第13話 悲しみの連鎖と静寂
《アリア……》
《ママ……ママ!!》
アリアは、巨大な母の胸元にしがみついた。
《ごめんね……悲しい思いをさせて……ごめんね。
守ってあげられなくて……ごめんね。
もっと生きさせてあげられなくて……》
《私は……ママがいない方が、ずっと辛いよ。
ママが傷つき続ける方が……ずっと、ずっと辛いから……》
母は、アリアを強く抱きしめる。
二人の頬から、涙が零れ落ちた。
《ママ……本当に、人間でも優しい人はいたよ。
ママの言う通りだった……》
《ええ……そうね。
あの人……どこか見覚えがある。
私を助けてくれた、あの人間かもしれない……》
《あの人が……》
母は、穏やかに微笑んだ。
《生まれ変わっても……また、ママの子供になれるかな……
大好きだよ……離れたくないよ……》
《当たり前でしょ。
あなたは、私の子供なんだから……
愛しているわ。アリア》
二人の身体が、淡い光に包まれていく。
泡となり――静かに、消えていった。
⸻
泡が、海を満たしていた。
静かで、温かく、どこか懐かしい光。
戦いの余韻も、怒りも、悲しみさえも、すべてが遠くへ流れていく。
そこに残されたのは、ただひとつ――
命の終わりと、絆の残り香。
――アリアは、もういない。
アレンの腕の中で、残された魔力の闇が、ゆっくりと霧散していく。
海は静まり返り、まるで祈りを捧げているかのようだった。
その前に、アイネが立つ。
【ネビュラ解放】
瞬間、彼女の手に緑色のオーラが宿る。
五属性の一つ――植。
それは植物を操る力ではない。
再生と治癒に特化した、生命の属性。
植物には、傷を癒す力を持つものが多く存在する。
そのため、回復を司るこの力は「植」と呼ばれている。
アイネの手が、アレンの身体に触れる。
傷が、ゆっくりと塞がっていく。
「……ありがとう、アイネ」
「私は……これくらいしか出来ないから。
終わったんだから……少しは、前を向きなさいよ」
「……」
そこへ、コウキが戻ってくる。
「……終わった、のか?」
呟きは、どこか現実感を欠いていた。
アレンは答えず、ただ視線を前に向ける。
崩れた祭壇の傍に、サナとセイがいた。
「なぁアレン……俺……」
コウキが言いかけた、その時。
「……待ってくれ……あれ……」
アレンの声に、皆の視線が集まる。
セイの身体が、膝から下、ゆっくりと透け始めていた。
泡が、彼の肌から零れ落ち、海中へ溶けていく。
「セイ……?
なんで……なんで消えていくの……?」
サナの声は、震え、掠れていた。
セイは、静かに微笑む。
「僕も……あの人魚の血を取り込んだ。
その力が消えた今……僕も、泡に還る運命なんだと思う」
「……そんなの、嫌……!」
サナは首を振り、涙を溢れさせる。
「あなたがいなくなって……私の未来には、何も残らなかった!
あなたがいない人生なんて……最低だった……!」
叫びは、胸を引き裂くようだった。
セイは、そっとサナの手を取る。
消えかけた指先が、彼女の温もりを確かめる。
「……ごめんね。
でも……最後は、君の手の中で眠りたい」
「……っ」
「一人で死ぬより……君に抱かれて、終わりたい」
「……そんなの……」
涙に濡れたまま、サナは震える手を、セイの胸へ当てた。
微かに、鼓動が伝わる。
「……また、生まれ変わったら……会えるかな……?」
セイは、ゆっくりと頷いた。
「うん。
必ず迎えに行く。今度こそ、君を幸せにする」
そして、静かに微笑む。
「……またね」
その瞬間、彼の身体は光の粒となり、泡と共に溶けていった。
サナは、その場に崩れ落ち、泣き崩れる。
アレンは、そっと背中に手を添えた。
言葉は、出なかった。
ただ、胸の奥が、痛かった。
⸻
――人魚の国は、静かに崩れ始めていた。
アリアの犠牲。
セイの想い。
母の愛。
すべてが、海と共に還っていく。
泡が昇るたび、誰かの微かな笑い声が聞こえた気がした。
それは、優しく、懐かしい――別れの声。
「……行こう」
アレンの言葉に、仲間たちは静かに頷いた。
背後で、海底都市が光の粒となって消えていく。
浄化されるように、穏やかに、静かに。
そして、海面に戻った彼らを包んだのは、暖かな陽光だった。
まるで、すべてを見届けた誰かが、微笑んでいるかのように。
サナは、空を見上げ、そっと囁く。
「……またね、セイ」
波が寄せ、泡がひとつ弾けた。
それは、彼の返事のようだった。




