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『終わらない者の、はじまり』

作者: 赤虎鉄馬
掲載日:2026/04/28

『終わらない者』

 彼は、もう何度目の朝かも分からない朝を迎えていた。

 窓の外では、見慣れない建物が並び、見知らぬ人々が忙しなく行き交っている。だが、それも当然だった。街は変わる。国も変わる。文明も、価値観も、名前さえも。

 変わらないのは——彼だけだった。

 

 不老不死。

 それはかつて、誰もが夢見た“救い”だった。

 老いも、病も、死もない。  永遠に続く時間。  無限に積み重なる経験。

 彼もまた、それを望んだ一人だった。

 

 だが、それは「終わらない」だけで、「満たされる」わけではなかった。

 

 最初の百年は、まだ良かった。

 愛する者と出会い、共に生き、別れを経験する。  悲しみはあったが、それでも人間としての実感があった。

 

 二百年目。

 同じことの繰り返しに気づき始める。  出会い、愛し、失う。

 その循環が、あまりにも規則的で、あまりにも残酷だった。

 

 三百年目。

 彼は名前を変えることを覚えた。  同じ顔のままでは、世界に居場所がなくなるからだ。

 四百年目。

 彼は職業を変え続けた。  知識は増え、技術は極まり、何でもできるようになった。

 だが——どれも、長く続ける理由がなかった。

 

 五百年目。

 彼は、人を愛することをやめた。

 愛は、終わることが前提の感情だったからだ。  自分だけが残る関係に、意味を見出せなくなった。

 

 そして、千年が過ぎた頃。

 彼は、初めて“死にたい”と思った。

 

 しかし、死ねない。

 どんな傷も癒え、  どんな毒も効かず、  どんな事故にも耐える。

 彼は世界に拒絶されることも、受け入れられることもなく、  ただ“在り続ける”存在になっていた。

 

 ある日。

 彼は、小さな少女と出会った。

 

「ねえ、おじさん。どうしてそんなに寂しそうなの?」

 

 唐突な問いだった。

 彼は答えなかった。  答えられる言葉を、もう持っていなかった。

 

 少女は、彼の隣に座り、空を見上げた。

「わたしね、怖いの。いつか、全部終わっちゃうのが」

 

 彼は、わずかに目を細めた。

 

「でもね、お母さんが言ってたの。  終わるから、大事にできるんだって」

 

 その言葉は、彼の中で何かを揺らした。

 

 忘れていた感覚だった。

 終わりがあるからこそ、意味がある。

 失うからこそ、愛しい。

 

 彼は、何千年もかけて、  それを“捨てて”きたのだ。

 

「おじさんは、怖くないの?」

 

 少女の問いに、彼は初めて口を開いた。

 

「……怖かったよ。昔は」

 

 そして、少しだけ笑った。

 

「でも今は……終わらないことの方が、ずっと怖い」

 

 

 少女はやがて成長し、  大人になり、  老いていった。

 

 彼は、そのすべてを見届けた。

 以前なら、距離を置いていたはずの関係。  だが今回は、逃げなかった。

 

 別れの日。

 少女だった女性は、静かに息を引き取る直前、  彼の手を握って言った。

 

「ありがとう。あなたと会えて、よかった」

 

 

 彼は、泣いた。

 何百年ぶりかも分からない涙だった。

 

 

 そして彼は気づく。

 

 不老不死の中で失っていたのは、  時間ではなく——

 「終わりを受け入れる覚悟」だったのだと。

 

 

 彼は、また歩き出す。

 終わりのない世界の中で、  それでも“終わりのある関係”を選びながら。

 

 孤独は消えない。

 だが、それでもいいと思えた。

 

 

 なぜなら——

 その孤独さえも、  誰かと分かち合える瞬間があると、知ってしまったからだ。

 

 

 終わらない者は、  ようやく“生きること”を始めた。

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