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04_志郎

「僕を洗脳してください」


 思ったとおり、黒い人は驚いていた。

 左頬に傷を持つ、一見優しそうなその人は、僕に問いただした。


「理由を話してくれないかね?」


 言われたから、答える。


「僕は彼女のそばにいたい。だけど、人殺しはできません。彼女のそばにいるために、人殺しをするために、僕を洗脳してください」


 僕は何かが憎いとか、恨めしいとか思ってるわけじゃない。

 ただ、今の状態で彼女のそばにいようと思うなら、僕は人殺しにならなければいけない。

 僕には彼女をここから連れ出す力がないから。

 だからせめて、そばにいて力になりたいと思うだけだ。


「洗脳されて私の部隊に入れば、君の意思の一部は君のものではなくなる。それでも構わないかな?」


 僕はうなずく。


「かまいません」

「結構」


 黒い人が差し出した煙草のようなそれを、僕は迷わず口にした。



 ●



 住宅街の中心にある小高い丘。その東側の斜面に少女はいた。

 長い髪を背にたらし、暗い色のセーラー服のスカートを広げて斜面に座り込んでいる。

 特徴的な広い額を傾けて、抱え込んだ細長い箱を覗き込んでいた。

 箱は二本の支えで先端を固定されている。

 先端には口が開いており、少女が抱えるその手にはトリガー状のものがある。

 銃であるらしい。

 それは箱状の、他に類を見ない銃だ。

 太陽が沈みかける薄闇の中で、少女はスコープを覗き続ける。



 ●



 閑静な住宅街。その中でもひときわ大きい一軒家の庭に、風が生まれた。

 風は音も無く、ただ人の形を作り上げる。そうして茂みの影に隠れるように現れたのは、サクラとシロウだった。

「マツリちゃん、見える?」

 サクラの問いに、マツリの声が答える。

<見えるわ。ここから見える範囲だとその茂みが限界ね>

 マツリの言葉を確認したサクラはシロウに視線を向けた。

「シロウ君、知覚を広げて」

 言われてシロウは意識を集中する。その途端、サクラの目に映る景色が変わった。目の前の茂みを通り抜けて、庭の向こうにある一軒家の半ばまでが透き通った光の集合体のようにして見えていた。

「知覚領域の拡大完了。マツリちゃん、どう?」

 シロウは問う。

 シロウの役目は部隊のサポートであり、その能力のほとんどは知覚に関するものだ。隊員の感覚共有、知覚領域の拡大など、現場での情報収集が彼の役目である。

 マツリへの問いは、自分の仕事の成果を確認するためのものだ。自分が知覚したものがマツリにも伝わっているのかどうかの確認。

<視界良好よ。屋敷が広いからそこからだとターゲットは確認できないわ。中に侵入して随時知覚範囲を広げてちょうだい。それと――>

 付け足して告げられたのは、障害の存在だ。

<警備らしき人間が二人、縁側の柱の影にいるわ。拳銃で武装してる>

「拳銃で武装?」

 サクラの上げた声は疑問系だ。

「私たちの襲撃は予告とかしてないよね?」

「あらかじめ来ると思ってたんじゃないかな?」

 シロウの答えにマツリが付け足す。

<要するに自分が狙われる自覚があるってことよ>

「そっか」

 サクラは思う。ゆえに言葉にした。

「拳銃で武装しても無駄なのにね」

 彼女たちは気脈操作という技術を持っている。それは通常の物理法則に縛られない技術と言ってよい。正面から撃った銃弾が彼女たちに当たるという現象はほぼ起こらないと言っていい。

「武装しないよりはしたほうが安心できるんだよ。それが無駄なことでもさ」

 シロウの言葉に容赦はない。だが、サクラの感想はそれ以上に容赦がない。

「そんなものかなあ」

 無駄なのになあ――。

 胸中で呟くと、サクラは仕切りなおして宣言した。

「じゃあ、いつも通りにね」



 ●



 彼は屋敷の中を見ていた。

 目の前には廊下が続き、左手には手入れの行き届いた大きな庭が、右手には純和風といった座敷の部屋が見える。家を支える角の柱、その裏側に彼は立っているのだ。

 手に持った拳銃を見つめる。

 本当に襲撃があるのだろうか――。

 彼の疑問に記憶の中の上司が答えた。襲撃は来ると。

 ゆえに、襲撃者に気づかれないよう、柱の裏に待機している。自分からみて右手の柱には同じように同僚が一人隠れている。

 彼はイワトに属した人間だ。だが末端であり、それゆえに襲撃者が噂に聞き及ぶような能力を持っているというのは半信半疑だった。

 右手の同僚を見る。

 と、同僚の身長が低くなっていることに気がついた。

「――?」

 疑問に思う彼が見た最後の光景は、同僚の足元に転がる同僚の頭部。そして、ゆっくりと倒れた同僚の影から現れた少女だった。



 ●



 弾けた。

 まるで風船が破裂するように、内部から弾けたのは人の頭だ。

 右手に顔を向けた警備員、その頭が破裂していた。

 小さく、しかし鋭い風切り音とともに、数センチほどの鉄らしき塊が庭先へと飛んでいく。

 否、戻ってゆくのだ。

 細いワイヤーに導かれるように、シロウの手の中へと戻っていった。

 流星錘。シロウが使う武器だ。

 頭をなくした警備員の体が、ゆっくりと倒れる。

「行こう」

 シロウの目の前で、サクラが一言だけを発した。手には剣、西洋的なものにややファンシーな装飾をした奇妙な剣を握っている。

 サクラはその剣で切り殺したであろう首なし死体を飛び越えると、屋敷の中を駆けて行く。

 続いてシロウも駆けて行く。二人が駆け抜けた後に残るものは屍のみだ。彼らの前に現れる者、そして物音を聞きつけるなどして後ろから現れる者、そのすべてに等しく死を与えていく。

 前方に現れた人間をサクラが両断し、討ちもらした人間をシロウが砕く。そして後ろに現れた者には等しく弾丸が降り注いだ。

「マツリちゃん、視界は良好?」

<あなたたちが後ろから撃たれないのは誰のおかげかしらね>

 降り注ぐ弾丸は全てマツリによるものだ。屋敷の外から撃った弾丸が、空間を越えてサクラたちの後方を攻撃している。

 サクラが切り込み、シロウが周囲を探索、それを受けてマツリが援護する。彼らのチームワークは完成されたものだった。

 屋敷の半ばでシロウが知覚を広げたとき、マツリが告げた。

<屋敷の北側にターゲットを補足。縮地可能な場所よ>

 と、サクラが呟くように抗議の声をあげる。

「縮地じゃなくてシリーウォークって呼ぼうよ」

<長くて呼びづらいわ。そもそもあなたはボスに引っ張られすぎよ>

「はいはい、二人とも続きは仕事が終わってからにしようね」

 シロウの仲裁でその場を締めくくり、サクラとシロウはマツリからの指示に従って踊るように歩く。

 縮地。彼らがそう呼ぶその技術は気脈操作の応用である技術であり、彼らの中で最も使用頻度の高い技術でもある。

 この世界を構成する光の流れの集合体である気脈。その気脈の流れの一つに身を投じることでその流れに乗り、物理的な法則を超えて移動するというものだ。

 その流れに乗るために独特な歩き方で身を躍らせる。それゆえに彼らのボスは『馬鹿歩き(シリーウォーク)』と呼んでいた。

 二人の姿が消える。ただ、遅れてその場にやってきた警備員を一人、マツリが撃ち抜いた。

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