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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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第四章 水の街サラムレにて (二)

二.


[へぇぇ!]

 ルードは船上から街並みを見て、感嘆の声を上げた。彼にとっては全く目新しいものだったからだ。幼い時分に何度か両親とともにサラムレに行ったことがあるらしいのだが、ほとんど覚えていない。ただ、水路沿いに何艘そうも浮かぶ船が印象的だったことは強く記憶に残っている。

 〈帳〉はひとりともに立ち、ライカは静かに街の景観に見入っていた。

 水の街サラムレは、区画ごとにまとまった建造物と縦横に走る水路、そして多くの橋によって構成されている。フェル・アルム北部と南部を結ぶ拠点だけあって、街は開放的で、活気にあふれている。その喧噪が普段とは違う雰囲気であるのに気付くのはもう少し後であったが。


 一行は〈ラミヒェールの旅籠屋〉という名の、石壁を蔦で覆ったやや大きめの宿に落ち着くことにした。三人とも別の部屋か、少なくとも女性のライカだけには別の部屋を用意させよう、とルードは思ったのだが、意外にも当のライカが「ひとりだけ部屋が離れるのは嫌」と言ったのだ。

 旅の一行は大部屋に通された。ルードとライカは何より早くそれぞれのベッドに横たわる。

「ふうっ……」

「ふかふか……ベッドで寝るのってやっぱり幸せ……」

 ルードとライカは口々に言った。

「疲れたな……しばらく休むといい。街の噂とやらを訊くのはそれからでいいだろう。風呂に入るのも良し、とにかく十分疲れを癒しなさい。ここからまたスティンまで、また長い道のりなのだからな」

 そう言って〈帳〉が少年達を見ると、すでに彼らは静かに寝息を立てていた。

「やれやれ」

 〈帳〉は苦笑して二人に毛布を掛けると、ひとり部屋から出ていくのであった。


(町中で聞こえていたあの声……間違いない……)

 先ほどから妙に気がかりなことがあった。世間には疎いはずの〈帳〉であってさえ、違和感がぬぐい去れなかった。街の喧噪の中に、明らかに異質な声が混ざってきこえるのだ。

 例えば調和している合奏の中、一つであれ外れた音を出してしまったら、それは非常に目立つものとなる。そして〈帳〉は、先ほど聞こえた『調子外れの音』が何であるのか確信していた。

 階下に降りた〈帳〉は、宿の主人に挨拶する。

[この辺りで、人が集まる酒場などはないかな?]

[ふん。あんた、芸人さんかい?]

 主人は〈帳〉の頭から足までを眺めて言った。まじないが効いているため、〈帳〉の容姿は辺りの人と変わりなく映っているだろうが、臙脂のローブはやはり目立つ。

[それなら三軒右隣の……いや、ここを左に出て橋を渡った先にあるほうがいいかな? 〈雪解けの濁流〉てえ変な名の酒場があるよ。この界隈じゃ一番大きいだろうね]

[私は長いこと北のほうにいて、サラムレに来たのも久しぶりだからな。この街は最近はどんな様子かな?]

 それを聞くなり、主人の顔が曇った。

[わしもよくは分からないんだが……。三、四日ばかりか? ここら辺の雰囲気がいつもとは違う。いや、それだけじゃないな。商人さん達の話を小耳に挟んだんだが、中枢のほうじゃあ大昔の言葉がいきなりしゃべれるようになった人達で溢れかえってな、かなり騒動になってるらしい。さらに噂ではニーヴルが……]

 そこまで言ってはっとなった主人はしゃべるのを止めた。

[ふむ。少々しゃべりが過ぎたかな? まあ、〈雪解けの濁流〉に行くといいさ。あそこは旅商人が多く集まるから、あんたが芸人だっていうなら稼ぎも多かろ?]

[ありがとう。、夕方くらいになったら行ってみるとするよ]

 〈帳〉は再び部屋に戻ろうとした。そして――。


「おもての通りを右に出たところの橋だったかな?」

 おもむろに、しかし明らかに普段と異なる発音で主人に呼びかけた。

「いや違う。左に出たところの橋だ。看板が出てるから分かるだろうて」

 主人は何気なくそう言って、それまで読んでいた本に目を通し始めた。発した声が普段とは全く異なる『音』を発していたことに、主人は気付く様子がなかった。

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