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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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第三章 中枢、動く (四)

四.


 サイファ達は路地裏から出た。市中はやや落ち着きを取り戻しつつあるようで、緊迫感は薄らいでいる。

 しかし、ふと耳にするアヴィザノの民の会話からは、

[この仕業、やはりニーヴルの連中めに違いないぞ!]

[こんなことばかりで、これからどうなるのかしら? ニーヴルも――]

 など、“ニーヴル”という言葉がやけに耳につく。ニーヴルが今もって存在するにせよしないにせよ、この事件でさらにニーヴル憎し、という感情が強まったのは間違いないだろう。


 心なしか早足で歩くサイファに遅れないよう、ジルはぱたぱたとついていく。

「姉ちゃん、怒ってる?」

「怒ってなどいない!」

 そう言いつつも、サイファは後ろを振り向かない。

 やっぱり怒ってるじゃないか。そう思って、ジルはとりあえず謝ることにした。

「ごめん。姉ちゃんが王様だってことを『うそだ』って言ってからかったのは謝るからさ、国王陛下ぁ」

 ジルは両手をあわせて嘆願する。

 サイファの足取りがぴたりと止まる。ゆっくりと後ろを振り向いた。顔は少しも笑っていない。ジルは両手をあわせたままやや後ずさった。

「……やっぱり、からかってたんじゃないかぁ!」

 紅顔して大声でわめくサイファ。かちんと固まったジルと、何ごとかと振り向く市民を尻目に、サイファはすたすたと歩いていった。


 ジルは二ラクほどの距離を置いて、サイファのあとをついていく。緑の多い居住区画を抜けると、先ほどのアクアミン川を正面に見ることになる。サイファは何の迷いもなく、川に架かる橋へと歩いているようだ。

「何だよ、国王陛下も意外と子供っぽいとこがあるんだな」

 ジルはサイファに聞こえないように、ぽつりと愚痴をこぼした。それまで振り返らずに歩いていたサイファがちらりとジルを見、歩みを止めた。

「今の、聞こえちゃったのかな?」

 言いつつも、ジルはサイファに近寄った。

「ジル」サイファは振り返って言った。「おぶさりなさい」

 そう言って膝をつき、背中におぶさるよう催促した。

「え、なんで?」

 ジルは、おぶさろうとするも、躊躇した。

「ジルが崩落した塔の破片で怪我をしている、ということにする」

「え?」

「……私は偶然、怪我をしている君を見つけ、とりあえず宮殿に向かう」

「はあ?」

「……まあ、演技なのだが、こんなふうに筋書きを書いておかないと、私の家においそれと入れないからな!」

 サイファは目配せしてみせた。ジルをおぶったサイファは、橋を渡っていく。


「ごめんね、陛下。悪気はなかったんだ。会った時から、どこか普通の人にない感じがあったしさ、何となく高貴な生まれっぽい感じは受けてたんだけど」

 ジルは背中越しに謝った。

「構わん。それより『陛下』はやめてくれないか。サイファと呼んでいい」

「分かったよ、サイファ姉ちゃん」

「それよりジル、私が国王だっていうのは、秘密だぞ?」

「もちろん。誰にも言うもんか! おいら、約束は守るよ。だから、お城に着いたら姉ちゃんが知りたがってること、話してあげる」

「それは是非聞きたいな」

「それにさ、おいら、見てみたいんだ。龍をぶち倒したあの人を。……あの人、知ってる?」

「いや」サイファはかぶりを振った。

「宮中では、見たこともないな。何者、か……」

 多分、近いうちに会うことになるだろう。彼女の勘はそう告げた。しかし、どこか不安な気持ちがつきまとった。彼が果たして何者なのか? そう思い始めると、彼女は黙ってしまった。

「……サイファ姉ちゃんてさ」

 押し黙ってしまったサイファに、ジルが声をかけた。

「怒ったり、優しかったり、忙しいんだね?」

「こら」サイファは別に咎めるでもなく言った。

「でもさ……」

「なんだ?」

「うんにゃ。……人間て、なんかいいなあって、思っただけ」

「何言ってんだか……」


 アクアミン川は紺碧の空の色をそのまま映し、まるで何ごとも無かったかのようにさらさらと流れていた。

 二人が橋を渡りきったところで、サイファは衛兵に呼び止められた。サイファは紋章の入ったペンダントを胸元から取り出し、衛兵に見せた。

[ルイエだ。入って構わぬな?]

 サイファはフェル・アルムの言葉で話しかけた。たかだか数日前に発生した言語など、宮中では用いられないからだ。

[は、しかしその者は……?]

 やはり衛兵は、ジルのことを訊いてきた。

[ううーん、痛てて……]

 ジルも、しかめ面をして、怪我をしたように演じてみせる。

[この子は、さきの騒動で怪我を負った。だから連れてきた。入るぞ]

[し、しかし、陛下の手を煩わせるなど……こら、降りんか!]

 衛兵はジルを引きずりおろそうとしている。

[私が連れていく。好きにさせてはくれぬのか?]

[……分かりました。お通り下さい]

 兵士は仕方なしに道をあけた。

[そうだ。宮中の状況は今、どのようになっている?]

 サイファは門をくぐると振り向き、さきの衛兵に尋ねた。

[は。先ほどの襲撃に際して若干混乱はありましたが、負傷者はありません]

[そうか、それはよかった。ところで貴君はあの化け物を倒した者、知っておるか?]

[いえ。存じませぬ。申しわけございませぬが]

[よい。では入るぞ。……無理を聞いてもらってすまぬな]

 サイファはジルをおぶって、せせらぎの宮へ入っていった。


* * *


[陛下!]

 宮殿に入って、サイファに真っ先に声をかけたのはリセロ執政官であった。

[陛下がどこにもいらっしゃらないので気をもんでおりましたが……また外に行ってらっしゃったのですか? それにその子は?]

[すまぬ。説教はあとで聞きたい。……この子が怪我をしているゆえ、私の部屋に連れていく。医者はいらぬ。私の部屋にある薬で治せよう]

[……分かりました]

 サイファの性格を知っているリセロは素直に折れた。おそらくジルは、宮中の人間以外で唯一ルイエの部屋に入った人間として記憶されるだろう。

[では、またあとでな]

 サイファはそう言って立ち去ろうとした――が。

[ああ、お待ち下さい]リセロが呼び止めた。

[陛下、お疲れのところ申しわけないのですが、部屋にお戻りのあと、玉座の間においで下さい。その子は乳母のキオルが面倒をみるでしょう]

[玉座に? さきの化け物の襲撃について話し合うのか?]

[はい。……と言いますか、化け物を退治した者が、是非陛下にお会いしたいと……]

(意外と早かったな)サイファは思った。

[そなたはその者について知っておるのか?]

[いえ、私も先ほどはじめて聞いたのですが……烈火の将、デルネアという者だそうで]

(――烈火だと!?)

 龍を倒したのはいい。しかし、何か悪い予感はしていた。よりにもよって、まさか烈火が出てくるとは――。


[――災いが大きくなる兆しがあれば、すぐさま“烈火”を差し向けるよう――]


 司祭の言葉が、再びサイファの頭をよぎった。

[……分かった。身支度を整え、向かう。半刻ほど待つよう、その者に伝えてほしい]

 当惑、焦りにも似た感情を表に出さぬよう努めながら、サイファは毅然として言った。

 無言のまま部屋に向かっているサイファの背中で、ジルは考えていた。

(ディエル兄ちゃん……。“力”の在処ありか、どうやら分かったよ。将軍だ。でも、もうちょっとサイファ姉ちゃんについていたいんだ。……この世界、長く保ちそうにないけど、それでも終わるぎりぎりの時まで、何とかしてあげたいな。トゥファール様のところに還るのは、それからでもいいでしょう?)

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