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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第一部 “遠雷”
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第七章 〈帳〉 (四)

四.


「世界が……ですか」

 ルードとライカは怪訝そうに帳の言葉を反復した。

「まさか。そんなに大きなことなんですか?」

 ルードはそう言って〈帳〉を見た。当の〈帳〉はまたも遠い目をして天井を仰いでいた。

「なぜなら、君達はあるはずのない“変化”を、この世界にもたらしたからだ。フェル・アルムは、変化というものがない。――いや、許されないのだ。何も変わらない情勢の連続こそが、デルネアの言うところの恒久の平和なのだから。だが、人あるところに必ず変化が生じる。変化が起きれば必ずどこかがほころぶのだ。私は長いことそれを危惧していた」

 〈帳〉はそう言うと、一同を見渡した。

「分かるだろうか。予期せぬ変化がこのまま続けば、フェル・アルムを覆う結界が崩れ去り……人の世界に本来あってはならない、強大な“太古の力”を招き寄せかねない。それを呼び寄せてしまったら、フェル・アルムのみならず、存在する世界全ての終末を呼ぶことになるやもしれぬ」

 それを聞いたルードは、自分の背筋にぞくりと冷たいものが走るのが分かった。羊飼いとして暮らしてきた今までの自分が、今では遠いところに行ってしまったのを感じていた。世界の終焉など、彼が、そしてライカが考えつくはずもなかった。彼らはただ、平穏な日常に戻ることを切望している。だが、今や彼らにとって平凡な日常は、とてつもなく大きな壁の向こう側にしか存在しないのだ。

「――いずれにせよ」

 光を持たない〈帳〉の右目が、皆を見据える。

「君達の話から察するに、ライカがこの世界に来てしまったという“偶発事”。それはこの世界が本来あるべき姿に戻ろうとして起きたことなのかもしれない。それに伴い、閉ざされたフェル・アルム世界の封印が開きつつあるのだ。しかし封印の解除は、空間の歪みを誘発させている。これは魔物の出没や、星無き暗黒の夜空の出現からも明らかだ。このまま手をこまぬいていれば、世界の秩序は本当に遠からず失われてしまうだろう。――今、我々が選べる未来は三つある」

 〈帳〉は言った。

「一つ目は、この館で何もせず時を過ごし、秩序の崩壊と世界の終焉を見届けること」

〈帳〉は二人の少年少女を見た。ルードもライカも、魅せられたように〈帳〉を見ている。

「二人とも、どう思うかな? このままここに留まるか?」

「……それって解決になってないな、って思ったんですけど」

 ルードが口を開く。

「だってそうでしょう? 俺達はここにいれば安全かもしれない。でも、今の状態を続けていたら世界が崩壊するっていうのなら、意味がないですよ、そんなの」

「うむ。ライカはどうかな?」

「私はともかく、家に帰りたいんです。あの山間の村に……」

「だろうな。ハーンは?」と言って〈帳〉はハーンを見るが、彼はただ首を横に振るだけだった。

「まあ、ハーンにはあらためて訊くまでもないか。では二つ目の未来を話そう。これは現在デルネアが行っていることだ。つまり、事件の根本たる君らの存在を消し去り、変化そのものを遮断し、一連の事件が存在しなかったようにすること。……これについてはどう思うかな、愚問とは思うが」

「……俺達は危険を避けるためにあなたのところに来たんだ。俺達は死ぬわけにはいかない」

 と、ルードが即答した。ハーンもうんうんと相づちを打つ。

「……〈帳〉さん。三つの未来を選べると言ってましたけど、あなた自身は決めてるんでしょう? ライカも俺も不安なんです。どうすればいいのか、教えてください!」

 ルードは〈帳〉の答えを待った。

「そのとおり。選択肢は三つあれど、実際のところ我らが選べるのは最後の一つしかない。……その道のりは険しく、成就するとは言い切れないものだが、私達が求める未来はそこにしかないのだ」

 〈帳〉はそう言うと、彼を見つめる三者をじっと見つめた。


「フェル・アルムを、その全てを、アリューザ・ガルドに還元させる。それしかすべはない」

「はあ……」

 驚嘆をもらしたのは、意外にもハーンだった。

「還元、ですか。いや、僕も初めてそんなこと聞いたんで、驚いちゃいましたよ。この世界を、もとあるところに戻すってことですね? そんなの出来るものなんですか?」

 ハーンが訊いた。

「私は方法が分からない。残念ながら」

 〈帳〉がかぶりを振る。

「じゃあ、デルネアですか? 彼じゃないと分からない、と」

 ハーンが言った。

「これは例えだが、魔導師が魔導を行使する際、それと相反する魔導をも知る必要がある。我らが行使した世界創造のすべは魔導に近しいが、全てを知っていたのはデルネアのみ。だから還元するすべも、彼しか知らない。ルード達への監視がゆるんだ頃合いを見計らって、デルネアと再び会わねばなるまい。それが私達の進むべき道だ」

「デルネアは、どこにいるんですか?」ルードが訊いた。

「彼の居場所は二つある。一つは帝都アヴィザノ。中枢の王宮内に、一握りの人間しか知らない場所がある。“天球の宮”と称されるその部屋の中で、デルネアは中枢を影で操っている。もう一つは、フェル・アルム最南端に広がるトゥールマキオの森。彼は、千年の齢を数える大樹の中を憩いの場とし、しばしばそこに赴き、力を蓄えるのだ」

「わたし達、どっちに行けばいいのかしら?」とライカ。

「おそらく帝都アヴィザノであろう。だが常に周囲の様子に注意せねばならぬ。かの地における彼の力は強大な上、王宮の警備とて侮れるものではない。現に、今まで私はアヴィザノで彼と対面するのは避けている……というより会うことが叶わぬのだ。……が、今回ばかりはそう言ってもおれまい」

「ということはアヴィザノへ行く、と……。でもかなり遠いですよね。俺はフェル・アルム南部の都市群のほうなんか、行ったことがないんですよ」ルードが言った。

「確かにな。帝都に着くまでも大変だ。監視がゆるんだころを見計らう、といっても、何らかの危険が伴う可能性は大だ。加えて一週間以上にわたる長旅によって、心身ともに相当きついものになることは見えている。だが、彼と対峙することに比べれば大したことはない。彼自身の“力”は畏怖に値するものであるから、心せねばなるまい。人間離れした強さに加え、人の心をいとも簡単に捕まえる力を持っている。私とて、用心をせねば、彼の力に取り込まれ、デルネアの虜になりかねないのだ」

「でも……」

 ライカが言う。

「やるしかないわ。それがうまくいかなきゃわたし達、どうにもならないじゃない?」

「うん。俺達がやれるだけのことはやって、みんな一緒にもとの世界に還るんだ!」とルード。

 〈帳〉はほくそ笑む。


「そのとおり。このいびつに形成された閉塞空間は、もう限界が来ている、ということだ。私達はフェル・アルムの土地を、この世界の人々の営みを、もとあった大地に戻さねばならない。大いなる災いの起こる前に――」

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