第4話 不穏な会話とネビュラとレビュラ
「アレンくん、じゃあ寮に案内するね」
「ありがとうございます」
「――あっ、しまった。職員室に忘れ物だ。少し先に行っててくれるかい?」
「え? あ、はい……分かりました」
そう言うとベルダ先生は、廊下の角を駆け足で曲がっていった。
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「失礼します……」
校長室に戻ったベルダは、扉を閉めるなり切り出した。
「……ひとつ、お聞きしてもよろしいですか、校長」
先ほどまでの軽薄な雰囲気は影を潜め、眼差しは鋭く、どこか揺れている。
「なんだね」
校長は書類から目を離し、静かに応じた。
「私は彼を見た瞬間、どうしても放っておけないと感じました。
ですが同時に……あの事件を思い出さずにはいられなかった」
一瞬の沈黙。
校長は視線を外し、窓の外へと目を向ける。
「確かに、あの事件は忘れてはならない」
低く、重い声だった。
「だが君は――その場にいなかっただろう」
ベルダの唇が、きゅっと結ばれる。
「……ええ」
「それに、彼を自分のクラスに入れたいと言ったのは君だ」
校長はベルダを真っ直ぐ見据えた。
責めるでも、諭すでもない。ただ事実を突きつける視線。
「なぜだ?」
ベルダはしばらく黙ったまま、拳を強く握り締めていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……信じてみたいんです」
声は、わずかに震えていた。
「あの事件があったからこそ。
もう一度、間違えたくない……それだけです」
校長は何も言わなかった。
ただ静かに目を細め、その覚悟を測るように見つめている。
やがて――
「……そうか」
それだけ告げた。
ベルダは深く一礼する。
「失礼しました」
声はまだ微かに揺れていたが、そこに迷いはなかった。
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廊下で待っていたアレンの前に、ベルダが戻ってきた。
「やぁ、お待たせ」
「……随分遅かったですね。何を探してたんです?」
「いやぁ、それが見当たらなくてねぇ……僕のメガネ」
「メガネなんて、最初から掛けてませんでしたよね?」
一瞬、間が空いた。
それからベルダは、にやりと笑う。
「おや、そうだったかな?」
思わず、アレンの口からため息がこぼれた。
だが、その他愛ないやり取りのおかげで、胸に張り付いていた緊張が、ほんの少しだけ和らいでいく。
「そういえば、記憶がないんだって?」
「はい……そうなんです」
「なるほどね〜。なら、少しだけ話しておこうか」
「?」
「この世界では、ネビュラという能力を持つ者が百人に一人いると言われている。
そのネビュラを磨き、レビュラへと進化させ、戦力を育てる――それが僕らの仕事なんだ」
「ネビュラ? レビュラ? 前から思ってたんですけど……なんですかそれ」
「君はディアセントの話しか聞いてなかったか」
ベルダは軽く頭をかきながら続ける。
「ネビュラっていうのはね、火、氷、植、土、雷――この五属性を扱える能力のこと。
この世界の戦闘能力の基本だよ」
「はぁ……」
正直、半分も理解できていなかった。
「で、レビュラっていうのは、その五属性のうち一つを極める代わりに、他の四つを失う形態だ」
「それって、デメリットじゃ……」
「確かにそう思うかもしれない。
でも、この五属性には人それぞれ“適性”がある。自分に一番合うものを選び、極める。
それが、ここで学ぶ意味なんだ」
「じゃあ、僕は何を……」
「本質は同じだよ」
「?」
「ディアセントは、五属性に属さない概念系の力。
でも、元を辿ればレビュラの進化の果てに生まれたとも言われている。
学んで無駄になることはないさ。肉体訓練もあるしね」
ベルダは、いつもの軽い笑みを浮かべた。
「そうなんですね……」
「おっと。話してるうちに、もう寮だ」
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寮は想像以上に広かった。
大きなベッドに机、パソコン、テレビまで揃っている。
「いいでしょ〜? うちの寮。結構、快適なんだよ〜」
「……凄いですね」
「改めまして。ようこそ、レグナス学園へ。
早速で悪いんだけど、明日は授業じゃなくて任務が入る予定だから、よろしくね〜」
そう言い残し、ベルダは走り去っていった。
「……来たばかりで任務? というか、学園で任務って……先にそっちを説明してほしかったな...」
小さく呟きながら、ベッドに腰を下ろす。
こうして――
僕の学園生活は、静かに幕を開けた。




