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第8話 人魚の願いと守る覚悟

夜明け前。

 白い靄が立ちこめる砂浜に、小舟が静かに乗り上げた。


 潮の香りは濃く、打ち上げられた貝殻や海藻が足元に散らばっている。

 まだ高い位置にある月が、銀色の光で四人の影を長く伸ばしていた。


「……ここが、人魚島……」


 サナが、かすれる声で呟いた。

 十年分の想いが胸の奥で渦巻き、吐く息さえ熱を帯びている。


 アイネが周囲を見回し、眉をひそめる。


「思ってたより、何もないわね。

 静かすぎて……逆に気味が悪い」


 コウキは肩に荷物を担ぎ、鼻で笑った。


「鳥の声ひとつ聞こえねぇ。

 生き物が、全部息を潜めてるみてぇだな」


 肌を刺すような空気の張り詰め方が、警戒心を強く刺激していた。


「……島の中を探そう。

 セイの手がかりを見つける」


 四人は言葉少なに、森の奥へと足を進めた。


 木々は異様なほど濃く、潮風に混じった甘い花の匂いが鼻を突く。

 だがそれだけではない。どこか――人工的な、鉄と油のような匂いも混ざっていた。


(……時間が、止まっているみたいだ)


 アレンはそう感じた。


 草を踏むたび、音が不自然なほど重く響く。

 サナは何度も海の方を振り返り、落ち着かない様子だった。


「……手がかり、ないね」


 森を抜け、入り江に出たところで、アイネが小さく息を吐いた。


「漁師の話は本当だったみてぇだな」

 コウキが低く呟く。

「ただの無人島じゃねぇ」


 サナは拳を強く握り、顔を上げた。


「……セイが、よく釣りをしていた場所があるの。

 そこに行きたい」


 その瞳に宿る光は、揺らぎながらも強かった。


 アレンは短く頷き、彼女の後を追った。


 島の西側。

 断崖の下に、ひっそりとした入り江があった。


 波は穏やかに寄せては返し、岩に砕ける音だけが静かに響く。

 月光が海面に散り、青白い光がゆらめいている。


 ここが――セイが竿を垂らしていた場所。


 サナは岩場に立ち、海を見下ろした。

 胸が締めつけられ、記憶の奥にある笑顔が鮮明によみがえる。


 ――その時。


『……来て……』


 風に紛れた、かすかな声。


「……っ!」


 サナが息を呑む。


「今……声が……!」


 三人が身構える。

 だが聞こえるのは、波音だけ。


「……気のせいじゃねぇか?」

 コウキが言いかけた、その瞬間。


『お願い……助けて……』


 今度は、はっきりと。


 水面が、ぷくりと泡立つ。

 淡い青の光が揺れ、海の中から影が浮かび上がった。


 濡れた髪が月光を反射し、鱗を持つ尾が静かに揺れる。


「……人魚……」


 アイネが、思わず息をのむ。


 人魚は震える声で言った。


「お願い……助けてあげて……あの子を……」


 サナの心臓が跳ねる。


「“あの子”って……セイ!?

 セイなの!? どこにいるの!?」


 人魚は顔を歪め、涙を零した。


「捕まっちゃった……私のせいで……

 生きているかどうかも、分からない……」


「何をしたの!!」

 サナの声が震える。「セイに……何をしたの!!」


「サナ、落ち着いて」


 アレンが一歩前に出て、彼女の肩に手を置いた。


「君の名前を教えてくれ。

 それと……何があったのか、話してほしい」


 人魚は嗚咽を飲み込み、小さく頷いた。


「……アリア。私の名前はアリア」


 彼女の瞳に、遠い過去が映る。


「十年前……彼が釣りに来ていた時、私は初めて人間を見た。

 怖かった……でも、彼は笑った。

 だから、私も怖くなくなったの」


 アリアは続ける。


「私は言ったの。“一緒に海で遊ばない?”って。

 でも彼は……」


 サナの胸が、凍りつく。


「『この島に、大切な友達がいる』って。

 『彼女を街へ逃がしてあげてほしい。そうしたら、行く』って……」


「嘘……」


 サナは首を振る。


「そんなの……嘘よ……!」


「落ち着け」

 コウキが低く言う。「続きを聞け」


 アリアは震える声で語った。


「魚人が現れたの。

 人魚と魚人は……昔から争ってきた。

 男の人魚は皆、殺された……」


 沈黙。


「彼は……私を逃がしてくれた。

 その時、この手紙を託されたの」


 アレンは静かに息を吐いた。


「……助けに行く」


「は?」

 コウキが眉を吊り上げる。「なんで俺まで」


「……決まりだろ」

 アレンは迷いなく言った。


「呼吸は……?」

 アイネが尋ねる。


「できる」

 アリアが答える。「魔法で」


 サナは縋るように言った。


「私も……!」


「ダメだ」


 アレンははっきり言った。


「君はここで待て。

 アイネ、サナを頼む」


「えー……」

 アイネは苦笑するが、頷いた。


 コウキが短く笑う。


「……チッ。最悪だ」


 アレンはアリアに視線を向ける。


「案内してくれ」


「……うん」


 こうして二人は、深い海へと向かった。


 その先に待つ、どす黒い悪意と、深海の闇を――

 まだ、誰も知らない。

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