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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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第七章 スティンを目指す (三)

三.


 広大なウェスティンの地。壮絶な戦いが繰り広げられたこの地だが、凄惨たる当時の状況を感じさせないように静まりかえっている。しかしながら、街道沿いには慰霊碑が築き上げられ、献花の絶える日は無い。遠い日の出来事とはいえ、人々の心には悲劇が深く刻み込まれているのだ。

 だが、フェル・アルムの民にはニーヴルを弔う気持ちなどはなかった。ニーヴルは王宮を侵した反逆者。フェル・アルムの民にとっては敵以外の何者でもなかった。真実が歪曲されて伝わっているとは言え、ニーヴルの術士達の魂が安らぎを得る日は、果たして来るのだろうか?

 ルード達は、沈痛な面もちで決戦の舞台を通り過ぎていった。ここを通り越すと街道はクレン・ウールン河と別れ、いったん南に大きくくねったあと、今度は北に進路をとる。なだらかな傾斜が続く丘陵地帯を登っていくと、やがてスティン高原の麓、ベケット村やコプス村、ラスカソ村に辿り着く。


 とっぷりと日が暮れた頃。一行はようやくウェスティンの地を通り抜けた。

「俺の故郷からラスカソまで、結構歩いた記憶があるけど……このまま今の調子で馬を進めると、どれくらいかかるんでしょう?」

 世界全体が闇に包まれ、丘陵地帯にさしかかったところでルードが〈帳〉に尋ねた。

「二日ほどで辿り着くだろう。おそらくはハーンのほうが私達より少し早く高原に到着しているだろうがな」

「二日! よし、もう少しだ! 頑張っていこうぜ!」

「〈帳〉さん……転移の魔導を使って辿り着くことは出来ないんですか?」

 ライカが訊いた。

「実のところ、魔導を行使出来るだけの魔力であれば、すでに癒えている。だが……」

「夜の闇の中じゃ魔導は使えない、てことだよ。“混沌”に捕らわれるかもしれないからな」

 〈帳〉に先んじて、ルードは知ったふうな口調でライカに言った。

「それももちろんあるが」〈帳〉は言った。

「ようやく回復した魔力を、転移のために使うことは出来ないのだ。デルネアと相対した時のことを考えて、力を温存しておきたいのだよ。……私の予感では、おそらく彼のこと、こちらの説得においそれと応じるはずもないだろうからな」

「戦うってことですか?」と、率直にルードが言う。

「ルードよ、鋭い感性だな。そういうことになるかもしれない。いや、おそらくいずれ戦うことになるだろう。悲しいことだが、強大な“力”を得ている彼は絶対的存在としての驕慢に満ち満ちている。それを突き崩さねば、還元のすべを知ることは叶わないだろう……。彼に幾ばくかの良心が存在しているのであれば良かったのだが、今のデルネアは『人間ごときを超越している』と考え、人間らしさのかけらもなくなっている。まこと、悲しいことだ……。彼と戦うことが最善の手段だとは思えない。力でもって力を突き崩すなど、むしろ愚かしいとも言える。しかしそうするしか手がない。いや、悲しいかな、私にはそれ以外に考えられないのだ」

「デルネアに勝てる見込みはあるんですか?」

「いや。彼の“力”はあまりにも強い。私ごときでは勝てるとは思えん。だが、なんでもいい。デルネアが人としての心を取り戻してくれるのであれば、私は……」

 〈帳〉は続く言葉を紡げずに、うつむいて押し黙った。

 ルードは考えた。仮にケルンやシャンピオら友人達と戦う羽目になったら、敵対するかたちになったら――どうする?

(とっても悲しいことだけど……〈帳〉さんはその悲しみから逃げずに、面と向かい合おうとしている)

 〈帳〉に降りかかっている悲しみの深さを、ルードは少しでも理解したような気がした。

「……けれど〈帳〉さんだってひとりじゃない。俺やライカ、ハーンがついてるんですよ。なんと言ったって、聖剣があるんだし」

「ありがとう。その言葉こそ心強いものだ」

 〈帳〉は言った。

「だがデルネアとかけ合うのは、私だけでいい。君達には、より重要な使命があるのだから。フェル・アルムを元あった大地に戻すには、運命の中心に存在する、君達の強い意志が必要なのだ。そして、おそらくは聖剣の“力”も」

 ルードはおもむろに、腰に差してある銀色の剣を抜き出した。この剣は明らかに、圧倒的な“力”を内包しているのだろうが、ふだんはみじんも感じさせない。

「思い出した。そういえば、夢で見たわ」

 ライカが言った。

「その剣。そのう、よくは覚えてないんだけど、闇をうち払ってくれたことだけは印象に残ってるの。夢の中が闇に包まれた、ちょうどその時ルードが剣を手にして、闇を追い払ってくれたもの」

「ライカの夢のとおりかもしれない。おそらく、“混沌”をうち破る鍵を持ち合わせているものこそ、その聖剣にほかならないだろう」

 〈帳〉はルードの剣を見ながら話した。

「ガザ・ルイアート……」

 ルードは刀身をじっと見つめた。

「この剣のことを、俺はまだよく知らない。教えてくれますか? ……なんでもいいから、この剣について」

 ルードの言葉を受けて〈帳〉は語り始めた。


「ガザ・ルイアートは、アリューザ・ガルドに数ある剣の中でも、もっとも強い“力”を持った剣だ。黒龍の剣“タリア・レヒドゥールン”、アル・フェイロスの名だたる剣“スウェル・シャルン”、私がハーンに手渡した漆黒剣“レヒン・ティルル”……。数々あるが、かのガザ・ルイアートは、ディトゥア神族の“八本腕の“土のテュエン”の王”ルイアートスが自らの腕を落として創り、鍛え上げた剣。アリューザ・ガルド最大の災い、冥王を封じた剣なのだ。

「今をさかのぼること千年以上昔になろうか。アリューザ・ガルド全土を冥王ザビュールが支配していたのだ。憎悪の衣をまとった冥王は、魔界“サビュラヘム”を創り出した神であり、そもそもはアリュゼル神族。アリュゼル神族に従っているディトゥア神族が束になってもかなう相手ではない。だが、“光”の力を内包したガザ・ルイアートのみが、冥王を倒す手段となり得た。

「聖剣はルイアートスから“宵闇の公子”レオズスに託された。レオズスは闇を司る神ではあるが、ザビュールに屈することのない気高い意志を持ったディトゥア神だ。本来はな。……その後の“魔導の暴走”の際に、“混沌”に魅入られたことはレオズスにとっても悲劇だった。――話を戻すと、レオズスは聖剣を握る資格を持つ者を探し、ついにイナッシュを見いだした。イナッシュとレオズスはともに魔界サビュラヘムに乗り込み、戦いの果てにザビュールを討ち果たしたのだ。

「冥王が倒されて以降、聖剣の所在は知れなかったのだ。が、なんということか、このフェル・アルムに存在していたのだ。北方、果ての大地でハーンがこの剣を見つけたこと、それ自体も運命なのかもしれない。ともあれ今、聖剣はルードを所持者と認め、大地の力をルードに授けた、ということだ」

「大地の力は確かに感じますけどねえ」

 大地の加護を受ける民、セルアンディルとなったルードはしかし、怪訝そうに言う。

「神を倒すなんて。、そんな大それた剣には思えないですよ……あ、でもあの時! ハーンが危険だと感じたあの時、こいつはとてつもなくまぶしい光を放った。その時の剣の“力”は……うまく言えないけど凄まじかったです」

「聖剣は今、本来持てる“力”を発揮していないのだろう。何かしらのきっかけがあれば……そう、おそらくは……」

 〈帳〉は言葉を止めた。

「ガザ・ルイアートは、純粋たる“光”を持っている。我々魔導師が追い求めたものの、ついに求めることが出来なかった究極の色、“光”。それこそが“混沌”をうち払う鍵を握っていると思いたい……」

「冥王のことは、わたしもおじいちゃんから聞いたことはありますけど、じゃあ“混沌”というのは何なんですか?」

 今度はライカが訊いた。

「“混沌”か……」

 北にある漆黒の空を見上げて〈帳〉はつぶやいた。

「“混沌”。実のところ私にもよく分からない。だから私の知る限りにおいて話そう。アリュゼル神族達が存在するより遙か昔。その頃の世界には“色”などは存在せず、荒ぶる古き神々が支配していた。“混沌”は神代において、世界に存在していた大いなる力の一つ、と言われる。

「……それ以上は私も分からない。文献をあさってみたところで、“混沌”の正体など出てくるはずもない。次元の狭間、イャオエコの図書館であっても、“混沌”に関する明確な本があるかどうか……。ただ言えることは、“混沌”に飲まれてしまったが最後、二度と現世うつしよに戻れないということ。抽象的な存在ゆえに、倒すことなどが出来ないこと。唯一出来うるのは、遙か彼方に追いやることだけであろう」

「追いやる……その役目を果たせるのが聖剣、か」

「左様。そして、何よりルード、君自身の意志なのだよ」

 ルードは黙ってうなずき、光を持たないガザ・ルイアートを鞘に収めた。

 神封じの聖剣。この剣が本来持っている“力”を発動すれば、強大なデルネアとも渡り合えるかもしれない。そして、クロンを飲み込んだ“混沌”すら跳ね返すかもしれないのだ。今のルード達にとってガザ・ルイアートは、まさに希望を繋ぐ剣であった。

 しかし――剣は未だ真の“力”を発揮していないのである。

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