第16話 月夜と君へ
落ちたくない。
「誰か……助けて……」
そう叫ぶと、いつも誰かが僕の手を取ってくれる。
満月の夜。崖から落ちそうになる僕を、月の光の中で。
顔は見えない。
ただ、その手だけが――
今まで生きてきた中で、一番あたたかかった。
今日もまた、その夢を見る。
もう、生きたいなんて思えないはずなのに。
理由は分からない。あの日から、あらゆることに関心がなくなった。
楽しいとも、悲しいとも思えない。
なのに夢の中の僕は、必死に助けを求めている。
ねぇ、そこにいる君は何を知っているんだ。
僕の失くした記憶を、どこに置いてきたの。
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今日も僕は虚無を生きる。
いや、違った。
――こんな僕に、ひとつだけ「気になる存在」ができた。
アレンくん。
彼が転入してきた日から、なぜか目が離せなかった。
多分、強いから。
彼はディアセントらしい。
概念系の能力をもつもの。
でもそれだけじゃない気がした。
その日から、僕は彼を見続けていた。
理由は分からない。ただ、特別に思えた。
クラスの人たちが彼のことを噂している時も、
聞かれていないのに、僕は口を開いていた。
「僕は興味あるよ。彼に」
自分でも驚いた。
まるで、考える前に言葉が出たみたいだった。
僕は彼の行動を、無意識のうちに記録していた。
誰かのために動く姿。
傷だらけでも前に進む背中。
だがある日、背後から声をかけられた。
「ねぇ……何してるの……?」
「え……だれ……?」
「レミア。同じクラスでしょ……」
「あぁ……ごめん……」
分からない。
彼以外に、興味も関心も持ったことがなかったから。
「……ただ、彼を見てただけだよ」
「アレンくんのこと?」
「うん……」
「そっか……頑張れ!」
そう言って、彼女は去っていった。
なぜ、君はあんなに悲しそうな声だったんだ。
なぜ、それを押し隠して、僕を励ましたんだ。
レミア。
君のことも、知りたいと思った。
これが、僕が再び「興味」を持てた理由。
他人から見れば、きっとおかしい。
でも、経緯なんてどうだっていい。
僕が、誰かに興味を持てた。
それだけで、十分だった。
気づけば、僕は彼の前に立っていた。
考えることを忘れて、口が勝手に動いていた。
「ねぇ……アレンくんだよね。
教えてくれないか?――強さを」
月夜の下で、
止まっていた僕の時間が、静かに動き出した。




