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第4章 陽光と虚ろのはざま

◇ 世界がひらける


 森を抜けると、空が突然ひらけた。


 草原が遠くまで続き、風が白羽の髪をふわりと揺らしていく。


白羽

「……きれい……」


 白羽は思わずつぶやいた。

 陽の光が広くて、風が優しくて、胸がすうっと広がっていく。


 こんな“広さ”を、白羽は今まで知らなかった。


白羽

(……でも、ヴォイドさんが横にいるから……

 わたし……こわくない……)


 そう思うだけで、足が自然と前へ出た。


 街道には小石が転がり、草の匂いが漂う。

 遠くでは鳥が鳴いている。


 白羽は何度も立ち止まり、周囲を見回した。


スレイ

「白羽ちゃん、いちいち感動してるわねぇ。可愛い」


白羽

「か、感動してないです……!」


スレイ

「いやしてるでしょ。

 目が完全に“子犬”よ?」


白羽

「ち、ちが……!」


 スレイはにやにやしながら

 歩幅を白羽に合わせている。


 ヴォイドは少し前を歩いて、

 ときどき後ろを振り返り──白羽が遅れていると、

 無言で歩く速度を下げた。


白羽

(……気づいてくれてる……)


 それが嬉しくて、白羽は胸がくすぐったくなった。



◇ 初めて見るものが多すぎる


 道中、白羽はたくさんの“初めて”に出会った。


● 風車

回る羽根を見て、白羽は目を丸くした。


白羽

「すご……風で……動いてる……」


スレイ

「そうよ~。風車って言うの。

 村の畑にはだいたいあるわ」


白羽

「へぇ……」


 白羽は風車の影が地面に落ちるのを、じっと見ていた。


白羽

(……生きてるみたい……)


● 馬車

馬が草をむしゃむしゃ食べながら休んでいる。


白羽は近くに寄れず、ヴォイドのコートの裾をそっと掴んだ。


白羽

「……大きい……」


スレイ

「踏まれるな。」


白羽

「う、うん……」


 スレイは白羽の背中を押して、


スレイ

「ほら触ってみる?」


白羽

「む、無理……っ」


スレイ

「あら残念。

 ヴォイドさんに触ってもらったら安心する?」


白羽

「なっ……!」


ヴォイド

「……うるさい。」


ゴン。


スレイ

「痛っ!?

 いまの早くない!?」


白羽は思わず“ふっ”と笑う。


白羽

(……二人がいつも通りだから……

 ここは……こわくない……)



◇ 外の音は、こんなに優しいのだと知った


 風の音。

 鳥の羽ばたき。

 木々のざわめき。


 白羽はその全部に耳を傾けていた。


白羽

(……こんな音……聞いたことない……)


 森の中では、ずっと恐怖の音しか知らなかった。


 スレイが歩きながら口笛を吹く。

 調子っぱずれな楽しい音色だ。


白羽

「スレイさん……

 口笛へた……」


スレイ

「失礼ね!? 今のはわざとよ!」


白羽

「ふふ……」


スレイ

「ちょっとヴォイドさん、

 白羽ちゃんが笑ったわよ!?

 あたしのおかげ!?」


ヴォイド

「……知らん。」


スレイ

「反応薄っ!!!!」


 白羽はそんな二人の後ろ姿を見ながら、

 胸の奥がほぐれていくのを感じていた。


白羽

(……わたし……生きてる……

 二人と一緒に歩いてる……

 それが……しあわせ……)


 最初は怯えてヴォイドの

 背中に隠れていた白羽が──

 いつの間にか、

 ヴォイドの斜め横を歩いていた。


 少しだけ前に出ることもできた。


スレイがひそひそ声で囁く。


スレイ

「ねぇ白羽ちゃん。」


白羽

「……なに?」


スレイ

「歩くの、安定してきたじゃない。

 ヴォイドさんの位置、

 確認してるでしょ?」


白羽

「っ……ち、ちが……っ……!」


スレイ

「はいはい、それ恋。」


白羽

「ち、ちがいます!!」


ヴォイド

「……うるさい。」


ゴッ。


スレイ

「痛てて!

 殴るの早い!!」


 白羽は真っ赤になりながらも、

 心のどこかで“いつものだ”とくすぐったくなった。


白羽

(……この二人と一緒にいると……

 わたし……笑ってしまう……)



◇ 村の屋根が見えてきた


 丘を越えると、小さな村が見えた。


スレイ

「到着ね。

 補給と情報収集、ついでに宿も」


ヴォイド

「……歩けるか。」


白羽

「は、はい……!」


 白羽は緊張で胸がぎゅっと縮んだ。

 でも──


白羽

(……大丈夫……

 ヴォイドさんが……いるから……)


 白羽はコートの裾をそっと掴み、

 村へ足を踏み入れた。



◇ 死祟しづくの呪い


 村に入ってすぐ、

 白羽は思わずヴォイドのコートを放してしまった。


白羽

(……あ……)


 その瞬間。


村人

「おーい、旅の人かい?

 この先は道が崩れてて──」


 荷物を抱えた農夫が、笑顔で近づいてきた。


 ――その“笑顔”が、白羽には恐ろしかった。


白羽

(ひ……や……っ……)


胸の奥の黒い“揺れ”が、ふっと目を覚ます。


 空気が沈む。

 農夫の足元の影が、不自然に伸びる。

 白羽の手の先で、小さな黒いひびが地表に走り──

 それは、いつもの“死祟”の前ぶれだった。


ヴォイド

「──白羽。」


 ヴォイドの声が、“世界の縁”を掴んだ。


 白羽の腕を、強い力で引き寄せる。

 触れた瞬間、黒い波紋がパチンと弾けて消えた。


白羽

「……っ……!」


 白羽の膝が折れ、ヴォイドの胸に倒れ込む。


ヴォイド

「大丈夫か。」


白羽

「……ごめ……なさい……

 わたし……また……」


 白羽は震える声でつぶやいた。


 農夫は異変に気づかず、

 心配そうに眉をひそめる。


村人

「娘さん、具合悪いのか?」


ヴォイド

「大丈夫だ、気にするな。」


 ヴォイドの低い声に、

 農夫は思わず小さく身を縮めた。


村人

「そ、そうか良かった。お大事にな」


 農夫が去ると、

 白羽はヴォイドの服をぎゅっと握りしめた。


白羽

「……わたし……

 ヴォイドさんから離れたら……

 人が……死んじゃう……」


ヴォイド

「離れるな。」


 静かに、だけど絶対的な“命令”。


白羽

「ご、ごめんなさい……!」


 白羽の胸がじんわり熱くなる。


白羽

(……守ってくれてる……

 ヴォイドさんが……わたしを……)



◇ スレイのフォロー……風の邪魔


スレイ

「白羽ちゃん、大丈夫?

 さっきの、

 完全に死祟の“揺れ”だったわね」


白羽

「……っ……」


スレイ

「やっぱりヴォイドさんが触れてると止まるんだ。

 すごいわよね、

 あんた達、夫婦か何か──」


ヴォイド

「……スレイ。」


スレイ

「なぁに?」


ヴォイド

「殴る。」


スレイ

「ちょっと!? 一言で宣告!?!?」


 スレイは慌ててヴォイドから距離を取りつつ、

 白羽の顔を覗き込む。


スレイ

「でも本当に大丈夫?

  めちゃくちゃ震えてるわよ?」


白羽

「……う……ん……

 でも……ヴォイドさんが……いるから……」


スレイ

「はいはい。

 もう完全に恋人未満夫婦未満ね」


白羽

「~~~っ!!

  ちが……っ!」


スレイ

「よし、元気になったわ」


白羽

「なんでぇ!?!?」


 白羽は顔を真っ赤にしてヴォイドの後ろに隠れる。



◇ 白羽の胸の奥に、ある確信が生まれた


白羽

(……わたし……

 本当に……

 ヴォイドさんのそばじゃないと……

 だめなんだ……)


 白羽は自分の掌を見つめる。


 殺したかったわけじゃない。

 怖かっただけ。

 触れたくなかっただけ。


 でも。


“知らない人の前に立つ”というだけで、世界の因果が揺れ、死が生まれる。


それが自分。


白羽の視界が少し揺れる。


白羽

「……ヴォイドさん……」


ヴォイド

「なんだ。」


白羽

「……手……握っても……いい……?」


 言った瞬間、

 白羽はあわてて口を手で押さえた。


白羽

(な、なに言ってるのわたしっ……!!)


 スレイが目を見開く。


スレイ

「ちょっ……白羽ちゃん!?

 攻めた!!」


 ヴォイドは一瞬だけ目を細めた。

 その反応は“驚き”にも“ためらい”にも見えた。


 そして──言葉少なに。


ヴォイド

「……離れると面倒だ。」


 そう言って、そっと白羽の手を握った。


白羽

「……っ……!」


 白羽の胸がきゅうっと鳴る。


 世界の揺れが、すとんと静まった。



◇ この人のそばなら、生きていける


白羽

(……ずっと、こうしていたい……)


 白羽はヴォイドの手に指を絡めた。

 ヴォイドは拒まず、ただそのまま歩き出す。


 スレイは後ろから鼻血が出そうな顔でつぶやいた。


スレイ

「……ねぇ……今の……

 軽く死ぬほど尊くなかった……?」


どかっ!


スレイ

「殴らないで!!?」


 けれどそのやり取りも、

 白羽にはどこか心地よかった。


  ――「いつも通り」の音だったから。



◇ 道中の小さな冒険


 三人は手をつないだまま、村への土道を歩く。


 草の匂い。

 鳥の声。

 遠くから聞こえる村人たちの笑い声。


 白羽には、全部が眩しかった。


白羽

「……わぁ……」


 視界はまだ少し霞む。

 それでも、“怖くて見られなかった世界”が

 少しずつ色を持ち始めていた。


ヴォイド

「白羽、大丈夫か。」


白羽

「……はい……

 すごい……こんなに……広くて……」


スレイ

「ふふ。

 白羽ちゃん、村って初めて?

 いや、違うか。

 初めて“まともな村”か」


 白羽はこくりと頷く。


白羽

「前の村は……

 わたしが通るたびに……

 死んじゃったから……」


 スレイは一瞬だけ真顔になる。

 けれどすぐに、わざと軽く肩をすくめる。


スレイ

「今日は大丈夫よ。

 あんた、今ヴォイドさんと手ぇつないでるし」


白羽

「~~っ……!」


スレイ

「ほらヴォイドさん、

 “恋のバリア”ってやつ?」


ヴォイド

「殺すぞ。」


スレイ

「こわっ!?」


 白羽はそのやり取りに、

 くすっと小さく笑った。



◇ 奇妙な“静けさ”


 三人が食材を抱えながら市場を歩いていると、

 白羽はふと足を止めた。


白羽

(……なんか……空気が……重い……)


 人は笑っている。

 店も活気づいている。

 でも、どこかの“影”が村全体の空気を押し下げているような──

 そんな違和感。


 その時、近くの屋台のおばさんたちが噂話を始めた。


村人A

「──ねぇ聞いた?

 また一人、“抜け殻”になったって」


村人B

「東区の若い奥さんだろ。

 昨日までは普通だったのに、急に笑わなくなったって……」


村人C

「家族の声も届かないんですって。

 返事はするけど、心ここにあらずっていうか……

 あれは、まるで“魂がどこかへ行っちまった”みたいだよ」


村人A

「医者もお手上げらしいじゃないか。

 ああいうの……

 “七災しちさい”が関わってるんじゃ……?」


村人C

「七災なら……ほら、“精神”の……なんだっけ……

 虚……虚なんとか……」


村人A

虚憑うつろ、だよ。

 心を死なせる災厄。」


 その名前が出た瞬間──

 スレイが、息を吸うのを忘れたように足を止めた。


 ほんの一瞬。

 白羽にも気づけないほど短い、一秒。


 スレイの表情に浮かんだのは──

 怒りでも、警戒でも、狩人の鋭さでもない。


 ただの“悲しみ”。


 胸の奥に、誰にも触れられたくない傷があるような──

 そんな顔だった。


 すぐに、


スレイ

「あ〜やだやだ、物騒な話ねぇ〜!!

 白羽ちゃん、聞かなかったことにしよ?

  心に悪いわよ!」


 その明るさは完璧で、

 白羽は単純に「さすがスレイさん」と思ってしまう。


白羽

「……はい。

 怖いの、苦手です……」


スレイ

「だよねーっ!

  じゃ次どこ行く?」


 白羽は何も疑わず、明るく取り繕うスレイについていく。


 ただ──

 ヴォイドだけが、静かに気づいていた


 ヴォイドは表情を変えない。

 けれど視線だけが、スレイの背中を静かに捉えていた。


 何も言わず、何も聞かず。

 スレイの“悲しみに触れる資格”が自分にないことを理解しているように。


 代わりに白羽の手を握り直した。


白羽

「……っ」


ヴォイド

「離れるな。」


白羽

「……はい……!」


 白羽の不安は、ヴォイドの一言で溶けていく。


 その横でスレイはいつもの調子でふざけながら歩いていたが、

 ときおり、誰にも見えないところで、

 傷を抱えた人間のように胸を押さえていた。



◇ 更に深まる虚憑うつろの噂


 その後も、歩くたびに断片的な噂が耳に入る。


村人A

虚憑うつろってのは、

 姿が見える時と見えない時があるらしいぞ……」


村人B

「子どもの影に見えたって人もいれば、

 顔のない女だったって聞いた人もいるし……」


村人A

「けど共通してるのは、

 “気がつくと隣に立ってる”って話さ。

 気味が悪いよ……」


村人B

「心を殺される。

 村ひとつ、静かに終わるって噂まである……」


 白羽は身を寄せてくる。


白羽

「……こわ……い……」


ヴォイド

「大丈夫だ。」


 ヴォイドは短く言うだけで十分だった。

 白羽はすぐに落ち着き、

 スレイは笑顔で励ましてくれる。


 ただ、その笑顔の裏は、

 ヴォイドしか知らない。



◇  白羽、おしゃれに目覚める


昼下がりの村の道。

白羽はきょろきょろと辺りを見渡して、

ヴォイドの袖をそっとつまんで歩いていた。


人が多い。

声が多い。

光が多い。


白羽

(……こわい……

 だけど……二人と……一緒……)


そんなとき。


ヴォイドがぴたりと立ち止まった。


白羽もつられて止まり、見上げる。


白羽

「……ヴォイドさん?」


ヴォイドは、白羽の顔の前に視線を落とす。


目元にかかる銀の前髪。

肩に落ちる、痛みの痕を隠すような長い髪。

サイズのあっていない黒いシャツ。


ヴォイド

「白羽。」


白羽

「は、はい……っ」


ヴォイド

「髪が伸びすぎている。

 視界をふさいでいるし、危険だ。」


白羽

「……っ」


ヴォイド

「服も、お前の動きに合っていない。

 小回りが利かん。」


白羽の胸がぎゅっと鳴る。


白羽

(……ヴォイドさん……

 わたしを……

 ちゃんと見てくれて……)


スレイが口を押さえてニヤニヤ。


スレイ

「ちょっとヴォイドさん……

 え、それってつまり……?」


スレイの言葉を無視して、

ヴォイドは淡々と続けた。


ヴォイド

「白羽。

 散髪する。

 服も整える。」


白羽

「……わ、わたし……?」


ヴォイド

「必要だ。」


その声色は、命令ではなく、

ただ“当たり前”を告げるような静けさ。


白羽の頬が赤く染まる。


白羽

「……っ……似合う……かな……」


スレイがすかさず横から囁く。


スレイ

「似合うに決まってるでしょこの子ー!!」


ヴォイド

「…………。」



◇  白羽の不安──そしてペンダント


理髪屋の軒先が見える距離になったとき、

白羽は足を止めて俯いた。


白羽

「……ヴォイドさん……」


ヴォイド

「なんだ。」


白羽

「わたし……

 人に……触られるの……」


手が震える。

目を伏せる白羽の呼吸が浅くなる。


白羽

「こわい……です……

 また……誰か……

 死んじゃう……」


スレイも足を止め、表情を曇らせる。


ヴォイド

「白羽。」


白羽

「……はい、ヴォイドさん……?」


 振り返った白羽の髪は、

 やっぱり少し乱れている。

 細い指先でそっと触れただけでも、

 ふわりとほつれる。


 ヴォイドは数秒だけ迷うように沈黙し──

 懐から、銀色に鈍く光る小さなペンダントを取り出した。


ヴォイド

「これをつけていろ。」


白羽

「……わたしに……?」


ヴォイド

死祟しづくの“揺れ”を抑える。

 お前が他人に触れても、

 しばらくは死なない。」


白羽

「っ……!」


 白羽の胸が一気に熱くなる。


 ヴォイドが真っ直ぐこちらに物を渡すなんて、

 初めてだった。


白羽

「どうやって……そんなの……」


ヴォイド

「死祟は“未来の死が確定する因果の波”だ。

 これは逆位相の因果核を出して、

 その“確定”だけを打ち消す。」


白羽

「よ、よけい分からないです……」


ヴォイド

「分からなくていい。

 ただ、つけていろ。」


 その言い方があまりにも“いつものヴォイド”で、

 白羽は思わず笑ってしまいそうになる。


 そこへ、スレイが爆発した。


スレイ

「ちょちょちょ!!!?

いまの何!? なにそれ!?

 え? プレゼント? ねぇ!? プレゼント!?

 ヴォイドさんが!? 白羽ちゃんに!!?」


ヴォイド

「うるさい。」


スレイ

「うるさくないッ!!

 私の耳が本能的に理解したわ!!

 これはつまり──

 恋人に渡す“庇護の証”!!!」


どかっ。


スレイ

「痛い!!?

  殴るなって言ってるでしょうが!!」


 白羽はこっそり笑ってしまう。

 ヴォイドとスレイのこのやり取りが、実はとても安心する。


白羽

(……ヴォイドさん……

 わたしに……

 こんなもの、くれるなんて……

 うれしい……!)


 胸元で揺れるペンダントは、

 今まで持ったどんなものより温かかった。



◇ 散髪台の上で――白羽、初めての“自分磨き”


 白羽は理髪店の椅子にぎこちなく座った。

 胸元のペンダントをそっと握る。


白羽

(……ヴォイドさんの……贈り物……

 これがあるから……大丈夫……)


 スレイが耳元でニヤニヤ。


スレイ

「白羽ちゃ〜ん、緊張してる?

  ほっぺ固いよ?」


白羽

「近いです……!」


スレイ

「いいじゃないの。

 今日は可愛くなる日なんだから♡」


 理髪師が白羽の髪を優しくすく。


理髪師

「綺麗な髪ね。手入れしてあげればもっと映えるわよ。」


白羽

「……は、はい……」


「褒められて真っ赤〜

 白羽ちゃん可愛すぎ〜♡」


白羽

「スレイさんが……

 からかうから……」


スレイ

「言い返した!?

  ちょっと成長してる!」


 白羽の銀髪はさらりと落ち、鏡に光が揺れる。


理髪師

「いい目をしてるわね。」


理髪師の言葉に白羽は瞬く。


理髪師

「最初は泣いてた目だったけど……

 今は、“生きたい”って目してる。」


白羽

「…………っ」


 胸がじんと熱くなる。

 ペンダントの温度が鼓動に寄り添うようだった。



◇ 鏡の中の“知らない自分”


理髪師

「はい、できたわ。」


 鏡の前に映った自分を見て、白羽は息を飲む。


白羽

「……これ……わたし……?」


 軽く揺れる銀髪。

 頬が明るく見える優しいライン。


白羽

(……きれい……かもっ)


 スレイは即座に崩れ落ちる。


スレイ

「ひぃぃ白羽ちゃん……

 これヴォイドさん見たら絶対反応バグるやつ……!」


ヴォイド

「ば、バグ……?」


スレイ

「照れるのか固まるのか殺すぞなのか……

 全部あり得る!!」


白羽

「全部……!?」


 理髪師も笑って言う。


理髪師

「黒コートの彼、絶対驚くわよ。

 ふふ、自慢なさい。」


白羽

「……っ……!」


 白羽は胸元のペンダントをそっと握りしめた。


理髪師

(……ヴォイドさん……

 何て言ってでくれる、かな……)



◇ 服屋という未知の世界


 散髪を終えた白羽は、

 ふわふわしたままスレイに手を引かれた。


スレイ

「ほら、次は服よ服!

 白羽ちゃんの“初おしゃれ記念日”だし!」


白羽

「き、記念日……?」


スレイ

「今日を記念日にしない方がおかしいのよ?」


 服屋の扉を開けた瞬間、白羽は目を見開く。


 布、レース、色、とにかく色。

 生地の香り、柔らかい光、並ぶ服たち。


 そのとき。


 白羽は、店の中ですれ違った誰かの肩に、

 ほんの一瞬、布が触れた気がした。


 顔を上げる。


 同じくらいの背丈の少女がいた――ような気がする。

 でも次の瞬間には、人の流れに溶けて見えなくなっていた。


白羽

(……今の……?)


 白羽は足元に視線を落とす。


 試着用の布が掛かった棚の影に、

 白い花がひとつ、落ちていた。


 しゃがみ込もうとした、その時。


スレイ

「あっ、ちょっと白羽ちゃん!」


 スレイが先に気づいたように声を上げ、

 ひょいっとその前に立つ。


スレイ

「踏む踏む!

  ほら、床こんな狭いんだから、

  そんなとこ見てたら転ぶわよ〜?」


 言いながら、白羽の肩を軽く押して位置をずらす。


白羽

「あ……ご、ごめんなさい……」


 もう一度見ようとしたときには、

 花は人の足に隠れて、見えなくなっていた。


スレイ

「それよりこれ!

  絶対似合うから、早く着てみなさいってば!」


白羽

「……は、はい……!」


 白羽は引っ張られるまま、奥へ進む。


白羽

「……こんな場所……初めて……」


スレイ

「でしょ?

 いいから遠慮しないで。

 今日はヴォイドさんの“支援”があるんだから♡」


白羽

「っ……し、しえん……」


スレイ

「はいこれ着て!

  この色白羽ちゃん絶対似合う!」


白羽

「え、あ、これ……高そう……」


スレイ

「気にしない!

  ヴォイドさんの財布なら宇宙まで届くから!」


白羽

「届きません!!」


スレイ

「言い切った!?!?」


 白羽は試着室に押し込まれ、

 服をぎこちなく身に通す。


白羽

「ど、どう……ですか……?」


スレイ

「…………」


 カーテンを開いた瞬間、スレイが固まった。


スレイ

「……白羽ちゃん……それ……

 尊みで天に還るタイプの

 可愛さなんだけど」(尊)


スレイ

「もう一回手足折って泣かしてあげたい…!」


白羽

「と、とんでもないこと言わないでください……!」


 白羽が着ていたのは、

 淡いクリーム色のワンピース。


 薄い布が光を透かし、

 銀髪の柔らかさを引き立てる。


 肩のラインも、くるぶしまでの裾も丁度よく、

 鏡の中には──


白羽

(……わたしが……こんな……)


 思わず胸がきゅっとなる姿。


スレイ

「白羽ちゃん……

 これはね……

 少女が恋を知り始めた時の色よ」


白羽

「ち、ちが……まだ……っ!」


スレイ

「まだ?

 じゃあこれからね♡(ニヤニヤ)」


白羽

「~~~~っ!!(照)」



◇ 白羽の“自分”が、少しずつ形になっていく


 次の服をスレイが手渡す。


スレイ

「これは動きやすい旅用セット。

 白羽ちゃんの細い腕が

 綺麗に見えるのよねぇ」


白羽

「う、腕が綺麗とか……そんな……」


スレイ

「ヴォイドさん、絶対見た瞬間固まるわ。

 あの男、分かりやすいもん。」


白羽

「わ、分かりやすい……?」


スレイ

「そうよ。

 白羽ちゃんの前だと“微妙に声が柔らかい”。」


白羽

「えっ……や、やわらか……?」


スレイ

「自覚ないだろうけど、

 あれ完全に“保護モード”。

 あ、ちなみに私にだけは

 一日十回は“殺すぞ”って言う。」


白羽

「……っぷ……」


スレイ

「笑った!?!?

 白羽ちゃんが!?」


白羽

(……ヴォイドさん……

 わたしにだけ、優しい声……

 ……そんなの……嬉しい……)



◇ 買い物袋いっぱい


店員

「はい、お会計。銀貨三枚ね」


白羽

「えっ……そんな……!」


スレイ

「白羽ちゃん、

 遠慮しないのっ!」


白羽

「でも……」


 スレイは白羽のペンダントを指さす。


スレイ

「そのペンダント、

 ヴォイドさんがくれたんでしょ?

 だったら、“好きに世界を見てこい”って

 意味に決まってるの。」


白羽

「……世界……」


スレイ

「そうよ。

 白羽ちゃんの世界は、広がっていくの。」


 白羽は胸の奥がじんわり熱くなった。


 袋を抱えて店を出ると、白羽は小さく息を吐いた。


白羽

「……なんだか……変な感じです……

 嬉しいのに……胸がきゅって……」


スレイ

「それを“女の子としてのときめき”って言うの。」


白羽

「と、ときめ……き……」


スレイ

「ヴォイドさん見たら確実に

 もっときゅ〜ってなるわよ♡」


白羽

「~~~っ!!!(照)」


白羽

(……でも……見てほしい……

 この服も……髪も……

 ヴォイドさんに……)


 白羽は、ペンダントを指でなぞった。


白羽

(……わたし……

 ヴォイドさんのそばなら……

 きれいになれる……)


 その想いは、怖さを少しずつ薄くしていった。



◇ そして―――お披露目


 白羽とスレイが戻ると、ヴォイドは村外れの大きな木の前で待っていた。


 手を組み、ただ立っているだけなのに、

 静かな圧がある。


白羽

(……ドキ……ドキ……)


 白羽は、胸の奥で乱れる呼吸を押さえようとする。


スレイ

「白羽ちゃん、深呼吸。

 大丈夫、綺麗だから。保証する。」


白羽

「……っ……!」


 ペンダントは胸元で小さく光り、

 散髪した銀髪は柔らかく揺れ、

 淡いクリーム色のワンピースが風にふわりと広がる。

挿絵(By みてみん)


白羽

(……ヴォイドさん……

 どんな顔、するかな……)


 白羽は足を前に出した。


 ヴォイドの視線が、ゆっくり自分へ向く。


 次の瞬間──

 彼の呼吸が、一瞬だけ止まった。


 微細な変化。

 白羽には、それだけで胸が熱くなる。


 ヴォイドは慣れないものを見るように、

 ほんの僅か目を細めた。


ヴォイド

「…………」


白羽

「……そ、その……あ、あの……」


 白羽は袖を握りしめ、震える声を絞る。


白羽

「こ、これ……

 あの……ヴォイドさんが……

 言ってくれた、から……

 その……きれいに、したくて……」


 語尾が消える。


 ヴォイドは眉をわずかに動かした。


ヴォイド

「……似合うな。」


 たった、それだけ。


 けれど白羽の膝がぐにゃりと抜けそうになる。


スレイ

「……っ……!」


 胸が、ぎゅうっと痛いほど熱くなる。


白羽

(……言って、くれた……

 ヴォイドさんが……

 わたしに……)


 顔が一気に赤くなり、視界が滲んだ。


白羽

「~~~っ……あ、あの……っ……!」


 何か言おうとして、言葉が全部喉で絡まった。


スレイ

「……白羽ちゃん溶ける!?!?!?」


 スレイが後ろから支える。


スレイ

「ね、ねぇ……ヴォイドさん…

 今のって…最上級の褒め言葉よ!?

 “似合う”って、普通に恋人同士のやつよ!?

 えっ、ちょっと……

 私の知らない間に進展してない!?!」


どがっっっ!


スレイ

「痛っったあああああ!?」


 スレイが涙目で頭を押さえる横で、

 白羽はまだ真っ赤なまま、ヴォイドを見上げた。


白羽

「……に、にあう……って……

 ほんと……ですか……?」


 震えた声。


 ヴォイドは一拍置き──

 視線を逸らさずにうなずいた。


ヴォイド

「嘘は言わん。」


 その“必要はない”という言い方が、

 白羽にとっては限界突破の破壊力だった。


白羽

「~~~~~~っ!!!」


 肩まで真っ赤になって縮こまる白羽。


白羽

(し、しぬ……

 今日……しあわせでしんじゃう……)


 ペンダントが、かすかに鈍い光を返す。

 白羽の震えが少し収まり、足がようやく動く。


 そっとヴォイドのそばへ近づき、

 服の裾をつまんだ。


白羽

「……ヴォイドさん……

 ありがとう……」


 その一言は、小さく、小さく──

 でも、一番強かった。


 ヴォイドは白羽の頭に軽く手を置き、

 そっと撫でた。


 白羽の呼吸が止まりかける。


白羽

(……だ、だめ……

 泣いちゃう……)


 こぼれそうな涙をこらえて笑う白羽。


 スレイは後ろで悶絶していた。


スレイ

「ちょっと……あんた達……

 これ……

 村で話題になるレベルの尊さなんだけど……

 私の存在って何……?」


 白羽とヴォイドは返事をしない。


 二人の影が、夕日の下で重なる。


 ほんの短い時間だったけれど──

 白羽にとって、それは一生忘れられない瞬間になった。



◇  夜/宿の食堂


白羽は幸せそうにスープを飲んでいた。

ヴォイドの隣で、ずっと頬を赤らめている。


スレイはその様子を見て、いつもの調子で茶化す。


スレイ

「はいはい、幸せそうでなにより~~」


白羽

「スレイさんっ……!」


スレイ

「はいはいかわいいかわいい」


スレイは笑っている。

笑っているけれど──

胸の奥はひどく静かだった。


スレイ

(……白羽ちゃん……

 よかったわね……本当に)


スプーンを置くと、唐突に立ち上がった。


スレイ

「ちょっと外の空気吸ってくるわ」


白羽は気づかない。

ヴォイドだけが、

スレイの後ろ姿をじっと見つめていた。



◇  夜の邂逅・夜/宿の裏通り


ひんやりとした夜の石畳。

宿の裏通りは、音が抜け落ちたように静まり返っていた。


スレイは壁にもたれ、浅く息を吐く。


胸の奥が、鈍く疼く。


忘れようとしても、消えない感覚。

名前を呼べば壊れてしまいそうで、

だからずっと、触れずにきた場所。


父の背中。

母の声。

姉の手の温度。


思い出そうとしなくても、

身体の奥が勝手に覚えている。


スレイは胸元を強く握った。


(……まだ、終わってない)


そのとき──。


「五年ぶりですね、スレイ様」


声は、空気を震わせなかった。

直接、意識の内側に落ちてくる。


反射的に、身体が硬直する。


月影の中から、

ふわりと黒髪の少女が姿を現した。


整いすぎた所作。

澄んだ声。

黒いゴシックドレス。


腕には、古びたテディベア。

ラスティナは無意識のように、その頭を指で撫でている。


七災《虚憑うつろ》──ラスティナ。


立っているのに、影が揺れない。

笑っているのに、空気が沈む。


精神の奥が、静かに削られていく。


スレイの喉が鳴る。


目の前の存在とは関係ないはずなのに、

胸の奥で、何かが強く反応していた。


あの夜と、同じ場所が。


スレイ

「……あんた……」


声は低く、掠れていた。


ラスティナは、ただこちらを見る。

過去を探る視線ではない。

それが、かえって恐ろしい。


スレイの指が、ナイフにかかる。


ヒュッ、と音が走った。


刃は、

ラスティナの眉間の手前で、

ぴたりと止まる。


触れられない。

拒絶されている。


世界そのものが、

その一線を越えることを許していない。


カラン、と音を立ててナイフが落ちる。


胸の奥が、ぞくりと泡立った。


怒りでも、恐怖でもない。

「失う」感覚だけが、鮮明になる。


父も。

母も。

姉も。


あの夜、奪われたものの重さが、

今になって、形を持って迫ってくる。


ラスティナは、

テディベアを抱き直した。


その仕草だけが、

妙に人間的で、丁寧だった。


ラスティナ

「今は、まだですね」


静かな声。


殺意は、はっきりとそこにある。

だが、急がない。


狩りの途中で獲物を確かめるような、

冷たい確信。


ラスティナ

「あなたが、

 自分で形を選ぶその時に」


次の瞬間、

影がそのまま崩れるように消えた。


最初から、

存在しなかったかのように。


静寂だけが残る。


スレイは、しばらく動けなかった。


胸の奥が、

強く、締めつけられたままだ。


思い出していない。

名前も呼んでいない。


それでも確かに、

父と母と姉は、そこにいた。


スレイは落ちたナイフを拾い上げ、

強く握りしめる。


(……次は、殺す)


夜は何も答えず、

ただ冷たく、そこにあった。



スレイは拳を握ったまま、

一歩も動けず立ち尽くす。


足はがくがく震えているのに、

スレイは意地で立っていた。


スレイ

(家族を殺されてから……

 ずっとこのために……

 “こいつを殺すために”……

 生きてきたんだから……)


でも、胸の奥が張り裂けそうで、

呼吸だけがどうしても乱れる。



◇  深夜の対話


路地裏の冷たい石畳の上で、

スレイはへたり込んだまま両手を震わせていた。


スレイ

(……ちくしょう……

 なんで……いま……)


足がまだ震えている。

胸が痛いほど脈打つ。


そのとき──

後ろから、低い声。


ヴォイド

「……スレイ。」


肩がびくっと跳ねた。


振り返ると、

月明かりの影の中にヴォイドが立っていた。


スレイ

「っ……!」


“見られた”という羞恥と悔しさが一気に胸に込み上げる。


スレイは慌てて“いつもの調子”を取り戻そうとした。


スレイ

「な、なによ……こんな夜中に……

 女の子つけ回すとか……

 そんな趣味あったっけ?

 まさか……私を襲うつもりだったワケ?」


軽口。

揶揄い。


だが声が震え、

まともに冗談になっていない。


ヴォイドはゆっくりスレイのそばに歩み寄り、

スレイの目の高さまでしゃがんだ。


ヴォイド

「さっきの相手は虚憑うつろだな。」


スレイは息を飲む。


スレイ

(……やっぱり見てた……全部……)


一拍


スレイ

「……だったらさ……

 助けに入ってくれても

 よかったじゃない……」


その訴えには、

怒りよりも“怖かった”が混じっている。


ヴォイドは静かに言った。 


ヴォイド

「奴には交戦の意思がなかった。」


スレイの目が揺れる。


スレイ

「……どういう……こと……?」


ヴォイド

「お前を殺す気も、

 傷つける気もなかった。

 ただ“見ていた”だけだ。」


スレイ

「っ……!」


ヴォイドは淡々と続ける。


ヴォイド

「だから俺が出ていく必要はなかった。

 お前が動かなければ、

 あいつは何もしない。」


その言い方は冷静で、

むしろ異常なまでに“事実だけ”だった。


スレイは唇を噛み、握った拳が震える。


スレイ

「……あんた……

 そんなこと言われたら……

 余計に悔しいじゃない……」


ヴォイド

「…………」


スレイの強がりが少し崩れる。


ヴォイドの観察眼は、

スレイが“恐怖で動けなかった”ことも、

“ラスティナが攻撃しなかった”理由も、

すべて分かっていた。


だからこそ、余計に今のスレイには刺さる。


スレイ

「……ねぇヴォイドさん。」


スレイは俯いたまま、小さな声で言う。


スレイ

「今日の私は……

 いつものみたいに……

 軽口でかわす元気は……もうないの……

 強がりも……

 ちょっと、限界……」


ヴォイドはしばし黙り、

ただ静かにスレイを見つめる。


ヴォイド

「勝てると思うか。」


唐突。


だが逃げ道を与えない問い。


スレイは、震えながら答える。


スレイ

「……思ってる……

 絶対に勝つ……

 ラスティナだけは……

 私が……殺す……!」


ヴォイドは躊躇なく言う。


ヴォイド

「なら問題ない。」


その短さが逆に重く、深い。


スレイは呼吸を詰まらせた。


スレイ

(……なんでそんな……

 真顔で言えるのよ……

 馬鹿……)


涙がにじむ。


ヴォイド

「スレイ。」


スレイ

「……なに……」


ヴォイド

「一人で抱え込むな。」


その一言で、

スレイの心の防壁が一気に崩れた。


スレイ

「っ……!」


涙が、一粒落ちた。


スレイ

「……やだ……

 泣きたくないのに……

 なんでこんな……っ……!」


ヴォイド

「泣けばいい。」


スレイ

「っ……!」


ヴォイド

「五年耐えてきた分、流せ。」


その瞬間だった。


スレイの身体が勝手に動いた。


スレイはヴォイドに抱きついた。


胸に顔を埋め、

嗚咽を抑えられない。


ヴォイドは拒まない。

押し返さない。

背中に手を添えて、そっと支える。


そのささやかな温度に、

スレイはさらに涙をこぼした。


スレイ

「……ヴォイドさん……

 わたし……必ず……

 ラスティナを殺す……

 家族のために……全部、返す……」


ヴォイド

「ああ。」


スレイ

「……殴らないんだ……今日は……」


ヴォイド

「殴る理由がない。」


スレイ

「……っ……

 ほんと……

 こういう時だけ……優しい……

 ずるい……」


夜風が静かに吹く。


スレイのすすり泣きと、

ヴォイドの無言の温度だけが、

冷えた路地裏に残った。



◇ 出立の朝・朝/宿の前


朝の光は薄くて、

白くて、

冷たい空気の中に溶けていた。


宿の前で待っていた白羽は、

そわそわと扉を見る。


ぎぃ、と音を立てて扉が開いた。


スレイ

「……おはよ〜……」


スレイが出てきた。

その顔を見た瞬間、白羽は瞬きをする。


白羽

(……スレイさん……なんか……)


目の下に薄いクマ。

まぶたが少し腫れているように見える。

いつもの軽薄な笑顔も、どこか力がない。


白羽はおそるおそる声をかけた。


白羽

「スレイさん……その……目……」


スレイはびくっと肩を揺らし、

一瞬だけ言葉を失ったように白羽を見た。


だが、すぐにいつもの調子に切り替える。


スレイ

「え? あ〜ぁこれ?

  ちょっと夜更かししただけよ!

 気にしない気にしない!

 てか、白羽ちゃんが心配してくれるなんて〜♡」


白羽

「ち、ちが……!

 心配とか……!」


その時──


ぽかっ。


スレイ

「ふぎゃっ!?」


ヴォイド

「……朝から騒ぐな。」


ヴォイドがいつもの無表情で拳を引いた。


スレイ

「な、なんでよ!?

 今の絶対騒いでないでしょ!?

 白羽ちゃん見てたでしょ!?

 見てたよね!?」


白羽

「……し、知りません……」


白羽はつい、

ぷっと口元を押さえて笑ってしまった。


スレイは頭をさする。


スレイ

「……でも……

 この殴り方……優しい……」


ヴォイド

「行くぞ。

 峠まで距離がある。」


ヴォイドが言うと、白羽は慌ててその後を歩き出す。


ふと後ろを見れば、

スレイがいつもの軽口を戻しつつ、

必死についてくる。


スレイ

「ねぇ〜白羽ちゃーん、

 今日もヴォイドさんの隣かぁ。

 いいわねぇラブラブ旅ってやつ?」


白羽

「っ……!!

  ち、ちが……!!」


朝の光の中、三人の影が並んで伸びていく。


小さな違和感はある。

けど、それを深追いするほどの理由は白羽にはなかった。


──ただ。


今日も三人で歩けることが、

白羽にとっては何よりうれしかった。


白羽

「……いこ……」


白羽が小さくつぶやくと、

ヴォイドもスレイもそれを聞いてないふりで前を向いた。


三人は、峠へと続く道をゆっくりと歩き出した。



◇ 静かな移動・朝/道中


峠へ向かう道は、朝の光に満ちていた。


鳥の声が細く響き、

まだ夜露の残る草が三人の足を濡らす。


白羽は、ヴォイドの隣を歩きながら、

時々そっと彼の横顔を見上げた。


白羽

(……なんか……

 胸が……あったかい……)


新しい服の軽さ。

髪を梳いてもらったときの感覚の残り香。

首に触れるペンダントのぬくもり。


全部が、“外の世界で初めて味わった幸福”だった。


スレイはというと、

少し後ろから荷物を担ぎながら軽口を飛ばす。


スレイ

「いやぁ〜朝日ってのはいいわねぇ。

 ほら白羽ちゃん、

 髪が光ってキラキラしてるわよ?

 完全に『保護者に溺愛される系ヒロイン』よ?」


白羽

「ち、ちが……!

 そういうんじゃ……!」


白羽は真っ赤になって

ヴォイドの背のほうへ逃げる。


スレイはふっと一瞬だけ、

笑うのを止めた。


ほんの、呼吸一つの間だけ。


でもすぐにいつものやかましい声が戻る。


スレイ

「ほらほら、ヴォイドさんも何か言いなさいな!

 ねぇ? 白羽ちゃん可愛いでしょ?

  ほら言ってみ?」


ヴォイド

「……殺すぞ。」


スレイ

「ワンポイントの殺害宣告きた!?

 今日のは刺さるわねぇ!」


その掛け合いに、白羽はこっそり笑った。


白羽

(……これ……好き……

 二人と一緒だと……安心する……)


道は緩やかに上り、森の木々が深さを増していく。


冷たい風が頬を撫でる。



峠が近づいた頃、

雲がゆっくり流れ、影が地面を滑った。


白羽はふと空を見上げる。


白羽

「……きれい……」


ヴォイドも足を止め、

無言で空の色を確認する。


その横顔を白羽は見つめながら、

小さく呟いた。


白羽

「……ずっと……

 三人でいけたら……いいな……」


スレイはその言葉にぎょっとし、

すぐに不自然なほど明るい声を出す。


スレイ

「当たり前じゃない!

  白羽ちゃん次第よ〜?

 しっかり食べて寝て、元気に旅しなさい!」


白羽

「……ふふ……うん……!」


白羽の笑みは柔らかかった。


風が草を揺らし、静かな音が続く。


三人の歩く足音だけが、

世界を前へ押し進める。



◇ ????


その頃──

峠の向こう。深い深い影の中。


黒髪の少女がひとり、

足をぶらぶらと揺らしながら木の上に座っていた。


膝の上には、古ぼけた人形。


少女──

七災《虚憑うつろ》 ラスティナは、

空の向こうを見つめて微笑む。


ラスティナ

「……また、会えるのですね……

 次こそは……ふふ……」


風に乗って、かすかな声が消えた。


ラスティナの瞳に灯るのは、

悲しみか、嘲りか、執着か──

誰にも分からない。


ただひとつ。

影が三人の進む先で揺れていることだけが確かだった。



そして三人は、

まだ知らぬ運命を胸に、峠へ向かう道を歩いていく。


白羽は幸せに微笑み、

スレイは冗談を飛ばし、

ヴォイドは静かに前を見据えた。


その朝は穏やかで、温かくて、光に満ちていた。

 ――この先に待つものを、まだ誰も知らないまま。

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