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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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第七章 スティンを目指す (四)

四.


『スティンの丘陵を夜に越す愚かさ』

 フェル・アルムにはそんな格言がある。「せっかくの好機会を逃す」という意味が込められているのだ。

 五百年前のドゥ・ルイエ皇であり、芸術に造詣の深かったリジナーは「なぜ我が祖先はこの地に宮殿を建てなかったのだろうか。余が造った中庭など、この景色の前にはかすんで見える」と言ったという。

 それほどまでに、スティンの丘陵から見る景色は美しい。

 北方はスティンの山々を目の当たりに出来、南方にはセルの山がちらと見える。目をおろせば西にはウェスティンの平地と、そこを流下する大河クレン・ウールンの流れがあり、東には巨大なシトゥルーヌ湖が紺碧の色をたたえているのだ。


* * *


 ルード達は夜どおしかけてスティンの丘陵を北へ北へと歩んでいた。高原の麓、ラスカソ村に辿り着くまでは足を休めない、と決めていたのだ。朝を迎えて、全貌を現したスティン丘陵の絶景に、一行の心はいくらか癒されはしたものの、足を止めて感慨に耽ることはしなかった。心なしか、北方に見える黒い空が大きくなっている気がしたからである。


 昼頃、ルード達は旅人が言い争っているのを目にした。

 不吉な黒い空を恐れて北方から丘陵をおりてきた旅商達は、南方から上がってきた避難民と出くわし、北に進むのをやめるように忠告した。が、避難民のほうは、[南ではみんなの言葉が変わっちまった! 化けもんだって出てきている。これこそ呪いだ]と言いはり、逆に旅商に北に戻るように言い聞かせた。そして言い分を言い合っているうちに喧嘩になってしまったのだ。

[商人達についていくべきです。むしろそのほうが安全です。化け物達と戦うすべは傭兵達が心得ていることでしょう]

 〈帳〉は両者にそれとなく、南に向かうように説いて、立ち去ろうとした。

「じゃあ、なんであんた達は北に向かおうとしてるんだ?」

 立ち去る際、旅商のひとりが声をかけたが、ルード一行はそれには答えずに馬を進めた。


「聞きました? あの人、最後のところだけアズニール語を使ってたんですよ」

 ルードは言った。

「ああ。南からはじまったアズニール語の覚醒は、思いのほか早く北にまで伝わっているようだな」

 〈帳〉が言った。

「あの人が言ってたけど、本当に呪いなんですか?」

 とライカ。

「フェル・アルム世界自体が、本来あるべき姿に戻ることを望んでいる、その象徴的な出来事と言えるだろう。言葉の復活は呪いなどではないよ。私達の、そして彼らの心の奥底で眠っていた、アリューザ・ガルド住民としての意識が覚醒したことなのだから」

「でも、そのせいで世界中が混乱しちゃっているわけですよね」ライカが言う。

「およそ考えられる常識の範疇を逸脱しているからな。……悲しいが、私にはどうも出来ない」

 〈帳〉はうつむいた。

「私達が出来うること、私達でないと出来ないことについて考え、そしてなさねばなるまい」

 その言葉は、〈帳〉自身に言い聞かせているように、ルードには聞こえた。

 ルードは、スティンの山裾から見え隠れする、忌まわしき空を見据えた。明日にはいよいよスティン麓の村々に、そして高原に辿り着く。マルディリーンがルードに語った“ルード達の為すべき道”。それがハーンに会うことなのは明らかだ。

 だが果たして、そこから何がはじまるというのだろうか?

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