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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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第九章 それぞれの思いと (四)

四.


 一時は恐慌状態に陥っていた人々だったが、魔物の襲来がやんだために、今では落ち着きを取り戻している。とはいえ、“混沌”がここスティンの麓ラスカソ村にまで到来し、その猛威を振るうのはもはや時間の問題だった。地面はすでに腐り、ほうぼうで地割れが起きている。地割れに飲み込まれたら最後、地の底にまで落ちてしまうだろう。このかりそめの世界に“底”というものが実在するのならば、の話であるが。


 灰色をした虚ろな空のもと、ざわめく喧噪の最後尾。双子の使徒達はてくてくと歩いていた。彼らの何ラクか前方には、〈帳〉とルードが並んで歩き、空間を越えて魔物が出現しないかどうか、周囲の様子を窺うかのように鋭い視線を投げかける。魔物の現れる気配はもはや完全に失せているようだ。

 ルードの表情がふっと和らいだ。遙か前方から駆けてきたルードの想い人は、ルードの横につくとルードと談笑を交わす。会話がどんな内容なのか、双子の位置からは聞き取れないものの、緊迫したこの状況にあって、二人の様子は和やかな雰囲気を周囲にもたらすものだった。銀髪をした彼女は、〈帳〉の背中に負ぶさるサイファを見て心配そうな表情を浮かべた。その後、ルードと〈帳〉の言葉を聞いて安心したのか、彼女は再びルードの横についた。しばらくするとちらとジルのほうを見て、駆けてきた。

「……あなたがディエルの弟さんね? わたしはライカ」

 サイファとはまた違った、可憐な口調で彼女は言った。

「おいら、ジル。………姉ちゃんは、翼の民なのかい?」

 ジルは右手を差しのばし、ライカと握手を交わした。

「そう、わたしはアイバーフィン。まだ翼を得る資格は持ってないのよね。アリューザ・ガルドに戻ったら、風の界に行って、翼を持とうかしら?」

 ライカはにっこりと笑うと、また後でと双子に言い残し、再びルードと談笑を交わすのであった。

「ライカか……可愛い姉ちゃんだね? ねえ兄ちゃん?」

「まあな」

 ディエルはそっぽを向いた。

「なあんだ」

 ジルはにやにやして兄の顔をのぞき込む。

「せっかくあの姉ちゃんと仲良くしようにも、恋人と話してるもんだから、なかなか話せてないんだねぇ、兄ちゃんは?」

「ふん、ほっとけ!」

 図星だったのか、ディエルはぷいと横を向いた。

「なあジル。ルードが持ってるあの剣、なんだか分かるか?」

「え?」ジルは目を凝らしてルードの持つ剣を見た。

「ひょっとしてあれ、ガザ・ルイアートかい? ルイアートスが腕を切り落としてあの剣を創り上げるところ、おいらは見たことあるよ」

「そう、ガザ・ルイアートだ。すごく、でっかい“力”を放っているのが分かるだろ?」

 ジルはうなずいた。時折刀身の内部からちらちらと漏れる色は、人間が得ようと思っても叶わない絶対の色――“光”なのだ。

「ハーン兄ちゃんの……大きな“力”ってやつは手に入れることは出来なかったけど、聖剣の“力”はオレ達の目の前にあるってことだ。つまり……」

 ディエルは冷ややかに笑った。

「あの“力”を手に入れて、この世界からとっととずらかろうか? オレ達も、役目を果たすことになるし……」

 一瞬、きょとんとした表情を浮かべるが、ジルはすぐさま、いたずら好きな本来の表情を取り戻した。

「でもさ、それって本気じゃないよね?」

「え? なんで分かっちゃうんだよ?!」

 ディエルは心底意外そうに驚いてみせた。それに対し、ジルは得意顔を満面に浮かべて言うのだった。

「だってさ、おいら達、双子だもん。兄ちゃんのウソなんかお見通しさ。だてに双子の弟をやってるわけじゃないもの」

「ちぇっ」兄は照れを隠そうと、頭をぼりぼりとかいた。

「お見通しだって? やなもんだな、お前と双子だっていうのは………。そうだよ、オレにとってまず大事なのは、この世界だ! こんなに多くの人が生きてる世界を、みすみす滅ぼせるかってんだよ!」

 ディエルは、ジルの両肩をつかんだ。

「お前も協力しろよな。オレは決めた。“混沌”を追い払う手伝いをする。そして、この世界がアリューザ・ガルドにうまく戻れるようにオレ自身の力を注ぐ」

 ディエルは前方のルードを見た。

「ま、デルネアとかいう、でっかい“力”の持ち主と、どうケリをつけるのか、そこはルード達に任せるほかないだろうけどな……」

「おいらもサイファ姉ちゃん、好きだからね。あの人が悲しむところなんて見たくないし……おいらもここの世界のバイラル達のために頑張るよ!」

「よし! 決まりだな!」

 かつて、大いなる力を求めようとしていた双子の使徒達は、お互いの腕をがしがしと打ち合った。

 決意の現れ。世界を救うためにおのが力を使う。それは決して彼らの主たるトゥファールの意に背くことにはなるまい。“力”を持ち帰った代償として、アリューザ・ガルドの一片たるフェル・アルムを失ったと聞けば、主はさぞ悲しむであろうから。

 ディエルはふと、金髪のタール弾きの顔を思い出した。ディエルの思惑を一変させた、張本人の顔を。

 だいじょうぶ。宵闇の公子、いや、ハーン兄ちゃんはきっと帰ってくる。

 ディエルはそう願わずにはいられなかった。

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