エピローグ2 僕にできること。
僕は、また宿屋のベッドで眠っていた。
だが、目を覚ました瞬間、はっきりと分かる。
――もう、僕には何もない。
仲間も。
希望も。
あるのは、胸の奥にぽっかりと空いた虚無だけ。
ただ、息をしているだけの日々。
生きているというより、死ねずにいるだけだった。
そんな生活が、三か月続いた頃。
街で、ある噂を耳にした。
――明日、勇者たちが魔王討伐へ向かうらしい。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわめいた。
嫌な予感。
根拠なんてない。
だが、僕の中の何かが、必死に警告していた。
――行かなきゃ。
そう思った自分を、すぐに嘲笑する。
今さら、僕に何ができる?
誰も救えなかった。
それどころか、弱さを他人のせいにして、逃げ続けてきた。
それでも――
なぜか、身体は動いていた。
⸻
雨が降っていた。
五年前。
魔王軍の襲撃で、僕は家族も、幼馴染も失った。
僕と幼馴染の〇〇〇は、必死に逃げ続けていた。
だが、行き止まりだった。
目の前は崖。
背後から、魔王軍の足音。
「アレン。絶対に、生きて」
〇〇〇は、震える声で、けれど微笑んだ。
「魔王を倒して。平和な世界を作って……
その時、私を迎えに来て」
次の瞬間。
〇〇〇は、僕を突き飛ばした。
「〇〇〇!!!!!」
落ちていく僕の視界の先で、
彼女は魔王軍に捕らえられ――
そして、命を奪われた。
生き残ったのは、僕だけだった。
⸻
その後、偶然出会った勇者に、僕は頭を下げた。
――仲間にしてください。
居場所が欲しかった。
生きる意味が欲しかった。
こうして、僕は勇者パーティーの一員になった。
僕にできることは、ただ一つ。
魔王を殺すこと。
そして、仲間を――勇者を、死なせないこと。
立ち止まっている暇なんて、なかった。
僕は、魔王の城へと走った。
⸻
辿り着いたのは、最後の門。
だが――
そこでは、すでに戦いは終わっていた。
勇者は、魔王を倒していた。
……そのはずだった。
見えた。
魔王の身体から、黒い何かが溢れ出し、
勇者へと向かっていくのが。
【止めろ……】
誰かの声が、心の奥で響いた。
考えるより先に、身体が動いていた。
気づけば、僕の中から、黒い力が噴き出していた。
「アレン!?」
叫び声。
僕は、魔王の魂を掴み取り――
そのまま、自分の中へと引きずり込んだ。
全身が侵食される。
肉体が、魂が、壊れていくのが分かる。
「アレン!! 何をしている!! それは――!」
「殺して!!!! 僕を!!!!」
「……アレン? 何を言って……」
「魔王は、まだ死んでない!
このままじゃ、誰かに乗り移って復活する!!
今、僕を殺さなきゃ……終わらないんだ!!」
「だが……」
「世界を……救って!!!!」
勇者は、歯を食いしばり、剣を握り締めた。
「……ありがとう、アレン」
その瞳には、涙が浮かんでいた。
⸻
こうして、アレンは死んだ。
魔王と共に。
不思議と、心は軽かった。
確かに救えた。
勇者を。
世界を。
それだけで、十分だと、思いたかった。
だが――
救えなかった人の方が、あまりにも多すぎた。
安堵と後悔。
相反する感情が、胸の中で、静かに揺れていた。
⸻
「……勇者様。アレンは……」
「アレンは――」
勇者は、震える声で答える。
「この世界を救った、英雄だ」
しばらく沈黙した後、語り始めた。
「あの日、僕は少女に声をかけられた。
あの村の、唯一の生き残りだった」
「魔物に襲われたところを、アレンが助けたと言っていた。
何度倒れても、彼は立ち上がり続けたと」
「アレンは……弱くなんてなかった」
剣を胸に当て、勇者は誓う。
「必ず、アレンを救う。
この命に代えても、必ず」
「私たちも手伝います」
仲間たちが、前へ出る。
「彼に酷いことを言った私たちも……
もしかしたら、アレンに救われていた命だったのかもしれません」
「自分たちの弱さが、許せない。
必ず……アレンを救いましょう」
「ああ……必ずだ」




