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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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第二章 邂逅、そして (七)

七.


 一行はほどなく、ルシェン街道に辿り着いた。そして黒い空とは反対の方向、サラムレへ向けて再び歩みだした。

(でも……)

 『奇異に映ることはない』と〈帳〉は言った。ルードは真横にぴたりと馬を付けるライカを見た。

「うん、何?」

(やっぱり、銀色だよなぁ)

 ルードは、風になびくライカの髪を見た。〈帳〉はまじないがけをしたというが、ライカの髪はルードから見ても銀のままだ。

「どうしたのよ? 変な顔しちゃって」

 怪訝そうにライカが言う。

「いや、あのさ……」

 どうも言い出しにくいルードは、後ろの〈帳〉をちらと見た。〈帳〉も遠目から見て、やはり何ら変わるところがない。

「〈帳〉さんの姿だけどさ。ライカから見て、どう?」

 ルードは小声でライカに訊いてみる。

「どうって……普段どおりよね。あ!」

「俺にもいつもと同じに見えるんだよ。……あと、ライカの髪の色も、変わってないんだけど」

「じゃあ、まじないがけがうまくいってないってこと?」

 ルードはうなずく。

「それ、まずいわよ。このままだとばれちゃうんじゃないの?」

「そうだよなあ……ライカ、ちょっと言ってやったら? 術がかかってないんじゃないかって」

「そんなぁ……そんなこと〈帳〉さんに言えると思う? 〈帳〉さんだって、術がかかってると思ってるわけでしょ? 私が言ったら気落ちさせちゃうわ、多分。……ね、ルードが言ってきてよ」

「いや、俺が言うよりライカが言ったほうがいいと思うぜ」

 館の生活で〈帳〉は基本的に二人の馴れ合いについてはハーンと違って頓着しなかったが、聞こえてくる言葉の端々に自分の名前が出てくるのが気にかかり、声をかけた。

「どうしたというのだ。何かあったのか?」

 そう言って馬を歩み寄らせる。

「あ、いや……」

 ルードはライカの顔を見る。その顔は、ルードから話して、と言いたげであった。ルードは仕方なく、〈帳〉に言うことにした。

「その、俺から見て……〈帳〉さんとライカが、普段と変わらないように見えるんですけど……」

 それを聞いて、〈帳〉はほくそ笑む。

「君は私達の本当の姿を知っているから、まじないの効き目がないのだ。他人が見れば、私もライカも、フェル・アルムの住人として、平凡ななりをしているように見えるだろう」

 〈帳〉はそう言って、前方を見据えた。

「……ちょうどいい。見たまえ、ほら……あの人で確かめてみることにしよう。見えるか?」

 ルードが再び前方を見ると、向こう側から人影が近づいてくるのが分かった。

「……確かめるって?」

「挨拶でもしてみるのがいいだろう」と〈帳〉。

「ルード、まかせたわよ。私はここの言葉、分かんないから」

 ライカはそう言って、ルードの後ろについた。


 そうこうしているうちにルード達は、向かってくる人の輪郭までつかめる位置まで近づいた。

 女性がひとり。年の頃は二十五くらいだろうか。一見華奢にも見えるが、長い道のりを徒歩で越そうとするあたり、意外に旅慣れているのかもしれない。

 彼女のほうもちらりとルードに一瞥をくれる。彼女はそっと手を挙げ、挨拶した。

[こんにちは。歩きだと大変じゃないですか?]

 ルードはフェル・アルムの言葉で声をかけた。

[こんにちは。そうでもないわ、歩くの、慣れてるから]

 女性はさばさばした口調で答えると、ルード達のそばに寄ってきた。

[そっちのほうこそ大変ね? 女の子連れ? クロンからは結構遠いでしょうに。まさか駆け落ち、とか?]

 彼女は冗談だと言わんばかりに笑いながら、どこかで聞いたような言葉を言った。

[ははっ、恋の逃避行? そういうのだといいんですけどね]

 ルードにしては珍しく、さらりとかわした。

[サラムレまで、どれくらいあるのかな……まだ長いんでしょうか?]

[あと一日もあれば着くわよ。長旅お疲れさま。あら、そちらは芸人さん?]

[どうも]

 芸人と呼ばれた〈帳〉は会釈した。臙脂のローブを着ている彼がそう見られても不思議ではない。

[サラムレの様子はどんな感じだろうか? しばらくあちらには行ってないんでね]

[そうね……]彼女は顔を曇らせ、あご先に指を置く。

[気を付けなさい。サラムレ……というより、南部中枢から色々変な話が入ってきてるから。もし南方に行こうというのなら、考えなおしたほうがいいわよ]

[変な話……? たとえばどういう?]

 ルードが訊く。

[それはあたしが言うより、自分の耳で聞いたほうがいいわね。とにかく尋常じゃない事態になってるのは間違いないわ。……見なさい、あの黒い空。この世界中で異変が起きようとしているのよ]

 彼女は顔をしかめて北方を見据えた。そして一言。

[ニーヴル……と言われている連中、聞いたことがない?]

 その声色は心なしか、今までと違った冷たい響きがあった。

[ニーヴルってあのニーヴルですか?]

 眉をひそめてルードは訊いた。

[そう。十三年前に忌まわしい事件を起こした、あのニーヴルよ。彼らが再び現れて、この異変を生み出してるの。奴らは北のほうに集まってるって聞いたけど……何か知らない?]

[知らないな……すまないが、どこから聞いたんだ、その物騒な話は?]

 〈帳〉が言う。

[サラムレじゃあ、街中の話題よ! 中枢のほうでもそんな話で持ちきりだと聞くわ。……まあ、あたしは行くわ。にっくきニーヴルめ、どこに隠れてるのかしらね!]

 彼女はそう言って再び歩き出した。

[お気を付けて。また会えるといいわね!]

 彼女は手を振って、北へと歩き出した。ルード達も手を振って彼女と別れた。


「ふぅー……」

 ルードが息をつく。

「ルード、あの人なんて言ってたの?」

 早速ライカが訊いてきたので、ルードは会話の内容を話した。

「よかったねルード、ちゃんとまじないが、かかってるじゃない! ……でも南の噂とか、ニーヴルとか、気になることもいっぱいあったわよね……」

「しっ……」

 声を出さぬようにと〈帳〉が制した。

「今、アズニール語をしゃべるべきではない。……あの女……間違いなく疾風だからな」

「うそっ!?」

 ライカは驚きの声を上げ、はっとして振り返った。疾風と言われた女性は、こちらを振り向かずに歩いているので、ライカは安堵した。

「……そうなんですか?」

 〈帳〉はうなずいた。

「サラムレからクロンの宿りまでの長い道のり、訓練もしない普通の人間が、あんな少ない荷物で過ごせるはずがない。あとは、雰囲気だな。ニーヴルに対する敵愾心てきがいしんの強さが伝わってきた。……ルードは何も感じなかったか?」

「あ……」

 会話に精一杯で何も気付かなかった。ルードは唇をかんだ。ハーンが自分の立場だったらそうはならなかっただろう。そう考えると、自分の至らなさに腹が立った。

「まあ、そう自分を責めるでない。私とて、話してみるまでは疾風だとは分からなかったのだ。安易に確かめようとした私にも責がある、というもの」

「〈帳〉さん」

 とライカ。

「あの人、ニーヴルが異変を生み出しているって言ってたのでしょう? それって本当なんでしょうか」

「この世界の異変には、ニーヴルなどよりもっと大きな“力”が働いている。そう聞かせなかったかな?」

「ええ……でも……」

「ライカよ、もっと自分自身の心を信じることだ。君はこう思っているはずだ。一連の事件でニーヴルは一切関わっていない、と。……しかし、疾風がああも断定する以上、これは単なるうわさ話とは言えんな。裏がありそうだ。デルネアが何らかの意図のもと、噂を流布させている、ということも考えられる。……とにかく。サラムレまでそう遠くないところまで来ているのだから、行くとしよう。サラムレで何かしらの話が聞けるだろうしな」


 サラムレ。フェル・アルム中部域に位置する水の街では、どのようなことが聞けるのだろうか? 何より、南部から伝わってきている妙な話とは?

 ルードの横にぴたりとライカが寄り添ってきた。心なしか、彼女にいつもの活気がないようにも見える。

「恐いのか?」

 ルードの言葉にライカはうなずいた。見上げる顔には不安の色がありありと浮かんでいる。いつもの活発な彼女ではなく、か弱い少女がそこにいた。

 ルードは馬上から手を伸ばすと、ライカの手を握った。

「大丈夫だ」

 ライカも小さくうなずき、手を握り返してくる。

「……ありがとう」

 少し、笑みが浮かぶ。

「……大丈夫」

 ルードは繰り返した。ライカと、そして自分自身を励ますように。


 焦る心、はやる心を抑えつつも、二人の思いはサラムレへと向いていた。世界に起きている異変を一刻も早く知りたい、という切なる思い。何より、ライカの願いとルードの使命を達成するには、異変を打破しないとといけないのだから。

 あとに続く〈帳〉は後ろを振り返る。北方を包むは、とてつもなく黒い空。

(あの空の下はどうなっているというのだろうか? そしてハーン、あなたほどの人物が、どうしたというのだ……?)


 ルード、ライカ、〈帳〉。彼ら一行はサラムレを目指す。

 馬達もまた、後方の凶兆を恐れるかのように地を蹴るのだった。

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