
全ては彼らの今を維持し、今ある物が失われた未来でも、
彼らが生きていけるための世界を未来のためのものだと知った。
スイレンは今まで今日がよければいいと思っていた。
今日一日生きることが出来て、何の不安もなく、明日を迎えられればそれでいいと思っていた。
だってそれ以外の世界を知らない、それが当たり前で絶対的だった。
疑問を持つことなんてなかった。
でも、双葉に出会って、過去の世界に憧れた。
グロリアに出会って、本当の人間がどういうものかを知った。
自分もそうなりたいと思った所で自分はそうはなれない。
スイレンは自分が目の前にいる動物の親の死体を口にしたショックもあったが、
それはかつての世界では当たり前だと、自分は殺してはいないと、そう繰り返し、
自分の中での処理できない恐ろしい感情を隅に追いやろうとした。
でも、グロリアのデータを見て、グロリアが命の成り立ちは自分たちより、自分が口にした牛に近いと聞いて、スイレンの中で資料にある、当たり前の人の一生の画像と重ねてしまった。
資料にある画像は、愛され、望まれ命が生まれ、
大切に育てられ、
大切な家族を亡くし、
大切な人と出会い、
新しい命が生まれ、
老いて、大切な家族にみとられて死んでいく
生きている人は、故人を忍び、涙を流す。
思い思われ、死んでもなお、その思いは心の中で生き続ける。
スイレンは、あの牛の親は、自分の子供を育て、最後まで心配していたのではないかと考えてしまった、あの時子牛が自分を見たのは両親を殺され食べられ恨んでいたのではないかと考えてしまった。
私たちには両親はいないそれが当たり前だ。
でもあの子牛にはそれがいた。
両親の愛情なんていうものは知識でしか知らない。
でも、あの牛たちにそういう感情を当たり前に持っていると考えると、、、
あの親は子供を愛し、子供を産み、命をつなぐことが出来る
なのに自分たちは、、、
そんな自分たちの為に、あの子の親は死んだ。
それがスイレンの心の傷だ。
「僕は、あんまりそういう事、考えなくていいんじゃないかって思うんだ
今まで当たり前だったことが当たり前でいいんじゃないかな。
命を繋ぐ事、自分が死んだずっと後の未来を考える事がそんなに大事かな、
僕はこれから生まれてくる、グロリアさんの子供の子供の子供のずっと先の命の心配よりも、そんな事を考えて悲しい気持ちになっているスイレンの事が心配だよ。
それにさ、たぶんグロリアさんはそんな事を考えてないと思うな。
あの人、言動の端々から分かると思うけど、自分が嫌いなんだと思う。
そして同じくらい、今の世界が嫌いなんだと思う。
だからグロリアさんは僕たちに何も隠すつもりもないし、僕たちに真実を突きつけて、それで押さえるける事はしないし、何より少しもそんな哀れな命だと僕たちの事を見下すこともしていなかったと思うよ。
それはきっとグロリアさんが僕たちを自分と同じように僕たちを受け入れ、いや違うな、たぶん期待していると思う。
グロリアさんも与えられた役割をこなすだけの生き方を変えたいと思っている。
でも自分にはそれが出来ないからそれを僕たちに託した。
そういう風なんじゃないかなって思う。
グロリアさん、双葉を知った時、初めて心の底から感情が出てきたと思う。
それは彼が双葉に可能性を見出したから、その可能性はこの世界を変える何かっていう漠然としたものさ、だから、こういう特権をいとも簡単に僕たちに与えてくれた。
それにさ、双葉も人間じゃない、それも誰かの代わりになるためだけにつくられた。でも僕は彼女のオリジナルを知らないし、双葉は双葉だよ。
命って次につなげるだけがすべてじゃないと思うよ。
こんな僕でもスイレンに出会えてよかったと思うし、スイレンのおかげで変われたと思う。
今だってスイレンがいないとこういうことしようなんて思わなかったし、
それにさ、スイレンが悲しいと僕も悲しいし、もしスイレンが死んでしまったら、僕はすごくつらいな。きっと今のスイレンと比べ物にならないくらい、自分はダメになってしまう気がするんだ。
まぁ、そうだね。まだまだ色々言いたいことはあるけれど、それはまた今度ね。
ねぇ、スイレンそろそろ目的の場所につくんだけれど、僕がいいっていうまで目を瞑っていてくれる?」
スイレンは言われるがままに目をつぶる。