美奈子ちゃんの憂鬱 水瀬、風邪をひく
学校で風邪が流行している。
今日もクラスの半分位が欠席し、残りの生徒も、大半がどこか気持ち悪そうな顔をしている有様だが……。
「バカは風邪ひかないっていうじゃない?」
「そうね」
未亜の言葉に、美奈子は思わず水瀬・秋篠・羽山の三人を見つめてしまう。
「ど、どういうことだ?」
「言葉の通りだよ」
「ち、違う!……あ、なんか俺、熱が40度位ありそうだぞ?」
「俺なんか365度だ!」
「えっ、えっと……ぼ、僕は」
「水瀬君。いいよ、この二人につきあわなくても」
美奈子は、羽山に、“365度ってどんな熱だ!”と、内心で突っ込むだけにした。
「で、でね?」
水瀬は真剣な眼差しを、未亜に向けた。
「バカな人は、風邪ひかないの?」
「た、例えだよ例え」
「し、知らなかった…」
『馬鹿は風邪引かない』って言葉に、かなりショックを受けた様子だ。
「いいことじゃない。風邪ひかないなんて」
「それで馬鹿なんてわれたらイヤだよぉ」
「辛いのよ?だるいし気持ち悪いし」
「うーん。でも、一度位、味わってみたいなぁ」
「贅沢」
●瀬戸綾乃の日記より
夜、グラビア撮影のお礼としていただいた珍しいお魚を食べる。
お母さんが「調理方法がわからない」というので、水瀬君にお願いすることに。
お酒飲みたいので、和食にしてください。
さすが水瀬君。
お魚が次々と美味しそうなお料理に変身します。
お刺身にお鍋に……うん。おいしい。
食卓で学校のことを聞くと、風邪が大流行していて、明日から学級閉鎖されるといいます。
みんな、大丈夫かしら。
ルシフェルさんまでダウンしたというから、多分、よほど質が悪いんでしょうね。
「悠理君は大丈夫なの?」
「僕、風邪、引いたことないんです」
「それは健康ですね」
お父さんは感心したように言うけど、心配。
「大丈夫ですか?」
そっと額に手を当ててみる。
………
……
…え?
「悠理君?」
「何?」
私、救急箱から体温計を持ってきて水瀬君の口に突っ込みます。
歯が折れたみたいですけど、気にしてはいけません。
ピッ
39.5度!?
すぐに私のベッドに悠理君を放り込みます。
悠理君、私も初めてですから、優しくしてくださいね?
服を脱ぎかけて、お母さんに「違うっ!」て止められました。
そ、そうですよね。
少し錯乱してしまいました。
「ど、どうしたの?」
悠理君は、突然のことに驚いていますけど、この熱で平気な顔している悠理君に、私たちも驚いています。
「いいから寝ていなさい。明日、病院行きますよ?」
氷枕を持ってきてくれたお母さんが諭すように言ってくれましたが、悠理君は理由がわからないようで、きょとんとしています。。
「何でです?」
「風邪です」
「え!?ぼ、僕、風邪、引いているの?」
「うれしそうに言うもんじゃありません!いいですか?病になるってことは不幸です。不幸をうれしそうに言うなんて、恥ずかしいことだと思いなさい!」
「そ、そうなんだ……」
お母さんに怒られた悠理君は、不思議そうな顔で言いました。
「特に変な感じはしないけど……」
「それでいいんです。綾乃?あなたも風邪薬飲んで、早めに寝なさい?」
「で、でもぉ。お酒……」
「ダメです。病人は寝てなくちゃ」
「せめて玉子酒……」
「今は寝るのが一番です。ひき始めが肝心なんです」
「ううっ……お酒、玉子酒……わかめ酒」
●瀬戸由里香の日記より
まったく。
悠理君、熱があるせいか、ボケが進展しています。
でも、よりによってわかめ酒?
さすが由忠さんの子。
血は争えないわ。
そういえば、私も、昔、昭博さん相手に少しだけ……きゃっ(はぁと)
でも、悠理君、誰相手に?
興味は深々。
部屋の向こうから
「誰相手に飲んだんですか!?」
綾乃の詰問が飛んでいますから、白状するのはすぐでしょう。
多分、あの祷子さんって人だと思いますけど。
その間に、遥香さんに連絡しておきますか。
……わかめ酒……今夜、やってみようかしら。
●瀬戸綾乃の日記より
あの祷子って人、どういう趣味の持ち主だったのかしら!?
14歳相手にわ、わか……
あーっもうっ!
許せませんっ!!
近衛は反逆者として、今からでも処刑すべきです!
私が祷子処刑に向け息巻いている間に、お母さんが悠理君の実家に電話してくれました。
お義母様も驚いたそうですが……
「風邪がうつることはないから心配しなくていい」といわれました。
ですから、夜、こっそりと添い寝してあげました。
悠理君は、ずっと寝続けています。
寝顔を見続ける私―――
オトコの子と同じお布団で眠るなんて、初めての体験でドキドキします。
悠理君、体調が体調ですから、それ以上がなかったのはとても残念ですけど……。
そして翌日。
悠理君は、ルシフェルさんが心配だという理由で、朝、自宅へ戻りました。
体調が、朝になったら悪化した様子で、ご飯を食べませんでしたから心配です。
私も午前中はお仕事があります。
心配ですけど、オトコの子ですもん。大丈夫ですよね?
早く良くなって下さいね。
悠理君。
「はいOK!」
その一言でほっとします。
さて。楽屋に戻りましょう。
すると、スタジオの入り口に、背広姿の方が5人位立っています。
普通の仕事の方ではないようです。
目を合わさないように横をすり抜けようとして、止められました。
「瀬戸、綾乃だな?」
「え?は、はい」
無言で出されたのは、普通の人は見慣れない手帳。
近衛府の人です。
スタッフの人も、関わらない方がいいってわかっているみたいです。
近衛府の人がいいます。
「君を徴発する。我々と共に来てもらおう」
ドカンッ!
ドカンッ!
ドカンッ!
連れて行かれたのは、なんと水瀬君の家。
不思議なのは、何度も爆発音が響くことです。
「あれ?瀬戸さん」
車が止まった側には、なんと光信君がいました。
「どうしたんです?」
「ああ。学級閉鎖っていうから、水瀬の所で酒――いや、遊びに来たんだ。さっきお袋さんから事情は聞いた」
石段の側にいたのは、お義母様。
相変わらずお綺麗です。
「あら?連れて来て下さったの?」
「どういうことです?」
「悠君、ちょっと厄介なことになってねぇ……」
「?な、何か悪い病気にでも!?」
「ううん。ほら、あの子、成長が遅いから忘れていたんだけどねぇ……」
「お義母様!」
「大丈夫。数日すればケロッとしているはず。ただ、その間、アレが続くのよ」
すさまじい爆音が悠理君の家から響きます。
「な、何ですか?」
「魔力の制御が効かなくなって、ヘンな形で流れているの。そのせい」
「あの爆発ですか?」
「そう。クシャミする度に攻撃魔法が発射されてるのよ。ビル1個丸ごと吹き飛ばすようなのが」
「ビ、ビル1個、ですか?」
「屋根が吹き飛んでいるから、あれ以上、建物が壊れる心配だけはないけど……」
「全く。あいつは他人に迷惑をかけなければ風邪一つひけんのか!?」
光信君、そのご意見、ごもっともです。
「とにかく、その対策として、あなたに悠君の面倒みてあげて欲しいの。マスコミは押さえますから心配しないで」
「は?」
「あの子の攻撃魔法に対抗できるのは、世界であなただけだから」
「あの、そういうの、むしろお義母様が」
「私がここにいる理由は、別に綾乃ちゃんを出迎えたわけじゃないのよ?」
「え?ま、まさかお義母様でも?」
「そう。だから、妻たるあなたの出番です」
「わ、わかります!妻の出番、なんですね!?―――でも私、魔法なんて使えませんよ?」
「意識的には、ね」
「?」
「ちょっと細工はしてあげます。目をつむって」
目をつむった途端、お母様の指先が額に当たりました。
なんだか、全身が熱くなります。
「はい。いいわよ」
お母様の声で目を開けますが、なんでしょう。体が軽くなったような……。
「これで大丈夫。部屋についたら、羽山君の携帯電話に連絡して頂戴。必要な物資を持っていくから」
私は思いきって、一気に悠理君の部屋を目指しました。
怖いと思うから怖いんです。
怖くない怖くない。
待っているのは夫。
そうです!
事態を変えられるのは、妻の愛だけなんですから!
●水瀬遥香の日記より
案の定、悠君の魔力暴走は、綾乃さんのおかげで中和現象を引き起こし無力化。
事態はこれで一気に沈静。
部屋に戻ったら、悠君、ぐっすり眠っていました。
ふふっ。
この無邪気な寝顔、相変わらず。
必要な手配は全て済ませ、お友達のお見舞いにも立ち会いました。
母親として、こういうのは初めてですが、お友達が息子を心配して訪ねてきてくれるなんて、うれしいことですね。
……まぁ、お友達は、「風邪」といいますが、実は私たちにとっては「小児麻疹」みたいなものだということは、言わないでおいてあげましょう。
感染するものではありませんし。
綾乃さん、本当に甲斐甲斐しく働いてくれます。
やっぱり、綾乃さんでなければ悠理の嫁は任せられませんねぇ。
本当、こういう娘が欲しかったです。
……陛下のバカ。
悠理は女の子にしてくれってあれほど頼んだのに―――
今更、言ってもしかたありませんね。
後は綾乃さんに全て任せることにして、私は、由忠さんの情報攪乱の進捗を確認に行きますか。
●水瀬由忠の日記より
全くあのバカ息子めが!
綾乃ちゃんの能力を使わなければ、病気一つできないのか!?
だいたい、遥香も遥香だ!
綾乃ちゃんが全ての仕事をキャンセルして、3日も行方くらませたなんてネタを潰すのにどれだけ苦労するか考えてみろ!
報道管制かまして、それっぽいガセネタで攪乱して、綾乃ちゃんそっくりな代役用意して弁明会見……こういう時役立つ息子がいないじゃないか!
また本部に泊まりだ。
いかん。
かすみに、今夜のデートのキャンセルをメールしなくては……遥香!?いつからそこに!?何!?し、知らん!かすみなんて女は!
こらっ!首根っこ掴むな!
悠理!
すべてはお前のせいだ!
覚えていろよぉっ!?
……ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!
●ルシフェル・ナナリの日記より
目が覚めたのは9時過ぎ。
いけない。
水瀬君に、私が今、博雅君の家にお世話になっているの、連絡するの忘れてた。