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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第一部 “遠雷”
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第四章 真実の断片 (四)

四.


「よおし、これで生き返ったぜ!」

 背伸びをしたルードが言う。

 幸いにも近くに小川が流れていた。うさぎぐらいの大きさの丸い石がごろごろしているそのほとりで、三人は休憩をとった。雪のように冷たい清水が心地よい。少し早めの昼食が終わる頃にはライカの機嫌もすっかり良くなっていた。

「さあて、もう行くのかな?」

 ルードは、すっかり一行の導き手となったハーンに尋ねる。

「ええ? もうちょっと休んでいこうよぉ」

 馬に食事を与えていたハーンは、のんきな口調で反論した。疾風に追われているかもしれない、という緊張感をみじんにも感じさせない。ただ、さすがなのはいついかなる時でも剣を――あの“力”を持った剣だ――手放してはいない、ということと、何げないふりを装いつつも実は周囲の気配に探りを入れている、ということだった。


 ルードはちょうどいい大きさの丸い石の上に腰掛け、後ろ髪をまとめていた髪留めを外した。濃紺の髪を手で梳いていると、ちょうどライカが近づいてきて、彼のそばに座った。頭を覆っていた布を取り去っていて、淡い紫色を帯びた銀髪が光る。

「へえ、意外と長いのね、ルードの髪って」

 ライカは膝を抱えた姿勢で、ルードを見あげる。

「ははは……ライカの髪だって奇麗だと思うぜ?」

 ルードは再び髪をまとめあげると、そう言った。

「本当?」

「ああ、隠すのが惜しいぐらいだ」

「あははっ、ありがとう。でも、やっぱりわたしだけ髪の色が違うっていうのはすごく目立つみたいね。ナッシュの人達も気になってたみたいだし。みんな黒髪か金髪なんだもん」

「……ねえ、ライカ」おもむろにルードが言った。

「何?」

「俺は、俺の住んでいるところに一度帰った。そして今度は真実を知るために旅をしている――こんな……村を追われるようにして旅が始まっちまうとは思わなかったけどさ、そりゃあしようがないとして――でも、ライカはこれでいいのか? ライカだって自分の住んでたところに戻りたいだろ? だのに、こうして見知らぬ場所で旅をしているのがやりきれないんじゃないかって思って」

「そうねえ……」ライカは両腕で膝を抱え込む。

「もちろん戻りたいわ。でもね、やりきれないってふうには考えないようにしてるの。この冒険が終わる頃には多分帰る手段が見つかる、と思ってる。……わたしってね、昔から旅やら冒険なんかに憧れていたから、嬉しくもあるのよ。わたしの住んでる村を離れる機会もあんまり無かったしね。そりゃあ、本当に命を狙われているのは怖いし、正直に言えば色々と不安よ。見知らぬ世界にいきなり来てしまったんだもの。今はこうしてルードと話せるけど、最初は泣きたいくらいだったわ。アズニール語が通じないのは本当に意外だったわね。……でも、アリューザ・ガルドに帰ることが出来ないんだったら……ちょっとつらいかしら……まあ、そうなったらここの言葉を覚えるようにしなくちゃね……あははっ」

 淋しそうに笑うライカ。彼女は明らかにルードよりつらい状況にいる。ここは本来自分がいるべき場所ではなく、フェル・アルムの言葉を話すことが出来ない。さらに、もといた所に戻れるかどうかすら怪しい。茶目っ気を振りまくようにしてそれを感じさせないように気を配るあたり、彼女は強い、と思える。

「いや、大丈夫さ」ルードが言う。

「俺が探すから……一緒に、元の世界に戻る方法を探してみようよ……見つかるまでね」

 自然と口をついてぽろりと出てしまった言葉。それは、ルードの想いが込められた言葉。ルードはすぐ、自分が言った言葉を理解し、思わず口にしてしまったことに顔から火が出る思いだった。ライカの顔を直視することが出来ず、ルードはただ、せせらぎを見るほかなかった。

「うん……ありがとう……」

 ルードはぽりぽりと頭を掻きながら、ちょっとだけライカのほうへ目を向けた。ライカの翡翠ひすいの瞳は潤んでいるような感じだ。こんな所をハーンに見つかったら、間違いなくからかわれるだろうが、当のハーンはまだ馬に食事を与えている。

 しばし、水のさらさらと流れる涼しげな音が周囲を覆う。

「おーい!」ハーンが遠くから、二人に呼びかけてきた。

「そろそろ行くことにしようよ! 水もばっちり確保したし、出発だ!」

 そうして三人は再び馬に乗り、森に囲まれた山の路を登りにかかった。


 空は晴れ渡り、木々の隙間から日の光が差し込む。どうやら今日は良い天気のままで終わりそうだ。右手の遥か下に時折見える巨大なシトゥルーヌ湖は、変わらず青くたたずんでいる。

 山々の高いところを街道が通っている、世界の全景が見渡せてしまうようなところで、ルード達は赤い夕暮れの太陽が遥か西の海に沈むのを見た。ここからは南西のサラムレの街とクレン・ウールン河が見える。ルード達の身体が夕焼けと同色に染まる。

 光を全て受け止める濃紺。跳ね返すような金。

 ルードとハーンおのおのの髪は、夕日を受けて一層際立つ。ライカが頭の布を取り去ったら、月を連想させるような銀もそれに加わっていただろう。

 ルード達は再び馬を進める。朱が空から次第に消えていくのを感じながら。

 そして、スティン山地は夜に入る。春も半ばとはいえ、寒いものだ。路が下りに入り、森を抜けそうなところで彼らは眠りにつくことにした。路から外れた岩場の、平坦なところにテントを張る。それが終わると、ハーンは周囲の探索に出かけてしまった。テントの中にルードとライカは残される。

「あの、ライカ?」

「はい?」

 馬上でも会話はしていたが、ハーンが抜けて二人きりになると、昼間の会話があらためて思い起こされて、必要以上にお互いを意識してしまうようだった。

「その、そうだなあ……よかったら教えてくれないか。ライカの住んでいたところのことなんかをさ……」

 ルードがライカを見る。

「いや、なんていうのかな。お互いの境遇というか、そういうことって今まで訊いたことが無かったからさ」

「ええ……」笑みを浮かべるライカ。

「うん、いいわよ。じゃあ話してあげる。でも、これはやっぱりハーンにも聞いてもらったほうがいいかしらね?」

 やがて三人を囲んで話が始まった。銀髪の少女の話が。

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