第五章・詩織
美桜は静かに目をあけた。
ここはどこだろう?
そんなことを考えていると、枕元から声がふってきた。
「あっ、気がついた?沙也さんは今、飲み物を買いに行きましたよ」
美桜よりも少し年下に見える、女の子だった。
どこかで見たことのある顔だなぁ。
美桜が首をひねって考えていると、その女の子が言った。
「私のこと、わからないの?美桜ちゃんが五年生のときに一緒のクラブだった、坂井詩織よ」
それをきいた瞬間、美桜の頭の中に、ぱっとひらめくものがあった。
「ピアノの詩織ちゃん!」
美桜は去年まで、合奏クラブに入っていた。そのときピアノを担当していたのが詩織だったのだ。
美桜は去年いっぱいでクラブをやめたが、詩織はまだ所属している。
詩織は、三歳のころからピアノ教室に通っている、ピアノの天才だ。
詩織は、このデパートアリアールの経営者のひとり娘で、彼の一人息子であった詩織の兄は、今年の初め、他界した。
その詩織が、口を開いた。
「美桜ちゃん、大丈夫?」
美桜はうなずいた。
「もう大丈夫」
そこへ、沙也が両手にスポーツドリンクを持って、かけてきた。
「おっ、美桜、もう大丈夫かな?・・・あっ、これ詩織ちゃんに・・・美桜の分もあるよ。飲みな」
沙也がスポーツドリンクを詩織と美桜に差しだしながら言った。
美桜は、自分が寝かされていたベッドからおり、かけ布団を整えた。そして、近くのいすに座った。
詩織が、美桜が寝ていたベッドに、『使用済み』の札をのせた。
美桜が、沙也にたずねる。
「それで・・・千里は自殺なんだよね。きっと、デパートのどこかからとびおりて・・・」
しかし、沙也は首を横にふって言った。
「ちがうわ。さっき、現場を見てきたんだけど、あれは他殺よ。だれかが、どこかからつきおとした後、死体に触っているわ。その証拠に、後頭部をうったはずの彼女が、うつぶせにねていた。死体が弾んだ跡がなかったから、犯人がうつぶせにしたのね。野次馬たちは、だれも死体に触っていないらしいし。目的はまだ、わからないけど」
詩織が、不思議そうに言った。
「死体を見たんですか?そんなこと、警察が・・・」
沙也は、うなずいて答えた。
「見たよ」
「どうやって・・・?」
詩織がしつこくきくと、沙也はにやっと笑って、言った。
「私立の探偵ですっ、現場の調査に来ました・・・・・・って言ったら、見せてくれたのよっ!」
沙也の上司といい、警察といい、なぜか沙也が願うとおりのことを言う。世間とは、意外とあまいものだ。
「私立の探偵・・・って、それ、嘘でしょー」
美桜は言ったが、沙也は首を横にふった。
「嘘じゃないわ。今日から自分で探偵を始めたんだから」
そう言った沙也の目は、詩織をとらえていた。
美桜が不思議に思って詩織のほうを見ると、詩織はあいまいに笑った。不思議な笑顔だ。
美桜は沙也のほうを見た。沙也は少し考えこんでいるように見えた。
詩織が口を開いた。
「沙也さん、とりあえず、私の家に来ませんか。そこで、事件を整理したらどうです?」
沙也は、無表情でうなずいた。




