第2話 その正体は
目を覚ますと、ぼやけた視界の中に、二人の大人の男が立っていた。
呼吸をするたび、肺の奥が軋む。喉が焼けつくように痛い。
体が動かない。
指先すら、思うように感覚が戻らない。
まるで、自分の身体が内側から崩れていくような――そんな奇妙な感覚だった。
「……なんだ、子供か? 一体どうして……いや……君は……」
低い声。
僕を頭の先から足元まで、隙なく観察している。
だが、もう一人の男は、眉をひそめ、険しい視線を僕に突き刺していた。
「待て……何かがおかしい。
さっきまで、確かに――とてつもない力が、この場所を満たしていた。
だが、俺たちが来た途端に消えた……」
男の声が、わずかに震える。
そして、何かに気づいたように、息を呑んだ。
「……まさか。本当に復活したのか……魔王が……!」
空気が、張りつめる。
男の顔が歪み、怒りと憎悪が一気に噴き出した。
「俺は……魔王のせいで、何もかも失ったんだ!
家族も……居場所も……ただ平和に暮らしたかっただけなのに!!」
声が、爆発する。
風が荒れ、空気が震え、瓦礫がわずかに揺れた。
「忘れもしない……十五年前。
数えきれない犠牲を生んだ、あの悪夢を……!
勇者が終わらせたはずなのに……街はようやく復興したのに……!」
男は、歯を食いしばる。
「だが……人の心は、戻らない!
失ったものは、返ってこない!
全部……全部、お前のせいだ!!」
怒りの視線が、刃のように突き刺さる。
もう一人の男は、言葉を失ったまま、ただ僕を見つめていた。
まるで、何かを必死に探すように。
息が苦しい。
喉が焼ける。
それでも、絞り出すように、声を紡ぐ。
「……たすけて……」
一瞬、世界が止まった。
「何が、助けて、だ!!」
怒号が、鼓膜を叩き潰す。
「お前は、そうやって叫ぶ人たちを、笑いながら殺したんだろうが!!!」
頭の奥が、ぐらりと揺れる。
それは、怒りでも、憎しみでもない。
――喪失から生まれた、魂の叫びだった。
「【レビュラ……解放!!】」
男が叫ぶ。
だが、その瞬間。
「……待ってくれ」
低く、震える声が、割って入った。
「俺は……彼を知っている。
彼は、魔王なんかじゃない。
彼は……俺の、知り合いだ。魔王は、人間じゃない」
沈黙。
怒りに満ちていた男の拳が、空中で止まる。
「……何を、言っている……?」
割って入った男の頬を、涙が伝っていた。
僕には、何も分からなかった。
なぜこの人が泣くのか。
なぜ、あの人は憎しみを向けるのか。
そして――自分が、何をしたのか。
「そんなことは関係ない!
この力は、間違いなく魔王のものだ!!」
「ここは……俺に任せてくれないか」
「……いや、こいつは……!」
「頼む」
その一言に、男の肩が、わずかに震えた。
長い沈黙ののち、男は深く息を吐く。
「……分かりました」
そう言うと、彼は一歩退いた。
もう一人の男が、静かに近づき、膝をついて視線を合わせる。
「初めまして。
銀色の髪に、赤い瞳……間違いない。君だったんだね」
その声には、優しさと、懐かしさと、そして深い悲しみが混ざっていた。
僕には、感謝される覚えなんて、何ひとつない。
それなのに――
胸の奥が、痛いほど熱くなった。
自分の過去に、何があったのか。
それを思い出すことが、彼にとって、
そしてこの世界にとって――
計り知れない絶望となることを、彼はまだ知らない。




