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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第二部 “濁流”
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序章 (二)

二.


 ぽつり……。

 雨の滴が金髪の青年の頬に一粒、二粒落ち始めた。それまで寝ていた青年はびっくりしたように声をあげて飛び起き、彼の馬のところに走った。

「まさか、眠りこけちゃうなんてね……」

 青年は馬の荷物からテントを取り出すと、早速テント張りを始めた。


 ハーンが〈帳〉の館を旅立ってはや一週間。遙けき野越えは今日無事に終わり、夕暮れ時には緑で覆われた草原に辿り着いた。安心感からか彼は草の中でまどろんでしまったのだ。おそらく今はすでに“刻なき夜の時間”――深夜になってしまっているのだろう。

「まずいね……風邪引いちゃうなぁ」

 テントはひとり用の小さなもので、すぐに組み上げられた。

 彼は次に、聞き慣れない言葉で二言三言つぶやいた。すると彼の周囲のみ、雨が避けて降るようになった。ハーンが時折使う魔法――“雨よけの術”である。幸いにもこれは通り雨のようだが、ハーンは、雨粒がテントを叩く音を好きではなかった。


『ハーンって、変なところで神経質なんだもんなぁ』


 館に残してきた友人のぼやきをふと思い出し、ハーンはほくそ笑んだ。そして、完成した術によって雨が避けていくのをハーンは満足げに見回し、テントに入ろうとした。

(……何!?)

 刹那、寒気が彼の全身を通り過ぎた。かつて、一度だけ味わった悪寒である。ハーンは空を見上げた。その顔が急に険しいものになる。

(まただ……)

 頭上の空は雲に覆われているが、西のほうは雨雲から天上が時折見え隠れしている。その空はいつになく黒く、星をまったく映さない。あるのはただ、空虚な暗黒のみ。

 その時、彼の腰にある漆黒の剣“レヒン・ティルル”が、かすかに震えているのがハーンに分かった。闇の波動に包まれた剣は、暗黒の空の存在を喜んでいるかのようだった。もし剣に意志があるとするのなら。

「違う。あの空はお前のためにあるのじゃない。同調してはいけないよ。あれはお前などには過ぎる暗黒なのだから……」

 幼子を諭すかのような口調で、彼は剣に話しかけた。

(太古の“混沌”……か。さすがにあれには太刀打ち出来ないな。ルード君とガザ・ルイアートに賭けるほかない……)

 ハーンは剣の柄をなでながら、想いに耽ていった。

 大きなあくびが出る。

「だめだ……疲れちゃったよ。……もう、何にも考えないでとっとと寝てしまおっと!」

 言うなり彼はテントの中に潜り込んだ。また明日考えればいい。星なき空も、そしてデルネアのことも……。

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