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第3話 僕の進む道

目を覚ますと、窓から差し込む朝日が、瞼の裏を優しく照らしていた。

 柔らかな布団の感触。木造の天井。


 昨日までの出来事が、まるで夢だったかのように思える。

 あの怒鳴り声も、涙も、崩れた建物も。


 すべてが、遠い世界の出来事のようだった。


 ――コン、コン。


 控えめなノックの音。


 扉の向こうから足音が近づき、ゆっくりと開かれる。


 現れたのは、昨日、僕を庇ってくれたあの男だった。

 壮年の、穏やかな顔立ち。だが、その奥には、深い悲しみが宿っている。


「もう起きていたか。……体の調子はどうだ?」


「ええ。少し……重いですけど、なんとか。」


 彼は小さく頷き、椅子に腰を下ろした。


 部屋に、言葉にできない沈黙が流れる。

 何を言えばいいのか、分からなかった。


「……君には、礼を言わなければならない」


「礼……?」


 男は、深く息を吸い込む。


「あの十五年前の夜。妻だけでなく、娘まで失っていたら……俺は、きっと立ち直れなかった」


 声が、わずかに揺れる。


「だが、君があの子を救ってくれた。

 君のおかげで、俺は“まだ生きていていい”と思えたんだ」


 その瞳には、消えない痛みと、静かな熱が宿っていた。


「だから今、俺は――君のように、誰かを救いたいと願って、この仕事をしている」


 胸の奥が、締めつけられる。


「……僕には、そんな記憶がありません」


 絞り出すように言うと、男は目を見開いた。


「誰を救ったのか。なぜここにいるのか。ここがどこなのか……

 何も、思い出せないんです」


「……そうか」


 男は、悲しげに微笑んだ。


 それでも、その眼差しに宿る信頼は、揺らがなかった。


「君の中には、確かに“あの時の君”がいる。

 たとえ記憶を失っていても、それは変わらない」


 そして、静かに続ける。


「だから――頼みがある」


 その声は、低く、真剣だった。


「今、この世界は再び“闇”に蝕まれつつある。

 かつての魔王の残滓が、別の形で蘇り始めているんだ」


「……」


「私の知り合いが、十五年前の悲劇を二度と繰り返さないため、

 “魔物討伐の育成学校”を運営している。

 君の力が、どうしても必要だ」


「僕の……力?」


「君の力は、ディアセントと呼ばれている」


「ディアセント……?」


「ああ。

 この世界では百人に一人。十五歳でネビュラと呼ばれる能力に目覚める。

 火、氷、植、土、雷――五つの属性だ」


 彼は静かに説明する。


「だが、君の力は、そのどれにも属さない。

 概念そのものに干渉する、極めて稀な能力――それを持ち生まれてくる者をディアセントという。」


「……」


「学園にも数人いるかどうか。

 君の力は、大きな武器になる。

 だが同時に、君自身を苦しめるかもしれない」


 彼は、ゆっくりと手を差し伸べた。


「過去を取り戻すためにも、学園で学び、共に戦ってほしい」


 僕は、ほんの少しだけ考えた。


 ――過去。

 ――あの涙。

 ――響いた声。


 すべてが、記憶の向こうにある気がした。


「……行かせてください」


 僕は、その手を取った。


 男は、静かに頷く。


「ありがとう。

 君なら、きっと――また誰かを救える」


 それが、僕の新しい始まりだった。


━━━━━━━━━━━━━━━


「ねぇ、先輩。

 あなたの娘さん……十年前に亡くなったんですよね?

 それなのに、どうして……」


「世の中には、知らない方がいいこともある」


 彼は低く、静かに告げた。


「覚えておけ」



 学校は、郊外の丘の上にあった。

 灰色の雲の下、古い石造りの校舎が、静かに佇んでいる。


 中へ入ると、すぐに一人の老紳士が現れた。

 長い白髪と深い皺。しかし、その瞳は、研ぎ澄まされた刃のように鋭い。


「君が――例の少年か。

 私はレグナス学園の校長だ」


「……今日からお世話になります」


 校長は、ゆっくりと歩み寄り、僕の前で立ち止まる。


「君の中には、“何か”が眠っている。

 とても静かだが……底が見えん」


 わずかな恐れと、興味が混ざった声。


「覚悟はあるか?

 力を学ぶということは、自らの過去と向き合うことでもある」


「……はい。失われたものを、取り戻したいです」


 校長はしばらく沈黙し、やがて小さく微笑んだ。


「そうか。

 君のような目を、昔にも見た気がする」


「昔……?」


「いや、独り言だ。

 ――歓迎しよう、少年」


 その笑みの奥に、“何かを知る者”の影が揺れた。



 校長室を出ると、廊下の先で、誰かが大きく手を振っていた。


 柔らかな茶髪に、白衣のような上着。


「やあやあ! 君が噂の転入生くんか!

 私は担任のベルダ先生だ! よろしく!」


 あまりにも軽い。


 戸惑う僕の肩を、彼はぽんと叩いた。


「大丈夫! うちのクラスは優秀で、みんな良い子ばかりだからね!」


 その言葉を、僕は素直に信じた。


 ――その時までは。



 教室の扉を開けた瞬間、空気が変わった。


 冷たい視線。

 張りつめた沈黙。


「はいはーい!

 みんな、新しい仲間だよー!」


 ベルダ先生の声だけが、やけに明るく響く。


「……今日からこのクラスに入ります。よろしくお願いします」


 静寂。


 拍手をしてくれたのは、数人と先生だけだった。


 他の生徒たちは、皆、まるで化け物を見るかのような目で、僕を見つめていた。



 ――どうして、俺はこんなにも恐れられているんだろう。


 それが、この場所で抱いた、最初の疑問だった。

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