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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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第一章 “力”を求める者 (一)

一.


 漆黒の中、ハーンは馬を駆っていた。すでに夜も更け、“刻無き時”に入ろうかというのに夜空に星が瞬くことはない。

 星なき暗黒の空が、ハーンを不安に陥れる。漆黒の向こうにあるのは、“混沌”か、それとも無か。いずれにせよ、それは破滅を予感させるものであることに変わりはなかった。

 夜空が消えてすでに五夜目となる。さすがのハーンも、安穏としたひとり言をつぶやいていられるほどの余裕はなく、朝早くから深夜まで、ただ馬を走らせるのみだった。このままルシェン街道を行けば、夜明け前にはクロンの宿りに着けるはずである。疲労のため半ば朦朧としていたハーンだが、クロンの宿りの暖かさのことを思うと嬉しかった。


 そんな時。

 ハーンは、不意に馬の歩みを止めた。

(この先に何かいる!)

 戦士の直感で、ハーンは悟った。そして目を静かに閉じると、術を発動させるため二言三言つぶやいた。

 いくら町が近くにあるといっても、こんな深夜に移動するのは、何らかの事情を持った者であるとしか考えられない。夜逃げ、野盗、あるいは疾風。もしくは“魔物”――。

 “遠目の術”が完成するとハーンは目を開け、まっすぐ続く道の、さらに先を見据えた。

 小さい何かが、ゆっくりとこちらのほうに歩いてきている。ハーンは精神を集中させ、それが何であるか見きわめようとした。

「え……? ……子供?」

 彼が見たのは背もまだ伸びきっていない、ひとりの少年だった。おぼつかない足取りでとぼとぼ歩き、顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。

「迷子……かなぁ?」

 ハーンは馬の歩みを進めた。


 一、二フィーレも行くと、肉眼で分かるようになった。やはり子供だ。なぜこんな夜にひとりで? とハーンは訝ったが、それでも子供が警戒しないよう馬を下り、歩いていった。

[どうしたんだい、こんな夜に?]

 ハーンは声をかけるが、その子供は何やらぶつぶつ言っているだけである。ハーンがいることに気付きもしない。数ラクまで近づいた時、ハーンは再び声をかけた。

[坊や?]

[何だよ! オレにはディエルってぇ名前があるんだ! 坊やはないだろうに!?]

 ディエルと名乗った子供は枯れ果てた声で喚いたが、次の瞬間はっとなってハーンを見た。

[……ああ!]

 ディエルと名乗った子供は、驚いたようにそう言うと、真っ赤に泣きはらした目をごしごしとこすって、ハーンの顔をしばし見上げていた。

[……あのう? どうしたの?]

 ハーンは困りながらも中腰になり、少年と目線を合わせた。

[……ひとだあ……やっと……人に会えたぁ]

 言うなり、ディエルの目から涙があふれ、ディエルはハーンに飛びついた。

[わーーん! さびしかったよぉーー!]

 後はただ泣きじゃくるのみ。ハーンも、ディエルの頭を撫でながらとりあえずこの子をなだめるしかなかった。

 この子供から邪念はまったく感じられない。ハーンは一瞬でもこの子を疑った自分を恥じたが、また同時に、人に会い孤独から解放されたことを喜んでいた。


[……で、ディエル君。なんで君はこんなところを歩いてたんだい?]

 ようやく泣きやんだディエルに、ハーンは話しかけた。

[……くん、なんて付けないでくれ。道に迷わされたんだい]

 ディエルはぶっきらぼうに答えた。泣きじゃくったことが恥ずかしくなったのか、ハーンからは少し距離を置いて座っている。顔を合わせようともしない。

[そうかぁ……]

 ハーンも、子供のあやし方には馴れておらず、そう言って鼻の頭をかいた。

[ねえ、君のお母さんはどっち行ったんだい?]

[あのね、オレは迷子なんかじゃないからな! ただ……そのう、どこ行きゃいいんだか分かんなくて]

[うーん、……それを迷子って言うんじゃないのかなぁ?]

 ディエルは、うっと唸ると、ばつが悪そうに顔を背けた。

[……とにかく! 疲れてんだよ、近くの町までどのくらいかかるんだよ?]

[え? だってさ、クロンから来たんでしょ?]

[クロン? 何それ?]

 話がかみ合わないので、お互いの顔を見合わせる二人。

[クロン……て、町の名前だよ。クロンの宿り。ほら、君がやって来た方向にずーっと歩くと、行き着くんだけどな]

[え? オレが歩いてきたほうに町があったの!?]

 ディエルは、自分が来た道を振り返った。

[ひょっとして、オレ……逆方向に歩いてた?]

 ディエルが訊く。

[うん。このまま、まーっすぐ行けばクロンの宿り。馬だと朝前には着くよ]

 ハーンが答える。

[でもさ、君どっから来たんだい?]

 ディエルは口を真一文字に結び、わなわなと肩を震わせている。

[……ま、言いたくないんならいいけど、さ]

 ハーンはやれやれ、といった面もちで、ディエルに話を持ちかけることにした。

[じゃあ一緒に行――]

[ジルのやつ! あいつのせいで森から這い出すのに二日! 道をとぼとぼ歩いて三日! 送る場所間違えた上に、まる五日もオレを歩かせやがった! しかも、無駄足ときたもんだ! あいつ、今度会ったらただじゃすまさねえからなぁ!!]

 喚きちらすわ地団駄を踏むわ。沸点に達したディエルの怒りは当分収まりそうにない。

[じゃあ一緒に行こうよ]

 と言おうとしたハーンの言葉は、かき消されてしまった。

 これがハーンとディエルの出会いであった。

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