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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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第五章 “混沌”の襲来 (一)

一.


 その戦士達が身に包むは、禍々しい真紅の鎧兜。それは甲冑というよりは装甲に近しかった。角の突き出た、異様ともいえる兜から、その持ち主の面構えは見て取れない。彼らに相応しい色は、赤を置いてほかにないだろう。だが、その意味するところは、人々の鮮血か、地獄の業火か――。


 烈火の召集。

 七月四日の午前に発せられたこの勅命は、半日を経ずしてフェル・アルム中枢都市群に伝わった。近隣の街からは続々と烈火の戦士達が馳せ参じ、夕刻の頃には五百を数えるほどにまでなった。アヴィザノ駐留の烈火と合わせれば千名ほど。烈火全体の半数以上が、わずか三刻の間に結集したのだ。

 一人、また一人と、重厚な紅蓮の鎧に身を包んだ者が帝都アヴィザノの門をくぐってきている。行く先は――ほむらの宮。そこはアヴィザノ中枢の東のはずれに位置し、普段は城下の兵士達の駐留場となっている。だが、アヴィザノ駐留の兵士達だけでは持て余すほど広い。大きさのみに言及するのならば、王宮であるせせらぎの宮すら凌ぐほどである。

 焔の宮の不必要なまでの広さに疑問を持つ者が宮中にいたとするなら、おそらく彼は今日この日に、自身の認識をあらためることであろう。焔の宮は文字どおり、二千を数える烈火が決起する場所なのだから。


 デルネアは、焔の宮二階にある将軍用の部屋の窓から、烈火が宮中に入る様子を何をするでもなく眺めていた。彼は勅命の伝達の速さと、烈火達の対応の迅速さに満悦していた。この分だと明日の昼までには烈火の進軍が可能だろう。真紅の軍隊は、各地で畏怖の念をもって迎えられる。そして勅命の伝達の速さから考えると、“力”を持つ者が、早々と烈火に接触をとる可能性はきわめて高いようにデルネアには思えた。

 “力”の持ち主がいかに強大だとしても、二千の烈火相手では分が悪かろう。何よりこの世界において、デルネア以上に強い者など存在するわけがない。かの〈帳〉ですら、魔導の力は全盛期とは比べ物にならないほど低いのだ。デルネアの前には赤子同然であるのは言うまでもない。

(太古の“混沌”や、空間のひずみなど怖るるに足らん)

 デルネアが“力”を入手したその時こそ、何人にも干渉されないフェル・アルムにおける絶対的存在となるのだ。“混沌”すら、次元の彼方に追いやることが出来よう。そして――永遠の停滞のみがこの世界を包み込む。それこそが真の平穏。理想郷の中で、自分自身が神として君臨する――デルネアが望みうる最高の願いが成就されようというのだ。

 だが、明らかにデルネアは慢心していた。彼が今までどおり、世界の影の調停者の役を務めているのであれば見落とさなかったであろう事柄を、失念しているのもそのためである。

 それは、“宵闇の影”と名乗った魔龍の本性であり、そして――ルイエの動向であった。

(小娘め。烈火による殺戮を防ぐために我をけん制したあたり、なかなか賢いとみえる……。だが、我の真意など所詮分かろうはずもない……)

 それきりデルネアの頭からはルイエのことは消え、彼は再び集結する烈火を眼下に見ながら、絶対者としての自分に思いを馳せるのであった。


 七月五日前五刻。勅命からわずか一日しか経ずに、烈火は進軍を開始した。

 デルネア将軍は、すぐさま二千の烈火を先鋒、次鋒、中団、殿しんがりの四部隊に分けた。そして自らは中団第三軍の指揮を執るようにし、先鋒隊から順次行軍をはじめた。二千の烈火のうち三分の二は歩兵で、騎馬隊は中団の軍に限られていた。一騎当千の烈火にあっても、中団軍五百人はその最たる精鋭兵で固められているのだろう。

 彼ら異形かつ重厚な甲冑を身にまとう烈火の中にあって、デルネアと彼の麾下の者達のみ、装いを異にしていた。デルネアはきわめて軽装であり、彼の普段着である紫紺の上衣とズボンを身に付けているのみ。まるで市井の若者そのままのいでたちであった。また、矛槍を武器としている取り巻きの烈火達もまた鎧をまとわない。彼らは一様に黒いローブに身を包み、銀色の仮面で顔を覆っていた。彼らが醸し出す不気味さは、ほかの烈火の戦士達とはまた異なるものであった。


 昼下がりのアヴィザノの街を深紅の軍団の殿が通り過ぎ、二千の大軍は重厚な城壁からセーマ街道へと隊を成していた。

 一陣の風が通り抜ける。いくつもの白く大きな旗が、風を受けてばさばさと揺れる。旗には巨大な一本の角を持つ生き物が描かれている。なみなみとした純白の体毛を持つ四本足の動物は、大山猫でも馬でもない。聖獣カフナーワウと称されるその生き物は、神君が全土を平定した時に騎乗していた神の使いとされており、ひいてはフェル・アルムそのものの象徴として崇めまつられている。

 聖獣の旗を手にすることが出来るのは、王家を中心とした中枢と、勅命を受けた騎士達に限られている。ゆえに、当初は深紅の戦士達を不安と奇異の目で見ていたアヴィザノ市民達は、聖獣の旗を目にして考えを一変させた。

 フェル・アルムに起きている大いなる変動。その不安に駆られる人々が、カフナーワウの旗のもと進軍する深紅の騎士達に寄せる思いはただ一つ。畏敬の念である。はたして救いを求める人々の願いは成就されたのだろうか?

 ある面ではそうだろう。神君の名のもと、ついに中枢の騎士達が動き出したのだから。フェル・アルムの急変に恐れおののく人々は、涙を流しながら祈った。どうか、災いの元凶たるニーヴルを討伐して、再び平和をもたらしてほしい、と。また、こうも思っていた。中枢の騎士達が動けばもう安泰だ。十三年前もそうであったように、全ては丸く収まるのだ、と。

 だが別の面から見れば、願いは成就されたとは言い切れない。混乱に戸惑う人々の切なる願いは、所詮は浅はかな願いである。少なくとも、フェル・アルムに隠された真実を見きわめられるほどまで、人々は聡明ではなかったのだ。

 ニーヴルなど存在しないのだから。


『ニーヴル打倒のために中枢の騎士達動く!』


 この報は烈火達が進軍するより先にフェル・アルムを駆けめぐることになる。


* * *


「〈要〉《かなめ》様」

 烈火の中団にて馬を進めていた〈要〉――デルネアの側に黒ずくめの男が馬を寄せてきた。

「今し方、我ら隷の一人が北方の状況をつかみました。クロン付近にて様子を窺っていた疾風、四名の所在がとぎれた模様です」

 銀色の仮面の下の表情は伺い知れないが、しゃがれ気味の声色は明らかに戸惑っていた。

「とぎれた……だと? 疾風どもは殺されたというのか? 〈隷の長〉よ」

 デルネアは言った。

「いえ……跡形もなく消え去った、というのが正確な表現でしょうか」

「北方の“混沌”がすでにクロンにまで及んでいる、ということか。黒い雲の下では土が腐り、やがて尋常ならざる闇に閉ざされるであろう。急がねばならん。この世界は消え去ってはならぬのだ」

 デルネアは遠く、北の空を見やった。南部のこの街道からは何も見えないが、北部での混乱はいかばかりなものか?

「だからこそ、我に“力”が必要なのだ。二つの大きな“力”……それは、空間の歪みを生み出した者達が持っている。烈火が動いているということを聞きつけば、おそらく彼らは我がもとに来よう。そうだ、全てが無くなる前に早く我がもとに来るがいい。その時こそわれが“力”を得る、大いなる永遠の始まりの時なのだからな!」

「〈要〉様が全てを平定なさったその頃には、“混沌”により北部は失われているやも分かりませぬが……」

 〈隷の長〉は畏まって言った。

「構わぬ」

 デルネアはことも無げに言い放った。

「世界が消え去ることに比べたらその程度の損傷など無きに等しい。歴史は創られる。我によってな」

 デルネアは言葉を続けた。

「〈隷の長〉よ。この件が片づいたところで、クロンの者達をニーヴルと仕立て上げるとしよう。全ては住民になりすましたニーヴルの仕業である、とすれば丸く収まる」

 隷の長は深々と頭を垂れた。

「全ては〈要〉様の掌中に収まるべきなのです」

 絶対者としての思惑を胸に秘め、デルネアは烈火とともに北へ向かうのだった。

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