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05_祭

 息を吐き、止める。

 全身を、指先に至るまでその動きを止める。両の目を開いて前を見据え、ただ右の人差し指だけをゆっくりと引く。


 的が射抜かれる。


 シューティングレンジの中で、私は続けてトリガーを引く。体を一切動かさず、狙いを正確に保持し続ける。

 ライフルから放たれるいくつもの弾丸は、全て正確に的を射抜いた。

 射撃は動かないスポーツだ。

 通常の運動に対して、体を動かすのではなく、体を止めることに集中する。

 ボスの話だと体を動かす筋肉と止める筋肉は別のものであるために、運動が得意な人が射撃も得意かと言えばそうじゃないらしい。

 私は体を動かすのは不得意じゃない。ただ、止めるのは得意だった。

 だから私は射撃を通して体を鍛える。その技術を鍛える。

 私たちは気脈操作術式と呼ばれる魔術を使う。そのために必要なのは心の強さだそうだ。

 ボスは言う。体と技を鍛えれば、心も自然と強くなると。だから体と技を磨く鍛錬は欠かさないようにしろと。

 私は私を鍛える。心を強くするために。それがハッチャットマンズのなかで魔術の発現が最も早かった私のプライドだ。


「おい、見ろよ。お人形さんが射撃の練習してるぜ」


 いつの間にか私の後ろに二人の男性。たぶん研究員の誰かだ。


「いいよなあ、魔術を与えられていい気になってるお人形さんは」


 私たちはボスの手ほどきを受けた。魔術が発現しやすいように特殊な環境にもいる。

 だけど、努力なくして力を手に入れたわけじゃない。

 だから言ってやる。


「せめて魔術が使えるようになってから言ってください。今のあなたの言葉は隣の芝をうらやましそうに見ているに過ぎないですよ」


 案の定、男は激昂して何かをまくし立てた。


「てめえ! お前らなんざ所詮――したから――ただけ――!!」

「よせよ、こいつにそれを言っても通じないぜ。聞こえないようになってんだ」


 もう一人の男になだめられ、激昂した男は去っていった。彼らの言葉は私には届かない。届かないということはどうでもいい言葉なのだろう。


「マツリちゃん! 買い物に行こうよ!」


 唐突に言葉をかけられ、私の隣に風をまいてサクラが現れた。また私用で魔術を使ったらしい。


「サクラ、意味もなく魔術を使っちゃダメだって言われてるでしょ」


 注意を促す。私は隊の副長だ。隊長に対してもちゃんと注意はしなければ。


「でもボスだってシリーウォークくらいはいつも使ってるよ? やあ、トイレまで歩くのが面倒だね、とか言って」


 ボスの口真似をするサクラに対して、私は顔を抑えて悩むしかなかった。


「ね、マツリちゃん、買い物行こう! 外出許可取ったんだ!」

「……ちょっとまって、一発だけ撃たせて」


 私はその一発に不満を押し付けてみた。



 ●



 和室。居間というよりは書斎という風情の小さな部屋。壁際の書き物机に背を向けて部屋の入り口を凝視する人物の前に、風が吹いた。

 風の中から二人の人物が滲み出すように現れる。

 サクラとシロウだ。

「あなたが社長さんね?」

 サクラに問われ、しかし社長と思しき男はバーコード頭を震わせて目を見開くばかりだ。

<間違いないわ。ターゲットの情報と全て一致する>

 マツリはスナイパーの役をこなすと同時に情報の分析や整理も仕事であり能力だ。マツリの情報と照合されたこのバーコード頭は間違いなくターゲットだ。

「じゃあ、これでお仕事は終わりね」

 サクラの口調は軽いもので、開放感のようなものを感じる言い方だ。

 シロウは思う。油断しているな、と。

 しかし、マツリの情報からして他に障害のある可能性もなく、あとはターゲットの首を落とすだけだ。

 それを考え、シロウは口には出さず、ただ自分が油断をしないよう勤めることにした。

 自分はあくまでもサポート。自分に出来ることはそれだけだが、それこそが自分にしか出来ないこと。ハッチャットマンズのなかで最も能力の低いシロウの信条だ。

「社長さん、ごめんね」

 サクラが剣を振るう。

 だが、バーコード頭は床に落ちなかった。

「――!?」

 驚いたのはサクラとマツリだ。そしてシロウは――。

「っぐ――!」

 左肩甲骨に小さな穴を開けられている。銃弾だ。背後から撃たれたサクラをかばい、自らの左肩に弾丸をめり込ませたのだ。

 シロウの肩から、血がしぶく。

「シロウ君!」

 叫び、しかしサクラはシロウを見ない。自分の背後にシロウをかばい、銃弾を撃ってきた相手を見据える。

 部屋の入り口、銃を撃ってきたと思われるその場所には誰の姿もなかった。

 ただ二発目の銃弾が放たれる。

 見えない敵からの銃撃。だがサクラは既に油断をしていない。

 銃弾に意識を向けて、銃弾を、その弾道を形作っている気脈に働きかける。

 銃弾の弾道がそれる。

 次の瞬間、サクラの目の前の空間に赤い色が弾けた。

 やや上からやや下へ、赤い流れが弾ける。

 赤い流れは床に落ち、血溜まりとなる。そしてその中に、バーコード頭に風穴を開けた男の死体が倒れこんだ。

「マツリちゃん――!」

 マツリが隠れていたターゲットを狙撃したのだ。ターゲットはダミーを用意して、自分は入り口付近に姿を消して隠れていたらしい。

<いいからシロウの手当てを!>

 マツリの叱咤に、サクラはシロウを振り向く。

 シロウの顔は青い。銃弾を骨で止めたゆえにめり込んだ弾が傷口を広げている。血が止まらない。

 サクラは止血しようとするでもなく、ただシロウの傷口に手を添えた。

「シロウ君!」

 一言。しかし、その一言でシロウはサクラの意図を汲み取る。

「分かってる」

 次の瞬間、サクラの手の下で、シロウの傷口が塞がった。めり込んでいた銃弾はサクラの手に包まれている。

 サクラの魔術だ。

 気脈を操作するということはほぼ万物の全てを操作できるということでもある。この世の全ては気脈によって形作られているのなら、それを操作することでどのように変化させるのも自由だ。

 しかし、これには制約がある。この世に生きている全ての生物には魂の設計図(セフィロト)と呼ばれるものがあり、それはその生物の気脈における鍵のような役割を持つ。

 それゆえに自分以外の生物の気脈を操るのは高度な技術であり、それが行える人間は極少数だ。

 シロウが気を許すことでセフィロトを突破しやすくなるとはいえ、シロウの気脈を直にいじって傷を治すことが出来るのはサクラの実力の証である。

 傷の癒えたシロウは、しかし顔色がすぐれない。

 肉体を変化させて傷を塞いでも、血液を作ることは出来ない。気脈はあくまでも元からあるものをいじることが出来るだけだ。なくなったものを作り出すことは出来ない。

「お仕事完了だね」

 青い顔で、シロウは笑ってみせた。

「強がらないでよ、馬鹿――!」

 マツリの頬を伝う涙に、シロウはただ笑って見せた。



 ●



「そしてボス、これは何か聞いてもいいですか――?」

 マツリが、とても嫌そうにカレーをスプーンですくってみせた。

 都心にあるとあるマンション。その部屋に四人の人間がいる。

 サクラ、マツリ、シロウ。そして源三郎だ。四人はダイニングキッチンのテーブルを囲み、手元の皿にはカレーが盛ってある。

「見て分からないのかね? ――カレーだよ」

 目を閉じて、しかしその顔は笑いながら、源三郎は答えてみせた。

「マツリちゃん、好き嫌いはよくないよ」

 幾分青いが、今や顔色を取り戻したシロウがコップに注いだオレンジジュースを一口飲む。

 不思議なことに、オレンジジュースを飲むことで顔色を取り戻していくように見える。否、取り戻しているのだ。

 オレンジジュースを体内に取り込むことで、体の中に余計な物質を貯めることが出来る。そして貯められた余計な物質はシロウの魔術によって気脈を操作され、血液に変換。直に輸血するのと同じ要領で体内に取り込まれていく。無いものを造りだすことはかなわないが、あるものを変換することは出来る。気脈操作術式と呼ばれる魔術はそれが基礎理論だ。

 無論、消化しているわけではない。飲んだ『血液』は直に体内に輸血されるのだ。

「おかしいよね、マツリちゃんはカレーが好きなはずなのになあ……」

 サクラはとぼけた様子で言ってみせた。マツリが何を言わんとしているかはみんな承知の上だ。

「なんでピーマンが入ってるのか聞いてるんです!」

 ついにマツリが声を上げた。彼女の持つスプーンにはカレーのブラウンに染まった、しかしもとの緑を主張するピーマンが乗っていた。

 マツリはカレーが好きだ。だが、ピーマンだけは嫌いだった。

 源三郎が面白そうに、しかし真面目な声音で口にする。

「軽い罰だよ」

 言われてマツリは黙り込んだ。

 罰。そう言われてマツリ自身に心当たりはある。

 ターゲットがダミーを使って隠れていたことを見抜けなかったのはマツリの責任だ。シロウはあくまでも知覚を広げる能力であり、分析と解析はマツリの仕事だ。それが出来ずにサクラを危険にさらし、それをかばったシロウは傷を負った。これは本来なら厳罰だ。

「しかし、(キミ)は慌てず対処した。そのおかげで被害はシロウ君の肩の傷のみであり、ターゲットも処分できた」

 目を開けた源三郎はシロウを見やる。シロウはのんきな顔でカレーに口をつけるところだ。

「シロウ君も結果として無事だしね。だから、軽い罰さ」

 そう言うと自身もカレーにスプーンを差し入れる。米とルー、そしてピーマンをすくうと口に滑り込ませた。

 噛み砕いて嚥下する。

「マツリ君も食べたまえ。今日のカレーは結構上手く出来たと思うのだがね?」

 源三郎は笑う。サクラもシロウも笑う。嫌な感情ではない、しかし、ちょっとした悪戯を仕掛けたような笑み。

 マツリは複雑な顔ですくい上げたピーマンを見つめていたが、やおら口を開いた。

「……いただきます」

 小さな口に、ブラウンのピーマンが放り込まれる。

「……(にが)っ」

 その小さな声に源三郎が笑う。高らかに、声を上げて笑う。サクラもシロウも笑う。ただ、マツリだけは舌をだして苦そうな顔をしていた。

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