鋼の心の希望の光
港で双葉と出会い、双葉と暮らすことになって2週間が過ぎた。
初めこそ、地球から来たという双葉の話は、先生としては「ありえない、不可能だ、論理的じゃない」事で、
否定の目で彼女を見ていたが、彼女の体と知識には、その否定の論理的考えに基づく結論を完全になきものにするだけの秘密があり、鉄壁の猜疑心の塊の先生の疑いが消えてしまえば、彼女がここに馴染むのにはそれほどの時間はかからなかった。
「アレックスさん、艦内の掃除終わりました。次は何をします。」
港で出会った頃とは違い。彼女の表情は明るい
「ありがとう、でもそんなにあわてなくてもいいよ、少し休んでおいで」
「そんな、アレックスさんの方が働き詰です。」
「俺は体がこういう風に出来てるから気にしなくていいよ」
「それを言うなら、私の方が丈夫に出来ています。」
「機械の体であっても、君の体はボロボロだ。先生の見立てじゃ、元々の昨日10%も機能していないっていうじゃないか。
今の僕たちの技術じゃ、君の体をメンテナンスしてあげられない。
それに君の言う永久機関だって、本来の性能を出す事はできない。
力を使えば使うほど、そのエネルギーは枯渇し君は死に近づいていく。」
「そんな、心配のしすぎですよ.
確かに本来の機能はほとんど使うことが出来ませんけど、
日常生活には支障ありませんし、残されたエネルギーだって、こんな日常生活くらいじゃあと1000年なんて余裕で持ちますから、
今まで最低でも1万年以上、防御機能も作動せずに、あの環境にいたみたいですし、それに比べればこれくらいの負荷ないも同じですよ。」
「丈夫に生んでくれた、親に感謝しなくちゃな」
「はい、お父さんは私の自慢です。で、次のお仕事は?」
「ふぅ、何度も言うけど、僕は君に役に立ってほしいから、一緒に行こうといったわけじゃない。君の宇宙船を修理するにも、地球に行くにもまだまだ長い道のりさ、仕事はいいから、ゆっくりしておいで、気分転換も必要さ。地球へ帰るんだろ、」
「はい、約束ですから、でも、本当に、まだまだ全然元気ですから」
「だったら、僕の研究の手伝いでもしてくれよ。」
先生が寝癖をつけたまま目をこすりながら、操舵室に入ってくる。
「あ、おはようございます。先生」
「また夜更かしか、もう昼だぞ。」
「この宇宙で夜も昼もあるか、」
「夜更かししても、結局起きるのが遅いなら意味ないだろ。
あんまり魂詰めると作業効率が悪くなるぞ。」
「君と一緒にしないでくれ、僕のような天才には波があるのさ、あ、右」
「分かってるよ、、っと」
アレックスは船を左に微妙に動かし、飛んできたデブリを回避し、
船体18か所につけられた回収アームで見事に捕獲する。
「さすがです。」
「まぁ、これくらいは見てなくても問題ないさ、」
「腐っても感知型だけの事はあるな。
それより、、双葉、昨日の続きだが、君の言う時流停止物質の再結合の方法だけど、、、」
「あー、ストップ、先生が起きてきたんなら話は別な、みんなで朝ご飯食べようか。」
アレックスは、デブリの少ない宙域に舵を切り、自動操縦の設定をする
「そうですね。」
「なんだ、待っていたのか?」
「当たり前だ、スイレンもな、また怒られぞ、起きるのが遅いって。」
「気にせず、食べてればいいだろ。」
「何度も言わせんな、みんなで一緒に食べるから、あんなものでもおいしいんだ。」
「あんなものとは、失礼な言い方ね。」
船内のセンサーで先生が起きてきた事に気づき、スイレンが呼びに来る。
「スイレンの料理の腕前を貶してるわけじゃないさ、スイレンの料理じゃないと、僕たちの所に流れてくるような食料なんてまともに楽しんで食べる事すらできやしないよ。
いつもありがとう」
「べ、別にあんたのためにつくってるわけじゃないんだから、」
「馬鹿じゃないのか?だったら起こせばいいだろ」
「そうやって起こしていたら、いつまでたっても今の生活が治らないだろ、それに、双葉の為に頑張っているのは分かっているんだ。その努力無下に出来ないだろ。」
「そうかな、私にはそれより、先生の好奇心の方がかってると思うけどな、
最初はあんなに非常識だ、ありえない、論理的じゃないとか言ってたくせに、実際目の前で見せられたら、一発だもの」
「うるさい!双葉の知識は今の僕たちからじゃ想像もできないレベルなんだ、それだけの事、この星の知識で判断するなら適正な判断だ。それに双葉の知識は、ぼくじゃなきゃ理解することも出来はしない。」
「私も、先生さんがいてくれて助かります。私だけじゃ、レコードの知識を見る事は出来ても、今のこの星の技術で利用できるようにはできません。」
「君の話を全部信じたわけじゃないし、あの遺跡の宇宙船が直った所で地球に帰れるわけじゃない、ただ、君の知識を分けてもらう以上、あの宇宙船は必ず治してやる。
それも誰もできない程、最速でな。」
「そのためにも、お金稼がないとね、頑張ってよ。アレックス」
「ふふ」
アレックスの肩を叩くスイレンを見て双葉が笑う。
「あ、すみません。2人を見ていたら夫婦みたいだなって?」
「夫婦?ってなに、先生」
「いや、それは僕も知らない」
今ある世界には、結婚という概念はない。
すべて個の単位で管理され、「個人」と「社会」との管理が重視されるこの世界で、結婚というものはなく、必要に応じて必要数だけ、人間は作られる。
故に、旧来の方法で命が生まれることがなければ、契約による人間関係の保証も必要ない。
食事をしながら双葉から、3人は結婚や恋愛、旧来の男女の違いに関して説明を受ける。
これもまた、彼らの知らない知識。
知らないという事に関しては技術の知識と変わりがないが、難しい話の分からない年長者二人は、こういう事にしか興味が持てない。
男女の違いなど意識したことがなく、小型で環境変化に強く、容姿型に女性が多く、
大型で危険に対しての恐怖心が少なく、戦闘型に男性が多い程度の認識だ。
初めて知る性別の違い
「それじゃ、私と、アレックスや先生となら、結婚は可能で、アレックスと先生はできないっていう事?」
「うーん、それはどうでしょう、地域によっては許可されているところはありますし、
でも、子供が出来たりしないという事はありますから、」
「、、、、なんで?」
3人とも子供は、必要に応じてマザーポッドから製造されるものだと思っている。
双葉はその事に関して、彼らの特化型の説明を受ける際に、
平均寿命が300年ある事や、老化が途中でしか起きない事や、
命の生まれ方については知っていたため、その反応の意味は理解できた。
「それは、、、、えっと、また今度にしましょうか。ちょっとそこら辺はおいおいスイレンさんにお貸ししてます私のレコードの中のドラマや漫画とか見てれば何となく、、、感覚で察してください。」
双葉は今、この3人との生活に馴染んでいる。
七海双葉、人類が宇宙に進出し、太陽系から銀河系へ、そして外宇宙へ、人の技術と英知が最高の時代に産み出された最高傑作。
彼女は後にも先に唯一、心持った機械にして、永久機関を備え、自己修復機能を持つ永遠を初めて手にした、あらゆるものを超越できる存在だ。
彼女が生み出された目的、それは世界一優秀な戦闘兵器でも、
人の上位存在としてでもない。
ただ一人の女の子、七海一葉の代わりだ。
世界最高の頭脳を持ちながら、人間嫌いで表舞台に出ることの少なかった、七海博士。
その頭脳はすぐれ、数々の理論により人の発展に貢献した。
しかし、その天才ぶりに比例するかのように、極度に他者を見下し、協調する気のない変わり者としての一面も大きく、やがて、人間に協力することをやめ、たった一人の世界にこもるようになっていた。
酔狂な事にそんな彼の事を好きだという女性がいた。
最初は彼の才能を目的として彼に近づいたよくあるスパイか何かだと思い邪険にした七海博士だったが、
どんなに邪険にされても明るく、どんなに嫌がられても笑顔で世話を焼き、
子供の様に感情的で、どんな事にでもすぐに感情移入し泣いてしまう。
博愛に満ち、慈愛にあふれ、人を愛し、とにかく世話焼きな彼女
七海博士とは全く違う価値観で生きている女性だ。
でもそれでも分かり合う事は出来る、認め合う事は出来る
次第にそんな彼女の持つ魅力にひかれ、七海博士は、彼女の事を愛していった。
そして二人の間には大切な命が生まれた、それが七海一葉。
七海一葉が生まれて間もなく、彼女は死んだ。
七海博士に私たちの子供を頼みますと最後までそれだけを願い死んでいった。
天才的な頭脳を持つ七海博士であったが、その才が医療分野に生かされることはなく、
彼女を救うことが出来なかった。
そして一生をかけて、大切に育てると約束した愛娘もまた、
彼女と同じ病で失う事となった。
失意の中、彼が執念で生み出したのが、永遠に生き続ける、
完全無欠の体、そして、心を持った不完全な存在。
そういう矛盾を持った機械仕掛けの命、それが七海双葉だ。
しかし、それは彼の望む、娘そのものではなかった。
それから、彼女は一生懸命、創造主である彼に答えようとした。
だが、彼の期待に応えることが出来なかった。
その中で彼女は苦悩し、悩み、自分の存在する理由を考えた。
そんな一生懸命な彼女を見て回りの人間が、機械の彼女の心を感じ取り、彼女を一人の人間としてみるようになった。
そして彼女が抱える苦悩を知り、七海博士もまた、変わり始めた。代わりではない双葉を愛し、受け入れた。
彼女という存在が、認められ、平和で退屈で、当たり前の日常を過ごしていく中、
彼女の存在を知った統一国家が、俗世を離れ、過去のものとなったはずの七海博士の産み出した無限にも近い出力を秘めた永久機関、そして人間そのものであるかのような高性能な判断能力を持った双葉に目を付けた。
外宇宙までに広がった人類が遭遇した初めての銀河規模での危機。
それは自分たちでブラックホールを利用し、超巨大の縮退機関を生成しようとし、失敗。
加速度的に膨らみ続けるブラックホール、人の生きる宇宙は崩壊の危機にさらされていた。
それでも地球に被害が出始めるのは数万年先の話、関係のない出来事だ。
だが、すでに地球から拠点を移している統一国家の上位住民たちにとってはその危機ははるか先の話ではなく、
何より彼らのメンツにかけて自らの行いで栄光に泥を塗る事が許されなかった。
だから、彼女の大切な人たちを盾に取り脅した。
それでも彼女の周りの人間はそれに屈する事はなかったし、彼女自身、力を使えば特使を退けることもできた。
でも、彼女は今生きる命の先の世代の為に、手の付けられなくなる規模になる前に、彼女は事象を止めるために地球を離れることを選択した。
高校の卒業式を2週間後に控えた雨の日、
彼女は必ず帰ると約束し、彼女は地球を飛び立った。
そして通常以上の速度で拡大を続けるブラックホールを異次元の彼方に封じる事には成功した。だが、そこで彼女の意識は途絶えた。
次に、彼女が目覚めた時、この惑星の誰一人たちいる事をしなかった荒野に墜落した宇宙船の中で目覚めた。
動く事のない、壊れたの宇宙船に自分一人。
そして自分の中の時計は1万2575年1か月12日14時間18分の地球時間の経過を刻んだところで壊れ止まっていた。
あれからどれだけ、あそこからどこまで、遠くに来てしまったのかさえ分からない。
それでも彼女には約束がある。
約束を守るために彼女は星さえ見えないこの宇宙から地球を目指す。
「いいかい、この2週間で、彼女の宇宙船の構造は把握したし、粗方の調査も終了。
必要な理屈も実証なしだが、データとしては把握した。
そこから導き出した僕の結論は、宇宙船の修復は可能だ。
時流停止物質で大抵のものが構成されているし、基幹システムの亜空間無量子通信機構も使用可能だ。
時流停止物質でない箇所もあるけど、基幹部分は経年劣化や破損しているというより、外れてどこかにいってしまった、もしくはナノマシンの異常修復による変形と言った方がいい。まぁ、多少の修正は必要だけど問題はない。
システムに関しては、双葉の中にあるバックアップからできる限り修復して、後は僕の仕様に適応するように僕が組めばいいから時間をかければ可能だ。
それに幸い双葉がいてくれる、双葉を介してなら、破損がひどいけど、既存システムのコントロールは可能だ。あとは細かな箇所の修復のため、調査。それと本格的な修復の為に資材集めと、それを加工するための場所と技術者だ。」
「素材集めに関しては問題ないんだろ」
「あぁ、それほど問題じゃない。かなり量は必要だが、今の世界じゃ大した価値のないものばかりだ。僕たちでも不可能じゃない。
まぁ、中には稀少過ぎて僕たちじゃ手に入らないものや、そもそもこの世界に存在しないものも存在する。それは別パーツで補うか、宇宙船の落下場所の周辺を調査すれば見つかる可能性もある。
ただ、資材を加工するにはそれなりの工場がいるし、僕たちが、利用できるような不適合者御用達の工場では、技術のレベルが足りないし、何より設備の精度が悪すぎる。そして外装はかなりの量こちらで作る必要があるけど、純粋に小規模じゃなくてそれなりの製造工場じゃないとあの宇宙船に必要な大型部品は製造できない。」
「組み立ても俺たちだけじゃな。」
「私頑張ります。」
「双葉一人頑張ってどうにかできる問題じゃないよ。ある程度の作業用ロボットも確保しないと難しい。これらは僕たちではどうしようもない。
そこでだ。僕は双葉の知識の利用、拡散と希望する。」
「つまりは、彼女のロステクを広めるってことか?」
「あぁ、もちろん彼女が協力してくれればだが、」
双葉は、3人の視線を受け一考し、形式上の食事の手を止め、口を開く。
「、、、私は、構いません。私は私の目的を達成するためなら協力を惜しむつもりはありません。ですが、その事による懸念事項もあります。」
「懸念事項?」
「あぁ、当然考えられる技術の悪用さ。今までこの世界は現状を保つことで、維持されてきた。でも、彼女の技術は失われた技術の復興とは言え、それは革新技術の誕生に等しい大きな変化だ。当然規制の対象だし、何より、多くの人間はこの技術がもたらす急速な変化についていけない。
手に入れたのではなく、与えられた力では、力におぼれ、暴走させるに決まっている」
「、、、、、、」
「だから、取引するにしても相手は考えないといけないっていう事ね。」
「そこでだ、取引相手として一番現実的かつ可能性が高いと考えられるのが、僕たちをはじめ、不適合者の取締役であり権力を持ち、変化を恐れず、倫理も関係ないギルト長連盟。」
「ギルト長相手なら、、少し骨が折れるな。」
直接会言ったことのあるアレックスが、あからさまに嫌そうな顔をする。
「だが、私見としては、それは論外だと思う。彼らは僕たちとは違い、今の社会に不満を持っている。それに彼らは社会全体なんかどうでもいい自分たちが何より優先だ。
そんな彼らに技術を渡せば、今までどうする事も出来なかった不満を解消するための力を手に入れたんだ、当然『国』やそれを運営する政府との間に争いが起こる。
それに何より、今まで以上に僕たちは力でねじ伏せられ、利用されてしまう可能性が高い。
だから僕は、僕たちを不適合者とだとした『国』に取引を持ちかけるつもりだ。
彼らなら、資金は豊富だし、その技術の拡散を防ぎつつ、うまく使いこなすことが出来る。」
「ダメよ!そんな事、できるわけないじゃない」
スイレンは強い感情をこめて否定する。
元々の仕事で彼女がメンタルケアを行っていたゲストの中には政府の中枢に近しいものもいた。
そしてその政府の人間が、彼女を同じ人とも思わず、彼女の誇りを汚し、
彼女を傷つけ、その誇りを怪我した。
そして事実を捻じ曲げ、必死に事実を語る彼女を黙らせ、不適合者の烙印を躊躇いなく押た。彼女の要求を一切聞き入れず、傲慢で、不遜な男の言葉を全面的に肯定し、彼女を社会から切り捨てた。
アレックス達とは違い、政府という目に見えぬシステムではなく、スイレンにとって政府と国は人格を持った人間なのだ。
憎悪で張れば先生も同じだが、スイレンと先生とでは、憎悪の対象が違うのだ。
「でも、やるんだよ。それが彼女の宇宙船を修復するための一番の近道だ。」
アレックスは、一考し、水を飲み干し、舌がよく回るように潤すと、真剣な面持ちで先生に尋ねる
「一つだけ、確認する。今回先生が政府に取引を持ちかけるのは本当にそれだけの目的で?」
「何が言いたい」
「先生の言う事には賛成だ。確かに大変だが、可能性がない訳じゃない。
この惑星に政府が出来てかなりの月日が流れ、それなりにこの惑星は発展してきている。でも同時に、周りの資源衛星は取りつくされ枯渇しつつある。
遠方に取りにいこうにも僕たち不適合者たちでは生きてたどり着ける場所はたかが知れているし、何よりそこまで行って戻れるだけの技術がない。
こんな死のリスクが高まる状況ではやがて行き詰まる。
それを避けるためにも新しい力が必要な事は変わりない。
この惑星はずっと変わらなかったわけじゃない。
維持するために緩やかに拡散し、管理されていただけだ。
そしてそれをこれからも続けるためには、双葉の知識を求める可能性は高い。
でも、先生が政府への取引を持ちかける理由がもし、自分を不適合者とした政府への復讐や、名誉のためなら、俺は反対する。
先生が政府を出し抜く事で、認めさせる事で復讐を果たせるが、
逆に双葉は政府に力を与える事で、傷つくことになる。」
「アレックス、、」
スイレンは自分の理解者がいてくれる事に素直に感動を覚える
「俺がそんな小さな人間だと」
「思っている。小さい大きいの話じゃない、先生は自分の力を示したいという向上心と名誉欲の塊のような人だ。それが悪い事だとは思っていないけど、先生にそういう気持ちがあるなら、スイレンを傷つけるだけじゃなく双葉を先生の復讐の道具として利用することになる。俺たちは仲間だ、仲間を利用するようなことは気に入らない。」
「ぼくは、、、、、」
先生は言葉を濁す。その通りだ。
彼は自分を不適合者だとして笑った自分よりもはるかに向上心も知識も低い頭脳特化型の奴らに復讐したいのだ、認めさせたいのだ。
そして政府の中心に入り、立派な研究室を与えられ、いつか彼女の知識ではなく、
自分の考え出したもので今よりいい暮らしをしたいと望んでいる。
「いいですよ、私、それでも、私はかまいません。私はどんな事をしてでも地球に戻りたいんです。その為に皆さんを利用しているのは私も変わりません。
その為には私はどんな事だってする。
もちろん実際にそうする事はありませんけど、もし皆さんの命を犠牲にすることで地球に戻れるのなら私は皆さんを犠牲にしてでも地球に帰る事を選べるだけの覚悟をしたいと思っています。
もし、先生さんの心の中にそういう気持ちがあっても私は構いません。
私はそんな先生さんに頼るしかないですし、それでも私の希望は先生さんなのです。」
さも当たり前のように、双葉はそういった。すべてが本当の事で、それが彼女の覚悟なのだ、だからアレックスは自分の言葉をひっこめる。
「、、、分かったよ。俺の言い方が悪かった。政府との交渉をしよう。
確かに、その通りだ。
それが一番効率がいいだろう。
了解した、交渉はみんなで行う。でも、双葉と宇宙船の事は秘密に。もし双葉の事が政府に知れれば、ギルト長と変わらない。政府の中枢組織の特権を強化するために利用されるだけだ。いいか、交渉は慎重に、そして渡す技術は最小限にいいな。」
アレックスはスイレンの顔を確認する、スイレンとしては気持ちのいいことではないが、
それでも、自分の痛みを分かってくれているという事が彼女の政府に対する拒絶を弱め、
彼女はアレックスの目を見つめながら強く頷いた。
「了解した、、、、、、双葉。」
「なんでしょう先生さん」
「、、、、その、、、ごめん、なさい。」
先生は小さな声で、早口で謝る。先生は原則自分の間違いを認める事はないというより、間違えたと思っている事はないし、いつだって素直じゃない。
「謝る必要なんてないですよ。誰かに認められたいって当たり前の事じゃないですか、私だってそうです。
私が地球を離れた理由だって、みんなを守ってもっと皆から頼りにされたい、
認められたいって思ったからです。
誰だって当たり前です。誰かに認められたいんです。
そしてその気持ちは、私はどんな欲望よりも純粋で、綺麗なものだって思います。
他人とつながる事で満たされるそういう素敵なものです。」
「、、、君は変わっているな。」
「そうですか?これでも私、よく普通の人間みたいだって言われるんですよ」
「それじゃ、どうする早速動くか?」
「まだだ、話は終わっていない。
もし、交渉がうまくいったとして、順調にいけば宇宙船の修復は1年と少しで終わると思っている、そして同時並行でシステムの修復と改修。食料品の確保と住環境の整備。
それらが出来て稼働テストを含め、そこまでで2年。」
「2年か、、、」
「あの状態から2年でも奇跡的です、あの宇宙伝はそもそもつくるのにあの時の地球の技術を使って18年かかっています。」
「でも、本格的な航行を行うに当たり、大きな壁が2点。
まずは動力炉だ。残念ながら動力炉自体は半修復不可能で、今ある政府を利用して、彼女の知識を利用したところで、再製造は不可能だ。
幸い補助動力炉の内7基は生きている。
メイン動力炉を排除し、こちらで作った動力炉を補う。
それで動かすことはできるけど、本来の光速航行速度は出ない。
そしてそれでは、この船が本来持つ売りの超長距離ワープ航法を使用するに当たっては絶対的に動力が足りない。」
「それは先生さんの頭脳をもってしてもどうしようもない事なんですね」
「現段階では確定的なことは言えないけど、もし、使える可能性があるとすれば、
君の永久機関を利用するしかない。元々あの宇宙船は君が一人でも運用できるように作られている。君の動力を使う事で、宇宙船は本来以上の性能を出すことが出来る。
でもそれはかつての君ならの話だ。今の、君の体は自身の永久機関がどれだけのワープに耐えられるか。それは全くの未知数だ。」
「でも、そうすればできなくはないんですね。」
「それには君自身の体ももう少し検査しないといけないけど、結果がどうあれ、今の君の体。可能であっても、それは命を削る事になるぞ」
「覚悟の上です。それで地球に帰れるなら、問題なしです。」
「まぁ、まだ待ってくれ、そしてもう一つの問題点、、それが地球の場所だ。
超長距離ワープを行うにしても地球の位置が分からない以上、そもそもワープは無意味だ。
この広い宇宙で、むやみな方向にワープしたとしてもそれでたどり着ける可能性は0だ、右や左の話じゃない、この宇宙は円でもなければ完全な3次元空間でもない。
方向がその方向だとしてもたどり着けるものじゃない。
この僕たちの暮らす宇宙は、恒星は一つしかなく、それ以外の星は観測できない。
つまり光が届かない程隔絶した場所にある。
この状況じゃ、今いる場所を特定する事は出来ない。
そしてそれはおそらく、双葉やあの宇宙船の技術を使っても不可能だ。
だから正直、今より格段の速度で航行出来るあの宇宙船が完成しても、何処にあるのかわからない地球にたどり着ける確証はない。」
アレックスは食べ終わったみんなの食器を、集め、キッチンで水の節約の為、汚れをふき取りながら一考する。
「まぁ、それは、そうなった時に考えればいいじゃないか?」
「な、何を」
「超長距離ワープを使えば双葉は死ぬかもしれない、そんな状況じゃ論外だ。
実際、俺は地球にたどり着く必要はないと思っている。」
「そ、そんな」
「あぁ、違うよ、双葉。
そういう意味じゃない。地球じゃなくても、星の光が届く場所にさえ出ることが出来れば、星の位置も分かるんじゃないのかなって、数千年前までは交流があったんだ。
あの宇宙船なんかなくても、何らかの方法で行ける距離に俺たち以外の人間が生きているってことだろ。
たかだか数千年くらいじゃいくら宇宙が膨張したとしても、それほどの距離じゃない。
きっと何とかなる。
何とかするためにもまずはワープなんか使わずにこの宇宙を出る事だろ」
「、、、、、、、、」
「あれ、なんか違った?」
「ワープを使わないと出られる訳ないだろ、光が届かないんだぞ。
まぁだが、確かに、、、彼女の永久機関が必要になるのは超長距離ワープの際だ。
通常のワープなら、時間をおけば可能だ。それに言われてみれば昔は交流があったんだ。政府とのパイプが出来ればもしかしたら過去のデータを盗めるかもしれない。
そうすれば、他の文明のことや、なぜこの惑星が交流を断絶したのかも知ることが出来るかもしれない。という事は、、」
先生はだんだんと興奮しだした。無理だと思っていたことに可能性が出てきた。
立ち上り、指を動かし、一人で言葉をつぶやきながら思考をめぐらせる。
不可能だと思われていた事が可能になるだけじゃなく、この世界の当たり前を変えるかもしれない真実にたどり着けるかもしれない。
真実の探求、それこそが彼が持つ原動力であり、彼を不適合者足らしめた根源。
そしてそうまでしても抑える事の出来ない欲望。
「とりあえず、地球に行くために、みんなで力を合わせて」
「あぁ、もちろんだ。僕がいるんだ、誰にもできなくても僕ならできる。」
「私も何すればいいか分かんないけど、頑張る。」
「みなさん、ありがとうございます。私たち、皆さんに出会えて、、」
「双葉、感謝するのは地球についてからだ。」
「はい、ありがとうございます。、、、あ、いちゃった」
「いいんじゃないの、私、感謝されて困ったことないし」