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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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第二章 邂逅、そして (四)

四.


「どうやらその顔では、なぜ私がこの世界にいるのか不思議がっているようね。違っていて?」

 マルディリーンは会釈をすると、静かに言った。

「そ、そのとおりだよ。あなたは、この世界の住人じゃないはずだぜ?」

 ライカはことの成り行きに戸惑いをみせた。

「セルアンディルになったバイラルの少年と、アイバーフィンの少女が、この閉ざされた世界にいるとは。これは面白い組み合わせだわね?」

 マルディリーンは、事態についていけず顔を見合わせる二人をよそに、くっくっと笑った。

「ああ、失礼。悪気はないのですよ。そうそう、アイバーフィンの娘よ。あなたとは初対面でしたね? 私はマルディリーン、といいます」

「マルディリーン、ですって?」

 ライカは、ぽかんと口を開けた。

「マルディリーンって、あの、まさか……」

「“真理の鍵を携えし者”。数十年前に私のもとへ来た老アイバーフィンが私をさしていった言葉です」

「はっ……はじめてお目にかかります!」

 動揺を露わに、ライカは深く頭を垂れた。

「……そう萎縮する必要などないでしょう? ルードのように堂々としていればいいのですよ」

「それは……ルードが、あなたのことをよく知らないからだと思います。わたし達にとっては、やはりあなたは……」

 マルディリーンの目を見ることすら畏れ多いように、ライカは下を向いたまましゃべる。

「ライカ? 俺が知らないって……どういうこと……?」

 ルードはきょとんとして、ライカに訊いた。しかし、ライカは答えなかった。

「……ルード。私は“イャオエコの図書館”の本達をとおして、世界の本質を追い求める者です。図書館を訪れた者に対して、真実を伝える者です。そして、世界の動向を見つめる者――ディトゥア神族のひとりです」

「え? ディトゥア神族? あなたが!?」


 ディトゥアの名は、〈帳〉の館での滞在中、幾度となく〈帳〉から聞かされた。

 世界には二つの神族が存在する。一つは、アリューザ・ガルドを創り上げたアリュゼル神族。もう一つが、アリューザ・ガルドの運行を任されているディトゥア神族だ。


「でも、神様がこんなところにいるなんて。考えられないよ」

「しかしそうは言っても、現に私はここに顕現している」

 と、マルディリーン。

「確かに、フェル・アルムと名付けられたこの空間に住む者は、ディトゥアのことなど知らないはず。しかし世界は人間のみの力で成り立っているわけではありません。自然の力、精霊達のはたらき……何より、それら全てを包括して存在する“色”。そういった人間以外の“力”が折り重なって、世界というものは存在しているのです。この閉じられた世界では、それが認知出来ないのが不幸なのですが、ルードよ、いずれ分かるでしょう。アリューザ・ガルドに来ることによって」

 マルディリーンの言葉は、一つ一つが大きな意味を持つようであった。ルードは不意に、彼女の背丈が何倍に大きく見える気がした。

 “神”。

 ルードにとっては未だに途方もない言葉であるが、その偉大さの断片をかいま見たようにも思えた。

「俺がアリューザ・ガルドに来る、か。それって意味深だな」

「なぜ、そう思って?」

 マルディリーンが言った。

「俺は、ライカを……この娘を元の世界に戻してやりたい、ただそう思ってた」

 ルードはライカの肩をつかんだ。

「でもさ、今となってはそれだけじゃ駄目なんだ。このフェル・アルムの全てを、アリューザ・ガルドに戻さないといけない。あなたが今言った、『アリューザ・ガルドに来る』というのはそういう意味だと思う……違いますか?」

「そのとおり。この世界を還元する、というのが我らディトゥアの総意です。私の役割は、この世界を変革しうる人物に、助言を与えることです」


 マルディリーンは、どこからともなく、本を取りだした。さながら、空間の隙間から本がいきなり出現したかのような、そんな奇妙な取り出し方だった。

「……あなた方の行動は、本を通して知ることが出来ました。でも、この後どうなるのか、私には分かりません。『記憶の書』は、現在までの事柄を紡いでいるものであり、未来のことには言及されていないものだから」

 彼女はそう言いつつ、ぺらぺらと頁をめくっていった。

「ふむ、ここね……」

 マルディリーンはその頁を読み終わると、顔を上げた。

「では、ルード、それにライカよ。これからあなたがたの為すべき道を語ります」

 マルディリーンの一言は玲瓏れいろうと周囲に響きわたった。その声は、今まで聞いたあらゆる声のなかでも、最も気高いもののようにルードには聞こえた。

「スティンの村――ルードの故郷へ行きなさい。会うべき人がいるはずです」

「会うべき人?」

「ハーンのことじゃないかしらね? ……多分」

 二人は顔を見合わせた。

「マルディリーン様。その人の名前は、ティアー・ハーンというのでしょうか?」

 ライカは相変わらずかしこまったままだ。

「あ、そうですね。名前、名前……」

 マルディリーンは慌てたように頁をめくる。その焦ったような仕草は妙に人間味を感じさせるものだった。

「名前……無いわね。失礼。あなた達と関わり合いのある人の名前が、なぜ書かれていないのかしら? 助言者として、明確な言葉が出せないのはあってはならないのですけれど……とにかくあなたとしばらく前に行動をともにしていた人のようですね」

「じゃあ、やっぱりハーンだ。でも、ハーンはクロンの宿りにいるはずなんだけど?」

「あなた達が着く頃には、おそらくかの地から離れているのでしょう。それ以上は私も分かりません」

「そうですか……じゃあ、ルシェン街道を北回りして、クロンの宿りを通っていったほうが、ハーンに会えるかな?」

「北には行くべきではないわ!」

 マルディリーンは強く言った。

「それは太古の“混沌”が、ここに至ってついに昼の世界をも蝕もうとしているから。夜を覆い尽くして力を得た“混沌”は、今度は大地を腐らせながら南下を始めているのです」

 そう言っている間に、マルディリーンの身体は徐々に透き通り、足下からうっすらと姿をなくしつつあった。


「マルディリーン様……」

 ライカが手を伸ばす。

「私がこの世界に干渉出来る時間が、無くなったようね……」

 マルディリーンは自分の身体を見やりながら言った。

「アリューザ・ガルドへ還元するすべと、“混沌”に抗うすべ。それは我らディトゥアの力を持ってしても解が出ませんでした。しかしながら、『二つの大いなる“力”』が来たるべき終末に向けて唯一の救いとなる。“慧眼けいがんの”ディッセはそう語ったわ」

「『二つの力』だって?」と、ルード。

「一つはガザ・ルイアートでしょう……もう一つって?」

「我が父ディッセなら分かるのでしょうが、私には分かりません。とにかくスティンに行くことです。急がねば! 全てが動き出しているから。あなた達ならきっとやり通せる。私はそう思っているわ……」

 もはや姿を無くしたマルディリーン。その声すらも徐々に小さくなり、やがて消え失せた。

「マルディリーン……」

 ルードとライカは、林の中、今までマルディリーンが確かにいた低木のあたりを見つめ、しばしたたずんでいた。


「ことは急がねば……か」ルードはひとりごちた。

「マルディリーン様が来るなんて……やっぱりとてつもないことになってきてるのね……。あの方は、アリューザ・ガルドにだって姿を見せたことがないはずなのに」

 ライカは考えるルードの横顔を見て言った。そして息を吸い込んで……。

「うん! ……行こう? ルード!」

 ライカはルードの手を取ると、足早に歩き出した。

「ライカ?」

「ことは急がなきゃならないんでしょ? だったら〈帳〉さんのところに行って、かけ合ってきましょうよ、二人で、ね!」

 ライカは目配せをして答えた。

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