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魔性のセメレ  作者: 久里


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6

 


 セメレはたいくつそうに欠伸をした。

 一体過去の私はどうして、こんな面倒な方法で夫を決めようと思ったのか、と不満げに唇を突き出す。


 セメレの夫選定は、二日目を迎えても相変わらずの大盛況。遊び半分で参加する男も多いだけあって、くだらないものを差し出すものも随分居た。

 ぴかぴかの泥団子を差し出されたところで、一体セメレにどんな反応を期待しているのか。


 もちろん、とはいえきちんと黄金で出来た腕輪など、宝物と言っていいものを差し出してくれる者の方が多いのだれど、どうにもパッとしないのだ。

 仮にもカノスの国は大国と呼ばれる国。差し出されるどれも、似たようなものは宝物庫にもセメレの衣装部屋にもいくらでもあった。『最も貴重で、最も美しいもの』と言うには、ありふれているように感じられてしまうのである。


「どう?セメレ。少しは気に入るひとはいた?」

「ううん……。それが、何でかちっとも興味を持てないの。どんなものも、どんな方もありふれて見えてしまって」

「まぁ、そうなの?それでは大層たいくつでしょう。可哀想に……」

「こうしてみれば、確かに表情にも随分と疲れが見える。次の男を見たら一度休みを入れよう。男どもなど待たせておけば良い」

「ええ、ええ。陛下の仰る通り。私達の可愛いセメレの方が、ずっと大切だわ」


 母の柔らかな指先に頬を撫でられて、セメレはくすぐったそうに苦笑した。両親は相変わらずセメレに甘く優しく、些細なことでもよく気遣ってくれる。

「じゃあ、そうします」とセメレが答えれば、それが良いそれが良いと頷いてくれるのだ。


「さて、では早いところ済ませてしまおう。次の男を………。うん?」

「あら」


 と、その時だった。現れた人影に両親が思わずといったように反応する。そこに現れたのは宰相であったのだ。


 セメレもまた、パチパチと目をまばたく。ありふれた茶色の髪。糸目の瞳。ばさばさとかさばる服を着て、見るからに怪しくて、よく子供に泣かれているのを知っている。けれどその実ずいぶんと人付き合いが下手なだけの、かなり不器用な父の服心。


 セメレが幼い頃から、国政に戦争にと忙しくしていた。だからセメレが彼と関われた機会はそう多くなかったけれど、暇がある時はセメレと遊んでくれていたことを覚えている。

 セメレがどんな悪戯をしても怒ることなく、むしろ嬉しそうに笑うから、ちょっと気持ち悪いかもと思っていたのだ。遠征に出るたびお土産をくれるから、嫌いではなかったけれど。


「おお。何だ宰相、お前も参加していたのか」

「ええ、陛下。王女様は随分とお疲れのご様子。早くにこの夫選定を終わらせるため、この宰相、馳せ参じてございます」

「ははは!随分な自信だな!さて、それではお前は一体、何をセメレに捧げようというのだ?」


 にこにこと、相変わらず胡散臭さが物凄い笑みを浮かべて、宰相は「こちらを」と何かの箱を差し出した。恐らくはその中に宝物が入っているのだろう。


 父は相変わらず宰相を厚く信頼していて、「それは何だ?」と興味津々といった様子で尋ねる。

 しかしセメレはというと、やはりどうにも期待できない様子で、ぼんやりとそれを眺めていた。


「天上の絹糸、そして美を司る神イルミスの髪を織り合わせた布地にございます。これをこの宰相、王女様に差し上げたく!」

「……え?」

「───そしてどうか、カノスの王女セメレ。このノエトスを、貴女の夫として認めていただきたい」


 瞬間、空気が変わる。この国の宰相の参戦に浮き足立っていた観衆が、一気に静まり返ったのがわかった。

 セメレがハッとして顔を上げて目を見開く。ノエトスはそうして静かに微笑み、本性をあらわにする。


 襟足が長く伸びた新緑の髪。目を奪って仕方がない黄金の瞳。最高神の系譜であることを、最高神を母に持つことを示す神の瞳。


「王女セメレ。貴女が頷いてさえくれるのなら、この布地も、黄金の羊毛も、私の神威を示す運命の天秤も、何であろうと差し上げる」

「………宰相?」

「……どうか、頷いてください王女様。僕は貴女の夫になりたい」


 いつも貼り付けたような笑み。胡散臭くて仕方がなかった男が、けれど今は切実ささえ滲む瞳でセメレを見上げた。

 人にはあり得ない、あまりにも精巧な、美しい要望。人にはあり得ない、いっそゾッとするほどの神気。


 神様。この世界で最も特別な存在が、セメレの為に傅いてくれるというあまりにも特別な状況に、セメレの頬が色付いていくのがわかった。心の臓が強く高鳴っているのがわかった。


 ノエトスは、セメレのことは何も視えない。けれどずっと見てきたのだ。セメレが好きなものも、セメレが好きな状況を作って、セメレの好きなことだって知っている。


「ああ……」


 感極まったように、セメレがほう、と声をこぼした。

 果たして、ノエトスは選ばれた。セメレの側にいるための、一番都合がいい立場を、そうして手に入れたのだ。







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