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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第一部 “遠雷”
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第七章 〈帳〉 (二)

二.


 ルード、ライカ、そしてハーンが円卓を囲んで〈帳〉の話を聞くことになったのは、結局翌日の昼過ぎだった。

 今までたまった疲れのために皆見事に眠ってしまったようで、〈帳〉がもてなす予定だった夕食会はふいになってしまった。しかし〈帳〉も言及するつもりはなかった。旅人達の疲労と緊張がいかに大きいものか、理解していたからだ。

「気付いたら朝だったんだ」とは、ルードの弁だ。ライカは明け方前に起きたらしいが、ハーンはつい先ほどまで熟睡していた。ハーンは眠そうな顔をし、あくびを必死でこらえている。対照的にルードとライカは風呂に入り、晴れ晴れとした表情をしている。いや、“していた”というほうが適切かもしれない。なぜならいよいよ〈帳〉を中心に話し合いが行われようとしているために、二人は非常な緊張感を味わっているからだ。何が真実なのか、これから何が起こるのか――そして自分達の運命の行く先は――


「さてと」〈帳〉が話を切りだした。

「ではまず、君達がいかなる経験をしてきたのか、聞いてみたい。ハーンの言う、“奇妙な出来事”を。君は、ええ……」

「ライカです」

「俺は、ルードと言います」

「ではライカ。君がこの地、つまりフェル・アルムにどうやって来たのか、そしてルードからは、ライカと会った後どう行動してきたのかを聞かなくてはならない」

 〈帳〉は言った。


 ルード達は今までの数々の体験を包み隠さず〈帳〉に語った。さすがの〈帳〉も驚きを隠せない様子であったものの、それでも彼らの語ることにうなずきつつ、記録を取っていた。

 最初の遭遇と転移、高原へ戻る途中の化け物との戦い、眠りから起こされた言語“アズニール”、動き出した中枢と、疾風との死闘、そして剣を握ったルードの変調――。全ての出来事が語られるのに、一刻半ほど要したろうか。日はすでに傾きかけ、色を橙に変えようとしていた。

 ライカは、アリューザ・ガルドにおける自らの生い立ちからはじまり、精霊に惑わされてレテス谷から落下するに至るまでを話した。

 ハーンはニーヴルの事件の後、〈帳〉に世話になり、別れた後のことから、ガザ・ルイアートを手に入れた経緯、そして千年祭の日にルードと会うまでかいつまんで話しだし、ガザ・ルイアートのことも、そして唯一彼のみ見た“星なき暗黒”についても明らかにした。

 ルードも、自分の身に起きた出来事について自分なりの意見を交えて、途中つかえながらも話すことが出来た、そのつもりだった。彼には未だ一つの記憶が戻っていなかったのだ。イャオエコの図書館と、神秘的な女性の存在について、ルードは全く失念していたのだ。


「そうか……」

 筆を置いた〈帳〉は、やや疲れた口調で答えた。

「君達が遭遇した出来事について、私は驚くしかないが……それについては最後に話すとしよう。次は私が、この世界について、語ろうと思う。が……」

 そう言って皆を見回す。疲れているさまが一目で分かる。ルードが大きく口を開けて生あくびをするのを見たライカは、肘でこづいてたしなめた。その様子をハーンはにやついて見ている。

「少々休憩をとるとするか。皆疲れたようだし、かくいう私もそうだ。聞くだけでも体力を使ったよ、今日は」

 ライカが厨房に入り、手際よくお茶が運ばれてきた。一同は緊張からしばし解かれ、香りのいいお茶を口に運んだ。

「これは賑やかになりそうだ。……なあハーンよ」

 和やかとなった雰囲気の中、〈帳〉が言う。

「我々がこれからどうするにせよ、時の利を得ないことには動きようがないのだ。もとから私のもとに滞在するつもりで来たのだろう?」

「ええ、そうですね。ルードに剣の扱いを教えるつもりでもありましたし、あなたもこの二人に伝えておくことが多そうですからねぇ。それに中枢の目をやり過ごすためにも、ひと月ぐらいはお世話になろうかと思うんですよ」

「ひと月だって?!」

 まさかルードは、そんなに長くとどまろうとは思っていなかった。〈帳〉の館で世話になることはハーンから聞いてはいたのだが、それも一週間ばかりかと思っていたのだ。

「叔父さん達、心配しないかな。半ば家出も同然で飛び出してきたんだぜ?」

「ああ、それならまかせてよ。僕が頃合いを見て高原に行って来るから」ハーンが言った。

「とにかく」と〈帳〉。「我が家は自給自足が出来る。館の主としては君達のお世話をしたいところなのだが、それは勘弁してもらって――君達の手を借りたいのだが、いいかな?」

 一同はうなずく。家事を分担して行うということだ。

「ならば申しわけないが、すぐ行動を起こしてもらいたい。気がつけば、もう一刻もすれば夕方になってしまうところではないか。ルードは馬舎へ、ライカは鶏小屋へ行って餌付けをしてほしい。どちらも館をぐるっと回った裏手にある。ハーンは穀物倉へ行ってくれ。……出来るかな?」

「まかせてくださいよ。馬の世話だったら俺、手慣れたもんですから」

 ルードは一番に部屋を出ていった。

「あ……ルード! 餌付けってどうすればいいの?」

 ライカもあとに続く。

「なんだ、しようがないな。教えてやるからついてきなよ」

「あれ? どっちに行くの? 玄関はこっちよ?」

「部屋だよ。作業がしやすい格好にならないと……なんにも知らないんだなぁ」

「何よ、その言い方? 馬鹿にしてるの?」

 そんな悪態をつきあいながら彼らの声は遠ざかっていった。


 〈帳〉とハーンは後に残された。

「どうです? 彼らは?」

 自分も行動に移ろうとハーンは立ち上がった。

「……酷なものだな。彼らには何も知らず平和に生活を送ってもらいたかったものだが。事実をかいま見てしまった今、彼らの幸福は濁流の向こう側にしかないのだ」

 〈帳〉は目を伏せた。

「……だが、彼らの純真さは、私の塞ぎの虫を追い出し、罪の意識を一瞬でも消し去ってくれるものかもしれぬ」

 そう言って〈帳〉はハーンと顔を合わせた。ハーンはしばし、〈帳〉の瞳に悲しみを見たが、「〈帳〉、あなたも考え過ぎですよ」と切り返した。

「しかし、かの聖剣がまことに存在していたとは信じがたい。だが、ルードは所持を認められることによって、いにしえの土の民、セルアンディルの力を手にしたのだから、あの剣こそ冥王討伐以降、失われて久しい聖剣だと考えるほか無い」

「……そうですね」

「しかしハーンよ。君はどうしてあの剣がガザ・ルイアートだと知ったのだ? いや、そもそも何ゆえ聖剣の存在を知ったのだ? 聖剣について、私は君には教えていないはずだ」

 ハーンは答えなかった。

「答えたくなければ別にいいのだが……まあいい。さて、私も食事の準備をしよう」

「じゃあ僕も失礼して、夕食の支度に取りかかるとしますか! 昨晩はもてなしを受けられませんでしたからねぇ!」

 ハーンは言い残し、颯爽さっそうと部屋を出ていった。


 ひとり残された〈帳〉はひとりごちる。

「ガザ・ルイアート。あれが我らの運命を切り開いてくれるのか。“太古の力”とすら渡り合えるかも知れぬ……」

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