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港にて

「誰か」の代わりにつくられた「私」の心は誰のもの?

「私」の心が私のものになって、

「代わりの私」が私になって、

私の大切な「人」「想い出」「場所」「物」がどんどん増えていった。

年は取らなくても、体は変わらなくても、普通じゃなくても

私の居場所が出来て、みんなと一緒に私は成長している。

「私」が私になっていく。

心がないのかもしれない、それでも私は自分の中にあるこれを「心」と思う。

心が痛い、悲しいも、とても嫌なものだけど、それでもいらないものなんかじゃない。

そんな私の心をくれた大切な人たちを守れるのなら、私はなんだってできる。

どこにだって行ける。

どれだけ遠い場所行くことになっても、

どれだけ長い旅になったとしても、

それが私にできる事なら、私は、、、、

「約束します。私は必ず戻ってきます。だから私に行かせてください。」

その約束の日から1万2575年1か月12日14時間18分44秒。

私の中の時計が壊れたその時から、どれだけの月日が流れたでしょう。

私が目を覚まして3か月と12日。私は、まだ約束を守れていません。



1章 ここより彼方へ、彼方よりここへ

空に星など輝かない。

闇と一つの恒星、唯一の惑星それだけの世界。

この惑星から見える星はなく、宙にはただ闇と無機物が漂う。

銀河の隅どころかどこの銀河にも属さず、ただそれだけが存在する宙域。

本来、星などありはしない。そう密度の低い場所の星がある事は、不自然、奇跡ともいえるが、それはやがて近しい未来に死にゆく運命である。

かつての人がこの光景を目にしたなら、ただただ夜の闇に恐怖し、標なき空に死を感じた事だろう。

惑星1つと恒星1つと闇、それだけで構成された世界。

そんな隔絶されたその惑星でも、人は生きていく。

この惑星の人々は星の海を知らない。

この惑星で生まれ、この惑星で死んでいく。

他の星との国交が途絶え、数千年。

すでにここに暮らす人々に銀河を渡る術はなく、

惑星の外に未知というものへの好奇心を持つことも、

新たな可能性の希望を持つなどという発想もない。

あらゆる人間が制限と、抑制を行い、かつての人間が憧れた無限の可能性、人の理想を捨てる事で、生活を維持していた。

未知なるものに憧れず、ただ生きていけることに感謝をする。

効率と命の価値を重視した結果、この星で争いが途絶えて数千年。

この世界は効率的で、不平等で、差別的だが、絶望的ではない。

今日もこの星は可もなく不可もなく、日常が続いていく。

かつてこの星が他とつながっていた時なら、名前は必要だったのだろうが、すでにこの世界の人間にとって唯一の場所に名前などいらない。

そして同時に、この惑星唯一の宇宙につながる港もまた名前などない。

唯一の宇宙港、人々はここから暗闇の宇宙に採掘へと向かう。

闇の中にある漂流物から、金属を、水を、希土類を採取し、少しずつ、この惑星をかつて人が暮らした地球に似せて作り変えてきた。

闇に漂う資源を、この惑星の場所がこの何もない宇宙で見失わない範囲で探し持ち帰る。

かつての近海漁業にも近いそれに似たものをするだけの船しかないこの港の片隅に2か月前からその子は座っていた。

『地球』と書かれたプラカードを持った、見なれない服装の女の子。

この港で職を探す不適合者は少なくない。

そういう良くある光景に、その珍しい格好と耳馴染みのない言葉のプラカードの言葉は無関心をもって埋もれていった。

彼女が、ここが唯一の宇宙につながる場所だと知って2か月。

彼女の生きた時間に比べれば、それは一瞬の事だが、永い眠りから覚め、絶望の状況では、

彼女の心が耐えるにはあまりに長すぎる時だった。

逃げ出したい、投げ出したい、何も考えたくない。だが彼女を支える望郷の一念のみが、未だに、この無意味な作業をやめることを拒絶させていた。

そんな彼女の様子を遠巻きに目にした、1週間ぶりにこの港に戻ってきた3人組が彼女の運命を変えた。

「なぁ、先生。あの子、ずっとあそこでああしているよな、地球ってどういう意味なんだ?」

「これだから感知特化型は教養に浅くて困る。」

「で、どういう意味なんだ?」

「地球というのは今からはるか昔、人間が宇宙に出る前、暮らしていた惑星の名前だ。

今じゃ、その場所もどういうものだったかも、良くわかっていない。残されている記録も少ないし、実際にあったかどうかも分からないさ」

「流石頭脳特化型は博識だねぇ」

「でも、そういう役に立たない知識ばっかり、ため込むから不適合者の烙印を押されたわけね。」

「余計なお世話だ。感情むき出しで、ゲストを殴って不適合者扱いされた容姿特化の真正の不適合者に言われる筋合いはない。周りが僕についていけなかっただけだ。

君たち二人は、最低限の性能を発揮できずに不適合者になったが、僕は違う、僕は優秀すぎる故に、この社会が僕に適応できなかっただけだ。」

「はいはい、分かったわよ」

「いいか、僕は、、、」

演説を始めようとする、先生と呼ばれる身長150cm程度の声も容姿も、言動以外には幼さが強調される少年は、彼を適当にあしらった女性に、小馬鹿にされるように口を塞がれ、なだめられる。

「それじゃ、あの子は地球に行きたいのか?」

「っ邪魔だ、僕が話しているんだ、邪魔するな、、、そんなわけないだろ、そんな馬鹿いるわけない。行けないことくらい、馬鹿でも分かる事さ」

先生は女性の手をどけ、嫌ながりながら、両手で彼女をつけ離す。

「なるほど、それじゃ、どういう意味だろう」

「あ、おい、アレックス、また余計な」

「お節介と、好奇心はアレックスの特権だよ。いいじゃない、私たちはそういう事が許される社会不適合者なんだから、縛る者もなし、望まれるものもなし。

自由だけが私たちに残された唯一にして不適合者だけが持つ権利よ」

「だから僕は、、、」

「私たちが先生を頼りにしているように、アレックスもあぁして誰かに頼りにされたいのよ。社会から必要じゃないって言われても、ああして困っている人がいて助けられるのならそうしてあげればいいじゃない。」

「、、、、そのせいで、何度ひどい目にあった」

「そのために、何度あなたは出ていくって言ったかしら、それに、あの子がこの時間からああして座っている以上、あの子は不適合者。

分かるでしょ。そうして社会から捨てられた者の絶望が、」

この星では、限られた状況の中で最大限の幸福を得るためにこの世界に生きる命に役割を与え、そしてその役割に応じた能力を持たされて、この世に生を受ける。

必要に応じて生れて、生まれながらに生きる意味と役割を与えられる。

だが、その全てがうまくいくわけではない。

約2%の人間が最終適正判定の年齢に到達した時、人が暮らすのに不自由しない『国』から追い出される。

全ての人に役割に適した才能を与えられ、それを伸ばすための教育を平等に受け、自らの存在意味と役割を教えられてなお、その期待に応えられなかったものを、

この世界では『社会不適合者』という。

その精度はシステムの洗練により過去のそれに比べ非常に向上したがそれでも2%以上は減ることなく、まるで必要かであるかのように毎年それだけの人が烙印を押される。

与えられた期待に答えることが出来ない人間は社会の恩恵を受けるは出来ない。

そうなれば『国』からの権利を剥奪され、義務も失い、

『国』を追い出され生きていく事になる。

この社会の為に、生きる意味を与えられ、自らの役割を全うする事に命の意味と充足感を得るこの社会で、それらを失うという事は彼らにとっては死にも等しい。

今まで考える必要なんかなかった、ストレスなど感じる必要もなかった。

価値観を持つ必要もなかった、疑問を持つ必要もなかった人間が、

ある日突然、国の外で生きていくに必要な知識を与えられ、当分の生活を保障され、自由を与えられたところで、何をしていいか分からない。

そして何より、義務を失い、やるべき事を自分で考え自分で見つけるという事が彼らにとっては何よりの絶望だった。

必要とされない人間。その言葉の重荷に耐えられる人間の方が少なく、不適合者の約6割が約1年以内に、自らの自由を放棄し、心を放棄し、考える事を辞め、人格を失いただ従属の存在として『国』に奉仕する事を求める。

そうしてこの世界は維持されている。最大幸福のための犠牲。

そしてその犠牲も死という形ではなく、恩恵を受けることが出来ないという形で表れる。

だが、そうする事で、この惑星では戦争が起きることもなく、

人口も物価も、変わることなく数千年維持することが出来ている。

この管理された社会で少しずつ、この世界の未来のための富を増やす事で、この星の環境も数千年前に比べれば格段に良くなり、今では生きるために必要な水が不足する事もなく、一部の高レベルの権限を持つ人間には生活に必要のない「観光地」というものが生まれる程、人の居住可能空間は拡大し、この惑星の2割にまで『国』の影響の範囲を広げている。

当然、社会不適合者と言われたものにとって、すべてが納得いくものでないと感じる者もいるが、それに抗う術もなければ、大半の者が、仕方がないと納得し、それを受け入れている。

彼らは生まれながらに、目的と役割を与えられ生れてきた。

だから、それにこたえることが出来なかった自分を悪いと考える。

今ある人は、かつて地球で暮らしていた人とは命の成り立ちや生死の価値観を含め、

思考そのものが異なる。

この世界で大切で重要な事は社会という巨大なものの維持だ。

管理された命のカタチ。

『家族』という最小単位のコミュニティーを指す言葉は既になく、

仲間の価値もかつてのそれに比べれば希薄だ。

その代わり重要になったのが義務と権利、そして秩序だ。

アレックス、スイレン、先生はそんな社会から不適合者とみなされた人間だ。

スイレンは容姿特化型として作られ、訪れたゲストとしてもてなし、同意し、心のケアをするために作られた。

だが、彼女は彼女の事を対等と感じないゲストに感情的になり傷つけてしまった。

彼女に押された烙印は、感情の抑制も、自らに与えられた役割を達成する事の満足感を欠如した精神に問題がある重度の社会不適合者。

先生は頭脳特化型として作られ、本来であれば、この社会の維持に回る側の存在だった。

だが、彼は、必要以上の知識を吸収し、求められる以上の結果を出し、許可されていない知識を閲覧、思考続けた。

与えられた役割以上の結果を出そうとし、同時に同僚や上司を向上心がないと馬鹿にし、他人の名誉を怪我し、社会の秩序を混乱させようとした、軽度の社会不適合者、警戒対象不穏要因。

アレックスは感知特化型として作られ、この何もない宇宙でも、人よりも高い精度で、物事を感じ取り、方向や距離を正しく理解し、より効率的に資源を採取するためにつくられた。はずだった。彼は幼い時からその能力に著しい欠落があり、最初から、期待に応えることが出来なかった。

そして、必要以上に他人に干渉し、他人の心を読み、言葉で相手の心を乱す。

さらに社会のシステム自体にも疑問を投げかけ、社会を変えようとした。完全欠陥不適合者。

法律で定められた13歳という最低限の補正猶予期間を待たずに再起不能として、

再起不能の社会不適合者としての烙印を押された。


アレックスは国を追い出され、生きる糧を求め、この宇宙港で同じ不適合者に拾われた。そして今では前任者から船を引き継ぎ、小さく古びた宇宙船で、デブリの回収を請負、ギルトを通し、明らかな不平等な取引でその危険な仕事を行っている。

不適合者が生きるためには、選ぶ選択肢は2つ。

『国』の支配の及ばない場所で自ら生きていくこと、

『国』の影響の及ぶ範囲で『国』のルールに従い生きていくこと、

アレックス達が選んだ道は後者だ。後者である限り、不条理に死ぬ事はない。

『国』の作った基準に従い、それに記載された条件を満たすことで

『国』の作った対価を手に入れ、それを支払い、

『国』が作った食料、衣服、燃料を手に入れる事で命をつなぐ

彼ら3人もまた、この港で出会い、今の関係を築いた。

アレックスがそうであったように、

スイレンと先生もまたこの港でアレックスに出会い、彼に必要とされた。

2人だけではないが多くの人間が、アレックスを利用し、必要以上の干渉を好むアレックスに嫌悪を抱き、アレックスから生きる為の糧を奪い彼の元を去った。

それでもアレックスは、あの日自分を助けてくれた師の恩を忘れることが出来ずに今日も、うつろな目をした、彼女に話しかける。

「あの、すみません。その地球っていうのは地球に行きたいってこと?」

うつろな目をした少女が顔を上げ、アレックスの目を見つめる、アレックスはその場に座り、彼女と同じ目線になって笑いかける

「あの、地球ってどんなところですか?」

それがアレックス達3人と、機械の体を持った人類史上最高傑作にして唯一の心を持った機械、七海双葉との出会いだ。


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