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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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第三章 中枢、動く (五)

五.


 宮殿左方の螺旋階段を二階に上がり、廊下を抜けて突き当たった部屋がドゥ・ルイエ皇の部屋である。

「着いたぞ」

 サイファは背中のジルにそう言い、両開きの扉を開けた。

 サイファの背中から降りたジルは、きょろきょろと部屋を見回した。

「へえ、いい部屋だね!」

「そう言ってくれて嬉しい」

 サイファはくすりと笑って、窓際に腰掛けた。

 白塗りの壁に、木の調度品。寝室に続くカーテンは麻づくりと、代々使用している王の部屋としては意外に簡素な感があった。長い王家の歴史にあって、ドゥ・ルイエも感性は人それぞれで、その時のルイエの趣向に合わせ、部屋はたびたび改装されてきている。今の部屋は、サイファの祖父、二代前のルイエにより改装され、以来変わっていない。サイファも落ち着きのある、このたたずまいがいたく気に入っていた。

「ご覧」

 サイファはジルに窓際に来るよう促し、二人は大きな窓から庭園を眺めた。

「見えるかな? 真ん中の池のちょっと右上……アイリスを植えてるんだけど」

「ああ、あれ? うん、綺麗だね」

「これからが見頃だよ。少し前までは奥のツツジが綺麗だったのだけどね」

「そうかあ……ねえ、見に行かない? おいら、こういうのあんまり見たことないんだ。なかなかお目にかかれるもんじゃないでしょ?」

「ああ、あとで、ならね」

「あとで……ああ、そっか」

 ジルはひとり納得した。

「さっき聞いたろうが、私はこれから国王として、あの剣士と面会しなければならない。だから、ここでしばらく待っていてほしい」

「おいらも会いたいんだけどな……あの人に」

「しかし、公の席での面会だ。それは叶わないよ」

 ジルは不満そうな表情を浮かべてはいるものの、うん、とうなずいた。


 ほどなくしてキオルが部屋に入ってきた。

[キオル、この子を頼む。私は湯浴みをし、玉座にいかねばならないのだ]

 はあっ……。キオルはため息をつくとジルを一瞥した。

[その、子供が怪我をしたって聞いてきたんですが……]

[嘘だ]

 きっぱりとサイファは言った。

[やっぱり……。そんな気がしてたんですけどね]

 再度ため息。

[私も宮殿に仕えて長いこと経ちますが、王室にこのような子供が入るなど、聞いたことがございません]

[私も聞いたことがない。まあ、私にとっては話す場所がいつもと違うだけなのだが]

[サイファ様の若さに影響され、宮中の雰囲気も若返った感がありますが、なにぶん千年の歴史を誇る王朝にあって、伝統と格式を重くみる者も多いのです。ですから……]

[分かった。あまりにも奇抜な行動はつつしめ、とそなたは言いたいのだろう?]

[民衆に分け隔てなく接される陛下のご仁徳、それはご立派なのですが……]

[とにかく、ジルのこと、頼む]

 キオルの口調から、小言が始まりそうだと感じ取ったサイファはそう言って部屋から出ていった。

[なに、ジルはいい子だから安心してよい。話してみるといい。そなたとも結構気が合うかもしれないぞ]

 扉を閉める前にサイファは振り向き、キオルに言った。

[あの、陛下ぁ!]

 ばたん。扉は閉められ、残されたキオルは、にこにこと笑っているジルを見て三回目のため息をこぼした。


 サイファは侍女を二人連れ、湯浴みに向かった。

(『剣士に会いたい』とジルは言っていたが……やはりそれだけは無理だろうな)

 ジルの素性はよく分からないが、しょせん宮中の人間ではないため、烈火の将軍に会うなど叶わぬ願いだ。サイファが将軍に『ジルと話し合え』と命ずるのは出来ない話ではないが、国王としてそのような命令を出すのは不適切だ。

(まあ、龍を倒した英雄を見てみたい、というジルの気持ちも分かるけどね)

 ジルが本当は何を求めているのか、知るべくもないサイファはそう思っていた。ジルは、あくまで軽い気持ちで言ったのだと。

[……皆待っておるだろうから、湯浴みは手短にすます]

[今着てらっしゃるお召し物はいかが致しましょうか? 多少くたびれてみえますが]

 侍女が訊いてきた。

[……ああ]

 先ほどの騒ぎによるものだろうか、今まで気付かなかったが確かにズボンの膝の部分が破けそうであった。

[繕つくろっておいてくれ。また着ることもあるだろうからな]

 ドゥ・ルイエ皇はそう言って、湯殿に入っていった。

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