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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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第一章 “力”を求める者 (四)

四.


 夜も更けて。ハーンが眠りにつこうとした時、叫び声が聞こえてきた。ハーンは何ごとか、と思い、剣を握りしめテントの外に出た。今の叫び声は人間のものではあるが、悲鳴に近いものだった。

[だ、誰かあ……]

 うめく声が再び聞こえた。それを聞き、周囲の者達もテントから這い出してきた。

[なんだ? 一体]

[危険だから、下がって!]

 言うなりハーンは剣を抜くと、救いを求める声のほうへ、一目散に駆けていった。

 ハーンには分かっていた。クロンの衛兵キニーが言うところの『熊』が現れたのだ。


 ぶうんっ……

 剣が低く唸り、その波動がハーンに伝わってくる。戦いのためにこの剣を抜くのははじめてだが、剣が意志を持つかのように戦いを欲しているのが分かる。ハーンは、まもなく目の当たりにする魔物のほかに、この漆黒剣の誘惑にも打ち克たなければならない。


 悲鳴の上がった現場には、得体の知れないものを前にした男が、腰を抜かして座り込んでいた。ハーンは、がちがちと歯を震わせている男の前に立つと、目前の敵を見据えた。

 一匹の獣が、しゅうしゅうと不快な息遣いをしながら、赤い目を爛々《らんらん》と輝かせて獲物をほふらんとしている。獣は熊のようにも、大柄な猪のようにも見えるが、その実どちらでもないことがハーンには分かった。形こそ違えど、これと同じ感覚を持つものにハーンは一度出会っているからだ。魔物。フェル・アルムには存在してはならない生物。“混沌”が生み出しし、忌まわしき創造物。

 ハーンは直感で知った。今の自分なら――レヒン・ティルルを得た自分なら、この程度の魔物ごとき、苦もなしに倒せるのではないか、と。迷いもなく、ハーンは地面を蹴った。

 ハーンが剣を薙ぎ払うのと、牙をむいた魔物が突進するのは同時であった。

 うおおおん、と不気味に吼えたのは、魔物か、剣か。

 レヒン・ティルルの刃先は、向かってくる魔物の頭部を見事にとらえた。ハーンはそのまま勢いに任せ、魔物の口元から胴体にかけ、一気に切り裂いていく。勝負あった。ハーンは剣を引き抜くと、とどめとばかり、漆黒の刃を振り下ろし、魔物の首をはねとばした。


 ずう……ん……

 魔物の巨躯が地響きをたてて崩れていく。ハーンは余りにあっけない成り行きに驚きを隠せなかった。

「たったの一撃で?! レヒン・ティルル、まさかこれほどの力を持っているとはね……」

 次の瞬間、闇の力が剣から彼の身体へと侵入してきた。濁流のごとく襲いかかる闇の波動に、ハーンは必死で抗う。

(……! 力の反動も凄いな……。〈帳〉……このままこの剣を使い続けていたら、いずれ僕は闇に負けてしまうよ……)

 朦朧とした思考の中、先ほどの老人の声が頭をよぎった。

(『闇を自分のものにしろ』……でもそれと、闇の虜となるのと、どう違うんだ……?)

「かはっ……」

 ハーンの精神はとうとう限界に達し、意識を失った彼はそのまま地面に突っ伏した。


 ディエルは、少し離れたところからこの顛末を見ていた。

「兄ちゃん……大丈夫かな?」

 ディエルは頬をぼりぼりと掻きながらぽつりと言った。

「様子見にしては、ちょっとやり過ぎたかな?」

 ハーンが演奏に興じている隙に、ディエルはレヒン・ティルルに少し細工をしていた。一回しか行使されないが、ハーンが剣を振るった時に、闇の波動をハーンの身体に入り込むようにしたのだ。ハーンの“力”がどのようなものかを試すつもりだったのだ。

 だが――

「なっ……!?」

 絶句。

 ディエルは見た。気絶したハーンの身体から、天を突くがごとく闇の気の柱が発散されるのを。なぜハーンがここまで計り知れない力を持つのか、ディエルには分からなかった。

 ハーンから発せられた気柱は、闇夜の中で凝縮され、龍のかたちをとる。夜の暗がりよりさらに濃い、闇の龍は空を駆け抜けていった。

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