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短編

作者: 木崎 るか

外部入学生の主人公が『噂』をきっかけにクラスメイトと友情を育む(育めているのか?な)お話。そのものズバリのいじめ要素はありませんが一応R15指定にしております。

 教室の空気が悪い。

 理由はわかっている。

 外部入学生(略して外入)の真日向(まひなた) (すばる)

 小中高一貫の正徳館だが、高等部では僅かながら外部入学制度が取り入れられている。

 外入で入ってきても、結局馴染めず辞めていく者も年に数名いるため多くはないのだが、それが馴染めない理由のひとつなのではないかという本末転倒な制度だ。

 もともと中等部からの持ち上がりなので、内部生(外入の反対語)同士の横のつながりも縦のつながりも既に出来上がっているところに飛び込むのだ。

 適応能力は相当の高さを求められる。

 光圀(みつくに)が委員長を務めるクラスにも、一人の外入がいる。

どちらかといえば入学当時の方が違和感なく存在していた。

 それが、どういうわけかクラスメイトの反感を買い、現在クラスの中は険悪なムードが漂っていた。

 険悪なムードの中心地(その対象)が、真日向だ。


 光圀が所用を済ませ教室に戻ると、あらかたの生徒はクラブへと散っていた。

 クラブに在籍していない者は既に帰宅したのだろうが、それでも五人程生徒が一つところに集まって談話中だった。

 しかし、表情を見る限り楽しい内容ではなさそうだ。

 視界におきつつ、光圀が席に戻り帰り支度をしていると、談話していたその中の一人が近づいてきた。


「光圀、あの話聞いたか?」


 聞いたか? と唐突に訊かれても、光圀には何のことかわかろうはずもない。


「なんのことだ」


 問い返せば、木下が不快そうに顔を歪めながら口を開く。


「外入の真日向が正徳館のことを悪く言ってたってやつだよ」


 ふ~ん、と興味無さ気に相槌を打つ。後ろにいる連中を窺えば、光圀がどう答えるかと興味深々といった様子で視線を注いでいる。


「誰が言ってたんだ」


 同意するだろうと思っていたのが逆に問い返され、木下は不思議顔になった。


「誰って、噂になっててみんな知ってるぜ」


 その噂を頭っから信じているようすの木下に首をひねる。


「木下は信じているのか」


「どういう意味だ」


「本人が言っているのを聞いたわけじゃないんだろ」


 確認してくる光圀に戸惑いの表情を見せる。


「そりゃ、確かに。…俺が聞いたわけじゃないけど」


「けど、信じた?」


言葉尻を捕まえて再び返される質問に木下が戸惑いながらも答える。


「そりゃあ、みんな言ってるんだぜ」


 噂を信じているのかと訊いてくる光圀に、納得いかない顔で告げる。後ろの連中も同様に訝しげな表情を浮かべていた。

 光圀は無表情に軽くそうかと頷くと、またも彼らが思いもよらないことを言い出した。


「信じるのは勝手だけど、自分の耳で聞いたわけでもないことを吹聴するのはどうかと思うぞ。噂話なら特に、な。気になるなら本人に聞けばいいし、聞けないならそんなこと軽々しく他人に話すもんじゃない」


「光圀は、真日向は言ってないと思うのか」


 外入の生徒の肩をもつのか、とでも言いた気な木下の口調に、そんなこと知るか! という思いが過ぎったが、まさかそのまま口にするわけにはいかない。少し間をおき、思考をまとめると口を開いた。


「言ったとも言ってないとも思ってない。端に、そんな噂があるのか、と頭の隅に置いただけだ。噂話なんて信憑性のないものに惑わされたくはないからな。自分の耳で聞いたわけでもないのに噂を信じて、それが間違っていたらどうする? それに、誰が何をどう言ったか、思っているのか、なんてのは直接本人と話してみなければわからないだろう? 話す相手によって受け取り方は違ってくるものだからな。俺はその手の話は自分の耳で聞いたことしか信じないことにしているだけだ。噂はあくまで『信憑性のない話』程度に認識しておくことにしている」


 その場の誰もが気まずそうに顔を見合わせた。

 確かに、誰も本人の口から直接聞いたわけじゃない。それ以前に、持ち上がり組みの人間は、まともに会話すらしていない者がほとんどだ。

 真日向の人となりも知らないうちから噂を耳にし、真日向はそういうヤツだという先入観のみで彼を見ていた。

 噂というのは出所が不明なことが多く、誰にも責任が求められないわりにいい加減なものが多いことはこれまでの経験上知っているはずなのに、それを確認しようという者は誰もいず、話だけが一人歩きしているような状況だ。


「あの噂は間違いなのかな?」


 後ろで今までの会話を聞いていた佐々木がぽそりと漏らす。

 光圀は思いがけず時間を費やしてしまったことに溜息をつき、もうわかりきったことだろう、とは思いながらも親切に答えてやる。


「言っておくが、俺には聞くなよ。俺は真日向じゃないからわからない(・・・・・)。本当のことが知りたいなら本人に聞くのが筋だろう」

 




「光圀、入るぞ」


 本田がノックして部屋に入ると、光圀はベッドの横でドアの方に背中を向ける格好で服を身につけていた。

 本田がわざわざ寮の部屋まで来るのはめずらしいが互いに初等部からの付き合いだ、距離のとり方は心得ている。


「お盛んだな。いま出てった一年?」


 ちゃかす本田を振り返って光圀が言う。


「何か用か」


 構わず話を促す光圀に、取り付くしまもないなと肩を竦め、後ろ手にドアを閉めるとそのままドアに寄りかかり腕を組む。


「真日向のこと、なんだけど」


 光圀が続けろ、と顎をしゃくる。


「俺としては教室がざわついてるのって鬱陶しいんだけど。委員長様はどうよ」


「どうもしない」


「放っておくのか」


「週明けには木下たちが動く。しばらくは様子見だ」


 餌は蒔いた、後は釣れるのを待つだけ。

 それ次第では動く必要があるかもしれないが、光圀はあまり結果に対する予測をするのは好まない。

 これからの話をしにきた本田は、既に結果待ちだと答える光圀に呆気に取られる。


「あ、そ。一応手は打ったんだな」


 途端にもう用はないと出て行こうとする背に、光圀があっさりと告げる。


「別に、俺が何かをしたわけじゃない」


 聞こえなくとも構わないと言いた気な口調に声量だったが、それを受けて本田が出て行く脚を止め振り返り、ニヤリと笑う。


「お前は本当に自分のコトを知らないな」


 言いおくと部屋を出て行った。





「本当のところどうなんだろうな」


「まあまあ、いま、木下が呼びに言ってるんだから、来たら話をきけばいいだろう」


「そうだな」


「でも、噂が本当だったらそのときはどうする?」


「憶測と先入観は目を曇らす、か」


「なんだいきなり」


「いや、光圀が言っていたことってそういうことだろ」


「…だな」





 気が重い。

 持ち上がりの多い正徳館ではそう簡単に馴染めるはずはないと思っていた。それ以上に、敵意に近い視線や態度を感じるようになり戸惑ってもいた。

 きっとそれは勘違いなどではない。

 入学当初は気軽に話し掛けてみたりもしたし、それ相応の反応が返って来ていたのに。いまでは話し掛けるなというオーラがクラス中から漂っているようだ。

 全員というわけではない、例外も居ることは居るのだが…。

 普通に話し掛けずらい雰囲気を醸し出している委員長・光圀と、いつもヘラヘラしている本田だ。

 委員長なら何か知っているかもしれないけれど、拒絶されたらと思うと尻込みせずにはいられない。

 全寮制の正徳館では昼食を弁当・学食・売店の三つから選ぶことができる。

 売店は育ち盛りの高校男子にとっては間食程度しか意味をなさない。

 食堂は量は期待できるが、食堂からの持ち出しは不可。

 弁当はといえば、朝から寮監に言っておけば昼には学食前の廊下で配られる。

 メニューは決まっているのだが主菜・副菜・デザートを選択できるようになっている上、できたてを食べることができるため、学食に負けず劣らずこちらも人気が高い。なんといっても食べる場所を選べるのがいい。

 真日向は弁当を持って中庭に来ていた。

 理科棟と教室棟の中間にある場所で一面芝生が植えてある。

 花壇はないが点在している銀杏の木の下にちょこんと座ると弁当を広げた。

 中庭で食事をしている生徒は珍しくない。

 一人で食べている者も結構いるので浮かないというのが、ここを選んだ理由だった。上履きのまま出てもいいというのは魅力的だ。

 昼食の後ゴロリと寝そべれるのもいい。

 最近はここで一人で食べている。教室で食べていたときもあったのだが、なんだか居辛い空気が蔓延していて。教室にいても落ち着いていられるのは授業の時だけだった。

 何か、オレ、悪いことしたかなあと記憶を探ってみても、それらしいことをした覚えはない。

 暗い気持ちを振り払うように頭を振る。


「真日向」


 ふいに呼ばれる声に顔を上げると、そこにクラスメイトを見つけた。

 思いがけない来訪者に瞳を定めると目を瞬かせた。


「なに?」


 話し掛けられるなんて思っていなかった。内心の動揺をおし隠し、何気ない様子で返事を返す。


「飯食ったか」


 蓋を閉じて横に置かれた弁当箱をみて尋ねてくる。


「うん」


「ちょっと付き合え」


 木下が肩越しに親指で理科棟を指してみせる。理科棟に何の用事だろうと首を傾げるが立ち上がると木下の後をついていく。

 校内に入る扉のところに弁当箱の回収ボックスが置いてあるのでそこに弁当箱は返却しておく。

 先を歩く木下は2階に上がると化学室の扉を開けて、真日向も中に入るように促してきた。

 一歩踏み込むと、日当たりのいい窓際のテーブルには先客がいた。4人はテーブルを囲み、ガスバーナーを使って特大のフラスコに入れた水を沸かしている。

 赤石、長柄、城内、佐々木の四人だ。

 見覚えがあるのも当然で、みんな同じクラスの人間だった。

 その横には紙コップが重ねられたまま置いてある。

 不可思議な光景を目の当たりにして、真日向の瞳が釘付けになる。木下がそちらへと真日向を誘導する。


「沸いた?」


 木下がガスバーナーの手前に座っている城内の右に腰をおろすとビーカーを覗き込んで訊く。そろそろだな、と返事がかえってきた。


「真日向」


 呼ばれて、勧められるまま席につくと赤石が紙コップをそれぞれの前にひとつずつ置いていき、長柄は立ち上がると棚から三つのビンを出してくる。

 トントントンとビンを適当に置くと三方から手が伸びてきて、それぞれに蓋を開け揺すっては中の粉を器用に紙コップに入れていく。それを順に時計回りに繰りかえしていった。

 何が始まるのだろうかと興味深々にそれを眺めていると、真日向の向かいに座っていた佐々木がビンを差し出した。


「コーヒー飲める」


 佐々木の柔らかい口調に警戒心は弛む。


「うん。好き」


 目を輝かせてビンを受け取ると危なっかしい手つきでビンを傾ける。見よう見まねでビンを揺すると粉が滑り落ちてくる。


「あまり入れ過ぎないようにね。これだけしかお湯はないから」


 言ってフラスコを指すと笑った。

 特大とはいえ六人でわけると恐らくカップの三分の二くらいの量になるだろう。

 こんな注ぎ方はしたことがなかった。気をつけてビンを揺すったつもりだったが、あっと思った時には既に予想以上の粉がカップの中に落ちている。

 う~と情けない唸りを上げる真日向に五人が揃って噴き出した。


「貸せよ、俺が入れてやる」


 そう言うと隣に座っていた木下が真日向のコップから自分のへと粉を半分ほど移す。


「砂糖とミルクは入れるか」


 頷くと割合は?と聞いてくる。


「3:2?」


 割合と言われても、コーヒーを飲むときに割合を考えたことはなかった。スプーンに換算するとそれくらいかなと考え言う。


「3:2って、相当甘いぞ」


「オレ甘いの好きだから」


「…そうか」


 言ったとおりの量を入れると自分のにはどちらも入れずに隣の城内に渡す。


「木下入れないの!?」


 一瞬戸惑ったような表情を見せた木下だが、ふふと鼻で笑ってみせる。


「俺はブラック」


「うえ~、苦そう」


 い~と苦い物を食べたときの表情そのままで肩を竦めると赤石が俺もブラックだぞと告げてくる。身震いした真日向が笑いに包まれた。

 再びカップを寄せるとハンカチを取り出した城内がフラスコからお湯を注ぎ、長柄が三つのビンを棚に戻した。城内はその間にガスバーナーを止め、三脚台を実験台の下に収納している。


「いいなあ」


 そんな様子を見て真日向がうらやましそうにポツリと呟く。聞き咎めた佐々木が真日向をみつめた。


「なにが?」


 ムッとしたように唇を尖らせ真日向が言う。


「ここってみんな仲いいじゃん。持ち上がり組みっていうの? グループみたいのできててさ。オレ入れねーよ」


 最後の言葉は愚痴になってしまった。

 確かに、持ち上がり組みは中等部から互いに馴染みの顔で、いまさらハジメマシテからはじめる必要がない。

 仲が良いというのは語弊があるが、気兼ねなく付き合える点を思えば、高等部に外部から入学してきた生徒の肩身が狭くなるのもわかる気がする。


「オレ三年もここでやっていけんのかなぁ」


 ぼやく真日向に佐々木がなにか思いついたように訊いてくる。


「真日向、だれかとそういう話した?」


 訊かれて首を傾げる。記憶を辿って宙を彷徨っていた視線がピタリととまる。


「した」


 なんで知ってんの、ときょとんとなった真日向にもしかして、とさらに質問してくる。


「どんな風に」


「えっと、名前忘れたんだけど…髪の毛ふわふわした可愛いカンジのやつと話したんだよ。確か、」


 その時のことを思い出しながら訥々と話し始めた。



 その日は午後から移動教室で、美術室からの教室に戻っているとき―――。


『真日向君、もう学校には慣れた?』


 あまり背の高くない真日向より更に低い目線で訊いてくるのに、どこの小学生が紛れ込んだんだと目を瞠る。

 しかも、睫毛はバサバサ、目はパッチリ、肌は白く、髪は軽くウエーブを描きふわふわと軽やかだ。誰もが一度はその背景に真っ白く荘厳な洋館を見たに違いないと思わせる絵に書いたような美少女、もとい、美少年。

 答えを待つ少年に、気を取り直してこたえた。


『戸惑うことが多くて』


 正直にいう真日向に心配そうに尋ねてくる。


『正徳館、好きになれそう?』


『あー、どうだろうな。三年もてばいいけど』


 冗談交じりに言った真日向に『そう』と、白い肌を更に蒼白にし肩を落として取り巻き集団の元に走って行った。

 何故かうっすらと目じりに涙をたたえて。

 その話をきいた五人が声をそろえて

「それだーーー」と四角い木製の椅子の上、仰け反りガクリと脱力している。異様なほどにシンクロした動きに目を丸くする。


「なに?」


 今日は驚いてばかりだ。


「とりあえず飲もうぜ」


 赤石が、コーヒーが冷める。と手を伸ばすと皆もつられるように手を伸ばした。真日向も自分の分を掴むとごくりと飲む。

 ああ、幸せ。

 なんて幸福感に浸っていると隣の木下がポンと肩を叩いた。

 なんだろうと振り向くと、苦笑いを浮かべ

「悪かったな」と言った。どういう意味かわからずにきょとんと見つめていると、

「ごめんね」と佐々木。

「悪ぃ」と赤石。

「すまん」と長柄。

「悪かった」と城内。

 次々に四人も頭を下げる。

 そろいも揃って微妙に複雑な笑いを含んでいるのが不気味だ。

 困惑している真日向に、みんながことの真相を説明をしてくれた。


「マリアは、あ、マリアってのはその髪ふわふわ美少年のあだ名だけどさ。あいつ人一倍心配性なんだよ」


「真日向のことも気にかけてたしな」


「うんうん」


「だからマリアの仕業、ってわけじゃないから勘違いしないで聞いて欲しいんだけど」


「親衛隊のやつらだ」


「親衛隊?」


 耳慣れない単語に首を傾げる。


「とりまき」


「金魚のフンだ」


 赤石と長柄の散々な言い様に木下が苦笑して説明する。


「マリアはほら、見た目が可愛いだろ」


「うん」


「だから、神経質になっちまう奴らがいるって言うか。護ってやらないと、みたいな? そんなやつらが大勢いんだよ」


「ちょっと過保護なくらいにね」


 冷ややかな笑みを浮かべる佐々木に背筋がゾクリと震えた。

 なんだ今のは。

 他の人間は慣れっこなのか、ただうんうんと頷いている。


「多分、真日向と話した後に落ちこんだマリアを見て、周りの奴らが言い出したんだろうな」


「恐らくそうだろうね」


「えらく話が違ってきてるじゃねーか」


「それはほら、伝言ゲームみたいなもんだから、人づてに話が大きくというか、悪くなっていったんじゃないのかな」


「だな」


「まったく。厄介な奴らだぜ」


「そうはいっても彼らも悪意はなかったと思うし」


「悪意ぃ~、満々じゃねえか、真日向に対してだけど」


 非難の言葉を口にして罵る彼らに真日向は混乱していた。

 真日向が遠慮がちに挙手して口を挟む。


「あの~、なんか段々わからなくなってきたんだけど」


 なにやら話が見えなくなってきた。いや、はじめからよくわからないのだが、五人には通じているらしい。こういうとき疎外感を感じてしまう。

 木下たちは顔を見合わせると、しぶしぶといった(てい)で木下が口を開く。


「ああ、その、お前の噂があってだな」


「噂?」


「だから、その」


 言い澱む木下にどんな、と詰め寄る。


「真日向が正徳館嫌いとか、持ち上がり組みはプライド高いとか、まあ、そんな感じのこと言ってたって噂」


 なお、いい憎そうな木下をさしおいて赤石が教えると真日向が目を見開いた。


「オレ、そんなこと言ってないよ!」


 慌てて否定する真日向にみんな頷く。


「わかってる」


「っつうか、わかった」


「ホントにね。本人に聞くのが一番だ、って光圀の言葉がなかったらまんま噂を信じることになってたもんね」


「そうそう」


「光圀って委員長の?」


「ああ。あいつが噂なんか信じないで本人に聞けっていったんだよ」


「そこまではっきりと言ったわけじゃないけど。まあ、それらしいことをね」


 昼休みの終わりを告げるチャイムがなる。午後の授業が五分後にはじまってしまう。

 赤石が空のコップを集めた。みんなも立ち上がる。


「真日向、俺たちがフォローする。状況を変えるぞ」


「とりあえず、動くのは明日からになるけどな」


「放課後時間取れる?」


 いまの状況を変えるために五人が力になってくれるというのだ。真日向に断る理由はなかった。


「ありがとう」


 感激して素直に礼をいうと、じゃあまた放課後に打ち合わせな。ということで話はまとまった。




 放課後。

 帰り支度を整えた五人+真日向は理科室へと集まった。


「フォローするっつっても、俺たちにできることなんてそんなにないんだけどな」


「え?」


 不安な表情になる真日向に赤石がぼりぼりと頭を掻きむしる。


「違う違う、この問題ってさ、単純な話なんだよ。要はマリアの心配の種がなくなればいいってだけでさ。俺たちにできるのはせいぜいアドバイスすることくらいっつうか」


「確かにな」


「それさえできりゃ、真日向の悪い噂なんてあっという間に消えちまうだろ」


 赤石の案にあっさり四人が頷くのを見て真日向が目を丸くする。


「ホントにそんなんでいいの?」


「疑うのもムリないけど。マリアに関してはそれで十分だ」


「マリアは感情が園児並に単純だから喜怒哀楽がはっきり顔と態度に出るんだ。だから、あとは君の演技力次第ってとこだ」


「演技なんてしなくても、オレ正徳館嫌いじゃないよ。それに、」


 言葉をきって五人を順に見てニッコリ笑った。


「話してみるとみんないい奴だし」




 次の日。

 昼休みにはいってすぐのこと。

 話し合いの結果、大勢の目があるところでやった方が噂を覆すには効果的だろうということでそれは決行されることとなった。

 ほら、行って来いと木下が背中を押す。押された勢いに搾り出した勇気をプラスして駆け出した。


「マリア!」


 思い切って呼びかけるとマリアが振り返る。周りの取り巻きも同様に振り返るのが怖い。視線がちくちくと突き刺さるのを感じながらマリアに向かって足を踏み出した。

 周りの連中は見るな。

 マリア目掛けて突っ走れ。

 と五人が声を合わせて言った理由がわかる。とてもじゃないが、この険悪な空気の中でマリア以外の他の奴らをみることは自殺行為にも等しいかのように思えた。

 放ってはおけない周りの奴らの気持ちも、わかる気がする。


「真日向くん」


 ずんずんと自分に向かって突き進んでくる真日向に驚きと不安の入り混じった表情で見つめ返すマリアは、やはり今見ても最初の印象同様、ふわふわと可愛い。

 正面で立ち止まると、ゴクリと緊張に喉がなる。


「マリア、オレこの学校好きになれそうだ。友達も出来たし、楽しいよ」


 一気に喋った真日向に大きな瞳を更に大きくして茫然とマリアが口を開く。


「ホント?」


 桜色の唇があどけない声で尋ねるのに力強く頷き、後ろを振り返って木下たちがいるのを確認してマリアにVサインしてみせる。

 先ほどまでのおどおどした様子など一欠片も残さず吹き飛ばした満開の笑みでマリアが微笑むと、なんだか空気までパァーっと軽くなったようだ。


「よかった」


 ま、眩しい!

 マリアの後ろから太陽の光が溢れているような感覚に目を眇める。

 こぼれる様な笑みに周りの奴らまで幸せそうな笑顔を浮かべていた。


「真日向くん」


 呼ばれてハッと我に変える。


「僕とも、友達になってくれる」


 頬をばら色に染めて上目遣いにモジモジと聞いてくるマリアはまるで小犬が撫でて欲しくてたまらないとばかりに尻尾を振っているようだ。


「もちろん! よろしくな」


 右手を差し出すと嬉々としてその手を握り返すその手がまた、ぷくぷくと愛らしい。

 高校生がこんなに可愛くていいのか?

 疑問を覚えずにはいられない。





 放課後。

 再び理科室に集まった面々は、軽口を叩きながら同じクラスの実力者達まで順に紹介してくれた。

 いつも無表情で何を考えてるかわからない委員長の光圀忠興(ただおき)

 受けた難は百倍返し本田(なつ)

 一言でシンパの人間が動き出す心配性の摩梨(まり)あつみ、通称マリア。

 すでにマリアの実力は身を持って実感している。


「逆らうなよ」


 と教えてくれたが、それはどうやら言葉通りの意味ではないらしい。特に何かを強要してくることはないが、敵に回すと厄介な存在だという意味らしい。


「光圀ってどんなヤツ?」


「大人」と木下が評すれば、冷ややかに佐々木が

「偽善」と言い放つ。


「怒らせると怖そう?」


 や、そんな疑問形で言われても困るよ、赤石。


「無関心」


 長柄の台詞にあー、そんなカンジと相槌打つと、「まとめ役」と城内がいうのにも納得する。


「つまり、大人で偽善者で怒らせると怖そうな何事にも無関心なまとめ役ってこと? ???」


 自分でまとめておいて首をかしげる。


「えーと。うーん、そうだ! 根拠は? なんでそう思うのか理由があるだろ」


「物事の捉え方の幅が広いからかな」


「なんとなく」


 ニッコリ笑って言うけど、なんとなくで「偽善」と言い切ってしまう佐々木には言い知れぬ怖さがある。


「穏やかなヤツって切れると怖いじゃん。光圀はこう、なんていうか、冷たそう」


「他人のことに興味がなさそうだから」


「委員長だからな」


 まんまだね城内。

 本質を見ようとする木下。

 偏見じゃないかと思うような意見を述べる佐々木。

 感覚で人をみる明石。

 客観的に判断する長柄

 事実をありのままに言う城内。


「ありがと。とりあえず、参考にはなった、かな?」


「疑問形なんだね」と苦笑しながら佐々木。

「テストにでるから覚えておけよ」と冗談交じりに明石。

「すこしずつ慣れていけばいいさ」と至極まともな長柄。

「わからないことがあったら聞けよ」と親切な城内。

「とにかく。噂については急激に収束にむかってるようだから心配は要らないだろう」


 首を捻りながらお礼をいうと五人はそれぞれに違う反応とともに笑顔を返してくる。

 高校生活は始まったばかりだ。

 ようやく一歩を踏み出した真日向も楽しくなりそうな予感に笑みを浮かべた。

噂→勘違い→思い込み みたいなことって結構ありますよね。特に若いときには噂=真実ってなりがち。なので、真相はこんなもんよって話しを書いてみました。

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