サイレントはお好きですか?
前書き
この物語に、心優しい主人公は登場しません。
困っている人を助けることもなければ、世界を救う気もありません。
あるのは、お金への執着と、契約書への異常な信頼。
そして、世界を誰にも気付かれずに書き換える謎の力――「Silent」。
主人公リリアーナは、その力を世界平和のためではなく、自分の利益のためだけに使います。
周りが赤字でも知りません。
仕事は全部押し付けます。
契約書を読まなかった相手が悪いのです。
好感度?
そんなものは利益になりません。
もしあなたが、常識的な主人公や感動の成長物語をお求めでしたら、この作品はおすすめできません。
ですが、「ここまで性格の悪い主人公なら逆に見てみたい」と思ったあなたなら、きっと楽しめるはずです。
それでは――
『サイレントはお好きですか?』
どうぞ、世界一嫌われる悪役令嬢の物語をお楽しみください。
サイレントはお好きですか?
「婚約を破棄する!」
王太子の声が大広間に響いた。
貴族たちは息をのみ、令嬢たちはひそひそと囁き合う。
しかし、婚約者であるリリアーナ・フォン・クロイツは、紅茶を一口飲んだだけだった。
「そうですの。」
「……以上か?」
「はい。」
「引き止めないのか?」
「違約金は?」
場が静まり返る。
「え?」
「契約書第十八条ですわ。婚約を一方的に破棄する場合、金貨一万枚をお支払いいただくと記載されています。」
王太子は青ざめた。
「そんな契約……。」
「読みませんでしたの?」
「いや……。」
「では、あなたのお仕事ですわ。」
執事がそっと顔を伏せた。
また始まった。
リリアーナは誰よりも契約書を愛し、誰よりも他人へ責任を押し付ける悪役令嬢だった。
そして彼女には、誰にも知られていない秘密があった。
視線を少しだけ宙へ向ける。
透明な文字が浮かび上がる。
Silent
彼女だけが触れられる、世界を書き換える管理画面。
「違約金回収率……百パーセント。」
数字を書き換える。
王太子の財布から金貨が消え、リリアーナ家の金庫へ音もなく積み上がる。
誰も気付かない。
まさに、サイレント。
「ありがとうございます。」
「何がだ!」
「ご入金ですわ。」
⸻
翌朝。
「お嬢様!王国の財政が赤字です!」
「そうですの。」
「税収が足りません!」
「そうですの。」
「何かお力を!」
リリアーナは画面を開く。
Silent
王家 財政 赤字
リリアーナ家 利益 黒字
「閉じますわ。」
パタン。
「見なかったことにいたします。」
「助けてください!」
「わたくしの家は黒字ですので。」
「国が滅びます!」
「それは国のお仕事ですわ。」
⸻
数日後。
「お嬢様!この契約書をどうすれば!」
「読みましたの?」
「いえ!」
「では、あなたのお仕事ですわ。」
「ですが、お嬢様が『早く押してください』と……。」
「証拠は?」
「ありません……。」
「では、あなたのお仕事ですわ。」
執事は泣いた。
⸻
昼食。
「お嬢様、本日のステーキは五千ゴールドです。」
「高いですわね。」
Silentを開く。
ステーキ価格
5000G→300G
店の利益
+20%→-95%
「お待たせしました!」
「三百ゴールドです!」
店主は首をかしげる。
「……あれ?なんでこんな値段に?」
「知りませんわ。」
リリアーナは満面の笑みで会計を済ませた。
⸻
午後。
商人が宝石を持って現れる。
「世界に一つだけの宝石です!」
「原価は?」
「え?」
「原価率を聞いております。」
「そ、それは企業秘密で……。」
Silent。
値切り成功率
15%→100%
「では千ゴールドで。」
「そんな!」
「嫌でしたら結構ですわ。」
「うぅ……売ります……。」
「ありがとうございます。」
商人は赤字になった。
リリアーナは満足した。
⸻
夕方。
王宮から使者が駆け込んできた。
「お嬢様!魔王軍が国境へ!」
「そうですの。」
「国王陛下がお呼びです!」
「参加費は?」
「ありません!」
「交通費は?」
「出ません!」
「昼食は?」
「各自です!」
「欠席いたします。」
「国が滅びます!」
「それは国のお仕事ですわ。」
⸻
その夜。
使用人たちは山のような書類を抱えていた。
「終わりません……。」
「会議が三件……。」
「見積書が百二十件……。」
リリアーナはSilentを開く。
仕事量
リリアーナ 100件→0件
使用人 20件→120件
「完璧ですわ。」
「全然完璧じゃありません!」
「役割分担ですもの。」
「全部押し付けてるだけです!」
「その件は担当部署へ。」
「担当部署、お嬢様です!!」
⸻
月末。
会計報告の日。
王家。
赤字。
商人組合。
赤字。
騎士団。
赤字。
王都。
大赤字。
リリアーナ家。
黒字。
黒字。
また黒字。
「お嬢様……王国が滅びそうです……。」
「そうですの。」
「少しは助けようとは思わないのですか?」
リリアーナは静かに紅茶を飲み、微笑んだ。
「皆様。」
「契約書は読みましたの?」
誰も答えられなかった。
「自己責任ですわ。」
その瞬間、王都中から悲鳴が聞こえた。
商人が倒れ、貴族が逃げ、王太子は頭を抱え、国王は胃薬を飲んでいた。
リリアーナだけが、今日も優雅に帳簿を閉じる。
今月も黒字。
それだけが、彼女にとっての正義だった。
そして誰にも見えない画面に、今日も静かに文字が浮かぶ。
Silent
「世界の好感度 0%」
リリアーナは首をかしげる。
「好感度?」
「そんなもの、利益になりますの?」
画面を閉じる。
王国は今日も大混乱。
彼女だけは、いつも通りだった。
あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
普通の悪役令嬢なら、婚約破棄をきっかけに改心したり、世界を救ったり、幸せを目指したりします。
ですが、リリアーナは違います。
「利益になりますの?」
その一言で、すべてを片付けてしまう令嬢です。
周りが赤字でも気にしない。
仕事は全部「あなたのお仕事ですわ。」で押し付ける。
契約書を読まなかった相手には、「自己責任ですわ。」と言い切る。
そして、誰にも見えない『Silent』で今日も世界を書き換える。
そんな、救いようのない主人公を書いてみたら、思いのほか楽しんでいる自分がいました。
この作品は、悪役令嬢を応援する物語ではありません。
ツッコミながら笑っていただけたら、それが一番です。
もし次のお話があるなら、リリアーナはきっと反省することなく、新しい方法で利益を追い求めているでしょう。
「今月も黒字ですわ。」
それでは、また次のお話でお会いできましたら幸いです。




