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フェル・アルム刻記  作者: 大気杜弥
第一部 “遠雷”
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第二章 帰路にて (二)

二.


 その夜。ルードは浅い夢からふと目が覚めた後、まったく寝付けないでいた。大きな何かが自分の周りをぐるぐると回り、自分を見つめているような感覚に陥っていたからである。ルードがまだ小さい頃、人には見えないものを見た時の不思議な感覚によく似ていた。

 ハーンの寝床は空いていた。彼は確かに寝入っていたはずなのに、いつのまにか目を覚まして外に行ってしまったようだ。ルードは起き上がって、テントから出ることにした。


 あたりは木々に覆われている。ルード達のテントが張られている周囲だけがぽっかりとひらけていた。それは夕方、ここに着いた時と変わるはずのない情景だが、今は夜の闇にどっぷりと暗く包み込まれている。音は何も聞こえない。ただ風にゆれる木の葉の音のみ。それが夜の山をより一層恐ろしく、神秘的に見せている。

 テントから出たルードは、近くに人の影を見つけた。おそらくハーンであろう。だがルードには、それが本当にハーンなのか怪しかった。昔のように、超常的な存在がふと自分の前に姿を見せたのかもしれない。ルードはしばらくテントの外で立ち尽くしていた。するとその影が近寄り、声を発した。

[ルード? ……目が覚めちゃったのかい?]

 白い服を着たハーンは、いくらか小声で話しかけてきた。ルードはハーンのいたところまで行くと少し身震いをした。

[寒いな……]

[夜はまだまだ冷え込むからね、それにここは山の中だしさ]

 ハーンはテントに戻ると、中から毛皮の上着を持って来てルードに渡した。

[ああ、ありがとう……]

 ルードはそれを着ると、ふと空を見た。高くそびえる木々のせいで視界は狭いものの、満天の星空が見てとれる。スティンの高原からも、これと同じくらい星がよく見えるものだが、周りの情景が違うせいか、まったく異質なもののようにルードには感じられた。

[今はこの周りを見張っていたんだ。でも、まったくもって異常は無いね]

 ルードはその言葉にただうなずくだけ。

 しばし、沈黙が周囲を覆う。

[……あのさ、ハーン……]

 小声で話しかけたのはルードだった。

[……うん?]

[なんでこんなことに……なっちゃたんだろうか]

 ハーンは前を見据えたまま、黙っている。

[すごく不安なんだ……俺……]

[それで目が覚めちゃったのかい?]

[いや、俺にまとわりつく雰囲気がなんというか……すごく大きなものに覆われているような、そんな気がして寝付けなくなっちゃったんだ。こんな感じがしたのは久しぶりでさ。物陰で何かが動いているのを見たり、暗闇に小さな光が飛んでいくのを見たり……小さい頃はそんなものを見たんだ]

 ルードの真横に立っているハーンは、静かに聞いている。

 風が吹き、草原を囁かせ、木々をざわざわと鳴らす。それが止むと、周囲の静けさはいや増す。

[でもさ。そんなこと誰も信じてくれなかった。俺もそれがまやかしであると思い込んで、いつの頃からか見えなくなっていた、はずなのに――]

[それが今はまた感じられる……というのかい?]

 ルードはうなずいた。

[そう。……僕はね、時々そういう気配を感じている。風の中を何かが流れていく感じ――大地の持つ確かな力――そういうある種、日常から超越していると思われるものをね]

 ハーンにしては珍しく、真摯な口調で語る。

[へぇ、いたんだ。俺以外にもそういう人が……]

[超常的な何かを感じ取る力。いつの間にか人々は忘れてしまったんだろうけどね。でも、それを覚醒させた人は、ほかの人には使えない力、記憶の断片に存在している内なる意識を開放させることが出来る]

[俺は、そういう人間だと……?]

 ルードは身を乗り出して訊いた。

[ひょっとしたらだけど、そうかもね。ライカと遇ったことで、封じられていた何かが開かれて、ルードが生来持っていた力を顕在化させるようになったんじゃないかなぁ?]

[ライカ……。あの娘って、一体何なんだろう……]

[それが不安なのかい?]

[あの子自身もそうだけれど――あの出来事全体が、俺なんかにはとうてい分かんないような、とてつもなく大きな何かによって起こされた事件で……世界の全てを変えてしまうんじゃないかって……]

[……言葉を知らない……。ライカ……銀髪の……娘……か]

 ハーンは眉をひそめ、ひとりごちた。

[何か、心当たりあるのか?]ルードはハーンに訊き返す。

[いやよくは分からない。だけど、あの人なら――]

[え? 誰?]と、ルード。

[うん。“遥けき野”に大賢人というべき人がいてね。僕も昔会ったことがある、というより、結構なお世話になったんだよ。彼なら分かる、と思うんだ。僕も彼から色々と貴重なことを教わったところがあるしね。だからライカのことも、そして奇妙な出来事が、どういう意味を持つのかってことも分かると思う。……多分だけどね]ハーンは言った。

[へえ……そんな人がいるのか。俺も会ってみたいな]

[……でね、僕は高原まで君らを送り届けたらさ、行ってみようと思ったんだ。彼のところにね]

 ルードは顎に手をやり、しばしの間考えた。

[俺も、行きたい!]

 押し殺した声で、しかし強い意志を込めてルードは言った。

[そんな……無理して行かなくていいよ。……君の家を空けるわけにも行かないだろうし、道中安全とは言えないんだよ? 僕がスティンの村にまた来た時、彼から聞いたこと全部を話すからさ]

[でも、もやもやしたままじゃあ嫌なんだ! 俺も行くよ!]

 ルードは決意した。自分の身に起きた一連の事件を自分の手で解明することと、密かに自分が好意を持ちつつある銀髪の少女、ライカの身元を明らかにすることを。それが自分にとって、いやひょっとしたら世界にとってもあまりに重大なことのような予感がしたのだ。

 理解の枠から逸脱した出来事。言葉の通じない銀髪の少女の出現。これらは世界の常識では考えも及ばないことである。

[しっ……! ライカが起きちゃうかもしれない]

 再び小声になってハーンが諭す。

[分かったよ、ルード。でも村に戻ってみんなの心配を解くこと。まずはそれだよ。今の話はその後で考えよう]

[ああ……]多少不満ながら、ルードは同意する。


 今まで雲に隠れていたのだろう、半円型の月がその姿を現し、淡い光で野原を包む。

 ハーンは大きなあくびをした。

[……さすがに僕も眠くなったかな。ふぁ……おやすみぃ]

 彼は言うと、ひとり歩き出した。

[なあハーン、見張りは? やらなくていいのかい?]

 ルードがハーンの背中に声をかける。

[……ああ、もう今日は大丈夫だよ、問題無し!]

 にこやかにそう言って、ハーンはテントへと戻っていった。

 しばらく後、ルードも寝床についた。が、奇妙な不安感に苛まれている彼は、なかなか寝付けなかった。

 ライカは何者なのだろうか? ハーンの言うように、自分は覚醒しようとしているのか? だとすればその行き着く先は何なのだろう? そして――自分を取り巻く、あまりに大きな流れとは果たして――?

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