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「本当に、貴女は幸せね、セメレ」
麗らかな午後の日差しが差し込む庭園。
王妃である母はうっとりと目を細めて、「貴女ほどに幸せな娘は、この広いアトアレ海を探したって二人といないわ」と微笑んだ。
セメレと同じ金の髪。セメレと同じ青の瞳。強いて違いを言うのなら、母の瞳はセメレよりも深い色をしているというところであろうか。
セメレの瞳がアトアレ海にたとえられるのならば、母の瞳は深海のそれだった。
「王女の身分に生まれ、何不自由なく暮らし、神に見初められることの何と素晴らしいことかしら。ああ、可愛いセメレ。愛しい娘。もうひとりのわたくし。貴女が幸福に恵まれたことが、わたくしにとってどれ程に幸福なことか」
母の手は、そう言ってセメレの髪を撫でた。この頃少し皺の増えたように思う母の指先。優しく触れられて、セメレはくすぐったそうに眉を寄せる。
「私もそう思います。お母様とお父様の子に生まれたことも、ノエトスに選ばれたことも、この上ない幸運だったって」
「ええ、ええ。わたくしに瓜二つのその美貌は、けれど貴女に不幸を与えなかった。わたくしはね、セメレ。何よりもそのことに安心したの」
噛み締めるような言葉だった。セメレはそれに、母の過去を思い出した。
王妃になる前。かつてアトアレ海の至宝と呼ばれた母は、けれどあの頃身分のない娘であった。ただの旅の踊り子であり、その為にいくつもの理不尽な目にも遭ってきたという。
母を突き動かしたのは、理不尽への怒りであり野心であった。こんなところで終わるものかと胸元を掻きむしり、奥歯を噛み締めて生きて来たのだ。とうとう王の御前で踊ることになった時、壮絶な決意を胸に抱いたという。
そうして母は、王妃の座を掴み取ったのだ。
王であった父を籠絡して、王妃になった。最初は愛のない結婚だったという。
けれどいつしか、それこそセメレが生まれた頃から、両親は愛し合うようになったのだ。
「可愛いセメレ。もうひとりのわたくし。愛しているわ。貴女の人生が誰よりも幸福に包まれたものになることだけが、わたくしの夢よ」
優しい瞳で見つめられて、セメレは吐息をこぼすように「……お母様」と母を呼んだ。
すると母は歳を経てもなお輝く美貌でにっこりと、「うふふ」と笑う。
「ね、セメレ。貴女今、幸せ?」
セメレはそれに「はい」と答えた。
当たり前のことを確認するような口ぶりで、明るく笑って「幸せよ」と頷いた。




