石畳の少女、森へ行く
お恥ずかしながら、草稿状態で投稿させて頂きます。
だれか。だれか。あの子はだれか。石の子だ。ああ、例の子か。あの家か。
神さまの住まう深い森が広がる村に一つの家族が加わったのは、まだ三日ほど前のおはなし。
男と、その妻と、たった一人の愛娘。三人が森に来てからもう三日も経っていたのに、一家は村に馴染めません。ぜんぜん、まったく馴染めないのです。
「みだりに森へ入ってはならん。あんたらが、ここに何をしに来たんでもかまわなんだが、これだけは約束してもらうよ」
「ええ、わかりました。森へ入ることはいたしません。ただ、その、わたしは心配性なものでうかがっておきたいのですが……もし、入ったら?」
少女の父は、同じ年代のほかの子に比べほんの少しばかり快活な愛娘が、その溢れるほどの好奇心を働かせてしまった時を考えてたずねました。
「何一つせず、出てくることだ。それなら助かるかもしれん。だがね、言ったろう。何か一つもしてみれば、森に食われちまう。ここにはルールと言うものがあるんだよ。村のニンゲンと、森の神さまとだけのルールがね」
「森の神さまですって? いったいそれは何のたとえばなしですか? ああ、とにかく、何もせずに森から出れば良いわけですよね。わかりました。んん、わかったかい、ふたりとも。森に入ってはならないし、もし入ってしまったら何もしてはいけないよ。すぐに戻ってくるんだ」
「ええ、あなた。もちろん森には入りません」「はい、お父さま。入ってしまってもすぐに戻ってくるわ!」
たしかに村には神秘的とも言える雰囲気があって、そんな話を聞いたから一家は旅行をしに来たのですが、村人はいまいちそれをこころよく思っていません。
それはどうしてかと言えば、こういう人たちが森に近づくのは、神さまにとって、たいへんよくないことだったからです。かといって、あまりにそっけなくしますと、無理にでも森に入ろうとする、知りたがりのやからも出てきましょうから、いちおう宿を用意してやるのでした。
さて、こうして一家が石畳の国からやってきたのが、さきほどからなんども言うように、三日前。最初はみな、「よそ者がめずらしいんだろうな」くらいにしか思っていなかったのですが、これがどうにも違うようだと気が付いてからは、いまいち居心地がよくありません。しかしながら、御者はそんなことはつゆほど知りませんから、迎えの馬車が来るのはまだ先のこと。薄気味悪さを感じながらも、一家は美しい自然に囲まれ、不安を頭の片隅に、ゆったりと時間を過ごします。
「たいくつだわ。ああ、たいくつよ」
ただひとり、お年頃と言うにはまだ少し早く、目に映るもの総てから新鮮な感動を得られる、探求心旺盛な、大人から見れば「少々困ったおてんばの」少女をのぞいて、のお話ですが。
「お父さま、お母さま。わたし、ちょっと村をみたいのだけれど」
「おお、そうか。しかし、村の人たちは私たちのことをあまり良く思っていないようだし……どれ。いっしょに見て回ろうか」
「それもいいけれど、お父さま、実はわたし、村にいる同じような年の子とお話をしてみたいの。大人たちはすこし冷たいけれど、子どもどうしならちがうかもしれないわ。今まではいつも、お父さまかお母さまがいっしょだったでしょう?」
「そうか、そう言えばそうだったね。んん、私たちもお前を見習って、あらためてこの村の方々と交流を結んでみるとしよう。子どもが頑張っているのに、手本となるべき大人がこれでは情けないからね」
「あら、そんなことはないわ! お父さま、お母さま、二人をお手本にしてきたから、今のわたしはこういう風に考えて、こういう風に動けるの。情けないだなんて、とんでもないことよ」
「あらあら、この子ってば。調子が良いのだから」
「はっはっは! これは一本とられたな。愛しい娘のより良い手本となれるよう、そろって頑張ろうじゃないか、愛しい妻よ」
「そうね、ふふ、じゃあちょっとしたくをしますから、お待ちになって、愛しいあなた」
一家は、とくに夫婦は仲むつまじく、時に少女は二人に遠慮のようなものをしたくなるときが、あったり、なかったり。気恥ずかしいような、いえ、羨ましいような。そんな気持ちが溢れて来ることがあるのです。
「わたしはお先に失礼するわ。お父さま、お母さま、いってきます!」
「何かあるとも思えないが、気を付けるんだよ。何かあったら呼び笛をふくんだ。わかったね! あと、森には」
「もし入ってもすぐに出てくるわ。ええ、村の子たちとお話をするのだから、入ることすらないでしょうね」
そんな時、少女はいつにもまして好奇心のおもむくままに歩き、走り回ります。やがて、退屈だとか、よく分からない気持ちだとか、その何もかもを忘れ、楽しかった一日が終わっているからです。この日も、特に理由もなく、きっと村の子どもたちと打ち解けて、お話をしたり、遊んだりできるにちがいないと思って家を飛び出しました。
石畳の国では見たこともないような木で出来た家、ふかふかしていて面白い踏み心地の草の道。鼻をすんと鳴らせば、太陽の匂いが胸をくすぐります。素晴らしい自然、深い緑の森の国。本当に、とっても良いところだと思っているのですが、やはり一つだけ、その一つのせいで少女は頬を膨らませます。
「ねえ、ねえったら」
楽しそうにおしゃべりしていた村の子どもたちに近づいただけで、みないちように口をとざし、あやしいものをみるように、じっと少女のことをみつめます。
思い切って声を掛けてみれば、子どもたちは、さあっと草を鳴らしながら走り去ってしまいました。実はこれ、もう二度目。さっきからこのありさまなのです。
「なによ、なによ! お話したいだけなのに! ちょっといっしょに遊ぶくらい、何がわるいって言うのかしら!」
腰に手を当てまゆねを寄せて、少女は子どもたちが走り去った方をにらみつけます。さわやかな風が少女の美しい金色の髪をたなびかせるのですが、それすら今はうっとうしく思え、少しらんぼうに髪をなでつけました。
「もう、失礼しちゃう! ……あら? そうだ、次はこっそり近づいてからこの笛でも吹いて、あの子たちをおどろかせてやろうかしら」
そうして、うなじのあたりに手がふれたおり、少女は首ひもをかけていることを思い出します。これは少女がお父さまからもらった、「何かあった時の笛」ですが、ほんのちょっとだけ、小鳥がさえずるくらいの力で吹いてやれば、きっとだれのめいわくにもならないと思えたので、いじわるされたしかえしに、その笛を使って村の子どもたちをびっくりさせてやることに決めました。
少し大きめの、ちょっとこった彫り細工がとてもきれいな少女の呼び笛が、陽の光を浴びてきらめいています。それを見つめる少女の瞳も、これからきっと起こるであろう、とても面白いことを想像して、それにもましてきらきらとかがやくのでした。
ただ近づいては、また見つかってしまいますから、さて、どうしたものでしょう。そう思った少女がふとあたりをみやると、すぐ近くには、つごうのよい風に、森が、入ってはいけないあの森が、深々(しんしん)と広がっているではありませんか。子どもたちを探すうちに、いつのまにか人目が立たない方へと歩いてきてしまったのです。
「何もしなければ……いいのよね?」
二度、逃げられるうちに、村で目につくところはあらかた探したので、あとはこの森沿いに村をぐるりと歩いて行けば、彼らが見つかるはずなのです。だから、この森にちょっと入って、大きな円をえがいて行けば、彼らの後ろに立つはずなのです。そう、ちょっとだけ。そう言って、少女は森へと足を踏み入れました。
一歩、二歩、三歩と進んだところで少女は思わず立ち止まります。いえ、どこからが森でどこから村だなんてことは誰が決めたわけもないのですが、少女はたしかに、村ではない場所に足を踏み入れたと思ったのです。
なぜなら、この永く緑深い森は、とても静かで、あたたかなのでした。空に触れるその真白でたおやかな指先に、まぶたの内にある青星玉のようにきらめく目の奥に、はじめてなのにどこか懐かしく思える、おだやかな流れを感じます。
森は、ひゅうひゅうと言う風の音と、そこから生まれるさらさらと言う小さな葉ずれの音だけが響き、木々のあいまから差し込む太陽のぬくもりが、まるでお父さまとお母さまに抱きしめられているみたいにぽかぽかとあたたかく、なにより目の前の世界はこんなにも美しいのです。そう、きっと誰もが思わずこうつぶやくことでしょう。
「わたし、森に入ったんだわ」
私がここに来たのはとっても自然なことよ。私が森に入ったら色々な事をするのはとても自然なの。つまり、森の恵みとやらを失うのは運命的に自然だったのよ。風で木が揺れてリンゴが落ちたくらいにね。
2/21:酷い乱文である。が、しかし。