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第12話 不死と犠牲。正解なんてない。

濁流のような衝撃が水底を走り抜けた。

アレンの放った黒い奔流が、深海の闇を切り裂く。


間髪入れず、拳が巨大な生命体へと叩きつけられた。


「――ッ!!」


鈍い衝撃音と共に、巨体が大きく吹き飛び、岩壁へと叩きつけられる。

遅れて、血が水中に広がった。


腹部は深く抉られ、鱗と肉が裂け、内臓が露わになっている。


「……やった……?」


喉が鳴った。

確かな手応え。致命傷――そのはずだった。


だが。


ぐちゅり、と。


不快な音と共に、裂けた肉が蠢いた。

盛り上がる肉、繋がる骨、元の位置へ引き戻される内臓。


血は逆流するように消え、数秒も経たぬうちに、腹部は完全に塞がっていた。


「……な……」


言葉が、喉で途切れる。


魚人の王はゆっくりと身体を起こし、愉快そうに笑った。


「ふはははは!!

見たか、人間! それが人魚特有の力……“不死”だ!!」


嘲笑が水中に響き渡る。

まるで深海そのものが、彼の勝利を祝っているかのようだった。


「どれほど力を持とうと、私の最高傑作に意味はない!

人魚共の血を永遠に奪い続け、その果てに生まれたこの化け物は――

何度壊されようと再生する、“完成形”なのだ!!」


アレンの肩が、わずかに震えた。

魔王の力を解き放った右腕は黒く焦げ、蒸気を上げている。


――確かに、斬った。

――確かに、殺せるはずだった。


それでも、意味がなかった。


「……そんな……」


その瞬間――


「お母さん!! やめて!!」


アリアの叫びが、深海を震わせた。


「アリア!? なんで――!?」


その後ろには、サナとアイネの姿もある。


巨大な母の亡骸が、わずかに動いた。

魚人の王が眉をひそめる。


「……何だ?」


ほんの一瞬の変化。

だがアリアには、はっきりと見えた。


――母の指先が、震えている。


何かを、掴もうとするように。


「やめろ……! 貴様、何をしている……!!」


次の瞬間。


巨大な腕が伸び、魚人の王の身体を掴み取った。


「や、やめろ!!

俺はお前を作ってやったのだぞ!!

この私に逆らうというのか!!」


叫びは、怒りではなく恐怖だった。


返事はない。

ただ、腕が締まる。


骨が軋み、肉が潰れ、悲鳴は泡となって弾ける。


「ぐあああああああああああああッッ!!!」


それが、魚人の王の最期だった。


やがて、静寂が訪れる。

泡だけが、ゆっくりと水面へ昇っていく。


誰も言葉を失っていた。


ただ――

アリアだけが、呆然と母を見上げていた。


だが。


母の身体から、濁った黒い光が溢れ出す。

その瞳には、もはや理性がなかった。


暴走。

魂を失った“器”が、残された力を暴発させようとしていた。


「……嘘、ママ……?」


震える声が、水中に溶ける。


次の瞬間、巨大な腕が振り下ろされ、岩を砕き、建造物を押し潰す。


「危ない!!」


アレンが叫び、皆を突き飛ばす。


「ぐッ……!!」


その身体が、軽々と吹き飛ばされた。


「アレン!!」


サナが駆け出そうとするが、激流に阻まれる。


その時――


「……アレン……こっちに……きて……」


かすれた声。


振り向くと、そこにいたのはセイだった。

身体は崩れかけ、今にも消えそうだというのに、瞳だけはまだ光を宿している。


「セイ! 無理するな!」


「……違う。

僕は……あれを止める方法を、知ってるんだ」


アレンが息を呑む。


「止める……方法?」


「研究されてた時……聞いたんだ。

“不死の人魚を殺す方法”を」


沈黙が落ちた。


「……人魚は、他の人魚の血を取り込むと……死ぬ。

どんなに不死でも、それだけは避けられない」


「じゃあ……!」


言いかけたアレンを、セイは静かに制した。


「だから……僕を、あの母親の口の中に投げてほしい」


「な……に、言ってるの……?」


サナの声が震える。


「僕の血を取り込めば……きっと終わる。

僕が……全部、終わらせるから」


「そんなの、ダメ!!」


涙を滲ませ、サナが叫ぶ。


「セイ!!

やっと……やっと会えたのに……!

そんなの、嫌だよ……!!」


セイは、穏やかに微笑んだ。


「でも……僕がやらなきゃ――」


「私がやる。」


静かな声が、空気を裂いた。


立っていたのは、アリアだった。


「アリア……?」


「私が行く。

私が……ママの中に入る」


「だめだ! そんなことしたら――!」


「ママを、最後に抱きしめたいの」


涙に濡れながらも、揺るがない声。


「もう大丈夫だよって……伝えたい。

楽にしてあげたいの」


その微笑みは、あまりにも優しかった。


アレンは拳を握りしめる。

胸の奥が、軋むように痛む。


「僕は君を守ると決めた……」


「私は皆を裏切った。

罪滅ぼしじゃないけど……少しでも、誰かの役に立ちたい。

それに――ママが、これ以上傷つくのを……もう見たくないの」


アリアの瞳から、涙が零れ落ちた。


――誰も犠牲にしないと、誓ったはずなのに。


「アリア……お願い……行かないで……!」


「ごめんね、セイ。

ありがとう。あなたに会えて……嬉しかった」


アリアは、セイの手をそっと握る。


「あなたは、もう苦しまないで」


そして、母のもとへ泳ぎ出した。


揺れる髪が光を受け、きらめく。

その姿は、まるで一筋の光だった。


「……ごめん」


アレンの呟きは、泡に紛れて消える。


次の瞬間――


アリアの姿が、巨大な口の中へと消えた。


光が弾ける。

深海に、一瞬だけ太陽のような輝きが満ちる。


セイは叫び、

サナは祈り、

アレンはただ、拳を握りしめる。


何かが――

確かに、終わろうとしていた。


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